:南の秘密主義者と暗黙談9
いつ終わるのでしょう。
「どうしたの? 険悪な顔しちゃってさ…。ま、君ならいつもの事なんだけど……」
暁は軽口を叩いている。凩は呆れてものも言えないに加え、どこかで怒りを堪えていた。
「それに、君は要らないって、僕は言ったはずなんだけど……。何か僕に言い残してる事でもあった…? いいよ、それが終わったらさっさと…」
「暁!!」
怒号を浴びせた。暁はびくともしない。何か言いたげな凩を見ると、笑いながら目を伏せる。
−−−神様、どうしてくれんの…? このままじゃ、『助けて』って願いが、叶っちゃいそうだよ……?
錯夜はロアの腕の中で、一ミリも動けずにいた。ロアの小さな手が、錯夜の頭を撫でる。
「真名を知ってるって……。このお兄さん、誰なん…?」
「僕の膝を折らせる唯一の人、かな…?」
とんでもない言葉が出た。
あのロア・ヴィンス・ナイレンが、膝を折るなどというのは、獅童にとっては冗談にしか聞こえない。が、ロアは冗談を好まない。いつも本音をぶちまけている。
「…本当に奇遇だった。宮路君の次は君なんて。神様に感謝しなくちゃ……」
まだ状況が呑み込めてない錯夜を尻目に見ると、耳元で囁いた。
「…僕の事、まだ信用できないみたいだね……。無理もないか。じゃぁ、これならどう…?」
ロアがゆっくり瞬きし、目を伏せると、精神を統一させるかのように、落ち着いた表情で空気を吸い込む。
そして、開いたその瞳は、獅童がよく知る、宝石のように綺麗な赤い瞳ではなかった。その色とはまったく相成す色。
「藍色の、瞳……?」
「……!!!?」
錯夜は戦慄し、手で後退りをしてロアから離れる。その怯えた錯夜の目に獅童は視線を落とすと、目を疑い、ロアと錯夜を交互に見る。
「お兄さんと、同じ色……」
「お、お前、やっぱり……!!」
震える錯夜に、ロアは立ち上がりながら、藍色の瞳を細めて笑う。
「何年ぶりだろう。会いたかったよ、錯夜兄さん……」
「…あぁもう…! しぶといなぁ……!! いい加減くたばってほしいんだけど……」
漸はまだ飄々といる如杜に苛立ちを覚える。
「デザートイーグルにトミーガン……。ヘッケラーの次はコルト……。旧国時代のベルグマンにモーゼル、ベレッタ……。どれだけその細身の中に仕込んでんの……?」
「さっきから思ってたけど、随分とブランドに詳しいんだね、マニア?」
「…女好きの女性恐怖症の同僚が、あんたと同じ二丁拳銃スタイルなんだよ……」
「えらい矛盾した同僚だな……」
如杜は少し身体を丸めると、袖、襟、コートの後ろから、銃器がざらりと並べられた。とても仕込んでいるとは思えない数に、漸は言葉を飲む。
「拳銃だけじゃないさ。機関銃、短機関銃、回転式、自動、散弾銃、突撃銃、対物火器、小銃。銃器という銃器は揃いに揃ってる。中世近世のモデルは網羅したよ。その気になれば、組立式の擲弾発射器だって仕込める」
「…とんだ最重量武装だね。似た人が同僚にいるよ。いい勝負になるんじゃないかな………」
「こっちは一ヶ月しか寝てなくて寝不足なんだ……。責任とってよ、ね!!」
「……!!?」
袖から出ていた何十丁という機関銃や小銃が、一気に発砲された。どのような仕組みで発砲しているかなど、どうでもよかった。泥を散らしながら地を滑るようにかわすと、小刀を口に加える。
「炎天加……!!!」
漸の足元に蒼炎が宿ると、一気に加速し、如杜と距離を詰める。
「馬鹿が」
対物火器が構えられると、炎が噴射される。漸は自然に口角が上がる。
「回復させてくれんの? 悪いね、お兄さん…!! 炎帝符!」
漸は減速するどころか、加速したまま炎の中に突っ込んでいく。そして如杜の前には、炎を纏った漸が現れる。
「…もう終わり…?」
「まさか!」
如杜は笑うと、リヴォルバーを構える。対物火器で塞がっていたはずの両手に握られていて、漸は目を疑った。
−−−パンッ!!
鮮血が散る。
視界が潰れる。
漸は地面に落ちる前に片手を着き、如杜から離れる。直後、膝を落として片目を押さえた。
「…やってくれんね……」
弾丸で左目を潰された。
漸は左目に指を入れると、中で潰れた目を掻き回すようにえぐり返し、中にある弾丸を引き抜いた。
「…リムファイア……。随分と古いモデルの弾丸使ってるんだね……」
「なんでそんなマイナーブランドを……。ていうかマジかよ……。目ぇ潰されてなんでそんな平然と……」
「……妖ナメんな、人間…」
抜き取った弾丸をその場で投げて、見せしめのようにその弾丸を斬る。
「…詳しく言ってやろうか。目を潰したぐらいでいい気になんなって言ってんだよ……。…殺したきゃ、蘇らなくなるまで滅茶苦茶に殺さないと、僕の足は折れないよ。…それに、変に焦らしてんなら先に殺すから、そのつもりでいろ……」
独特の殺気に、如杜は唇を舐める。
「…無限解放が下っててよかった……。いくよ、『逆裏手拍子』………!!」
邪気が溢れ出る。どしゃ降りの雨を跳ね返し、かき消すほどの威力を放つ。
「…人間、喜べ。神話を目の当たりに出来るなんて、そうないよ……?」
「そんな顔しないでよ……。いい男が台無しだぜ…?」
「…卿は……!! 余裕を抜かすのも大概にし……」
暁に手を触れようとすると、呪術に跳ね返される。その痛みは凄まじく、骨がイカれてしまうのではないかと思うぐらい酷かった。腕を押さえて、その場に踞る。
「触れない方がいいよ。こいつはかなり高度な呪術だ……。流石の僕も、あと数分で死ぬね……」
死ぬ。
確信しているその声音でありながら、暁は相変わらず笑っていた。
「暁、何故笑っていられる…?」
「さぁね…。いつの間にか、それを誇るようになっただけだよ……」
凩は身体を起こすと、正面から暁を睨み付けた。
「…本心か……?」
その言葉に暁の指先がピクリと反応し、顔を微かに上げた。
「能力で隠しているのか…?」
「なんでそれを……!」
問い掛けたが、すぐに納得する。
「漸君か……。まったく……」
「………」
「『嘘付き達の騙し合い(フェイクザンシークレット)』っていう、嘘を隠す能力さ。素敵だろう…?」
「それも偽りであろう」
「違う」
凩の言葉を即座に否定する。こんな事は初めてだった。
「嘘を吐くな」
「嘘じゃない。これは事実だよ。自分の素性が一切外部に漏れない。こんな素敵な事はないさ。僕は物事への関心が元々低いんだよ。自分が今正に死ぬ寸前だろうと、僕はどうも思わない。一回死んだ身だ、妥当な答えだろう。だから嘘なんて…」
「嘘でないと言うなれば、卿が今笑っているはずがないだろう!!」
鋭い声に、暁は驚き、目を見開いた。凩は獅童に斬られた傷口を押さえる。
「他人を弄ぶのもいい加減にしろ! 卿が異能力保持者であろうがなかろうが、本心でも偽りでも、己が命の危機に笑っている奴があるか!」
「いるさここに。僕だよ、見て解らない?」
「それは卿の本心ではないだろう!死ぬことに拒絶はないのか!」
「そう見えないかい?」
「ならば何故あの時、あのような事を言った!?」
『もういいよ……。君は要らない……』
『……だから、信じてるよ…』
暁は口を結ぶ。その後の言葉が出ない。
「…あれは……」
言葉を紡ごうにも、続かない。口達者な暁が言葉を詰まらせるなど、今までにない事だ。装ってきた暁も、装っている状態で焦る。
−−−思えばおかしい。何故、あのような期待をかける言葉を言ったのか……。
いや、解る……。
解ってしまった。
「…カッコ悪いなぁ…、僕………」
笑いが自然に漏れた。
「ねぇ、靄……。頼む、頼みがある。…もう終わりにしよう……。僕を殺して…」
「………!!? ……!!!?」
「兄さん、いや、錯夜君。僕を昔の名前で呼ばないでね? いくら偽名でも、錯夜君には真名で呼んでほしいから。昔みたいに、ね……? だから、僕の事はロアって呼んで……?」
一歩足を前に出すと、錯夜は更に後ろに下がり、何とか距離を取ろうとした。
「そう怯えんでもええんやない……?」
後ろにいた獅童が、錯夜を後ろから抱き締め、耳の裏を舐めた。
「ふ、ぁ……! おま、何して…離し……! あ……!」
「お兄さん、髪の毛から何から、ええ匂いするわぁ……」
「ひゃ…ぁ……。いや、やめ……!?」
耳に入ってくる獅童の舌に、身体が震えてしなる。
「獅童、錯夜君を傷物にしないで……。仮にも僕の実兄なんだから」
赤面を腕で隠す錯夜の前に腰を下ろすと、錯夜の腕を退けて、両頬に手を添えて額に口付けて目を合わせる。錯夜と同じ、綺麗な藍色の瞳で。
「…僕の大切な、大事な兄さん……」
ロアは一つ間を置く。
「だから、そんな所にいないで…?」
「な…!?」
獅童が声を上げる。目の前にいた錯夜が跡形も無く消えたのだ。ロアの向く方向に目を向けると、そこには、黒刀を握る錯夜がいた。
「幻覚……。また噛まされてもうた…」
獅童は不覚という顔をした。
「キスされる手前で代わったんだよ。…はっずかしい声出して、絶賛後悔中だ…」
「可愛かったで…?」
「抜かせモブが!」
「メタ発言大好きなん!?」
綻ぶように笑うロア。
「錯夜君、僕は体調壊しちゃって遊べないけど、獅童と遊んであげて。いい……?」
「借りを返さなきゃならないんでねぇ。言われなくてもそのつもりだよ、ロア…?」
「やっぱり。大好きだよ、兄さん」
「僕を殺して、靄……」
凩は二度も死を求める暁を、ただただ見つめていた。
「ふざけるな! 某は卿を…!」
「いいからもう死なせてくれよ……」
どこまでも死を求める。うんざりぎみに言葉を吐き散らす暁に、凩は傷を押さえて言った。
「何故死を求める。助けを求めたあれは、嘘ではないだろう!?」
「嘘だよ。あれこそ完璧に」
「そんなはず」
「もう嘘だって思ってくれよ」
暁の声は震えていた。
「…僕も、とんだ欲を言ったもんだ……。靄、君には僕を救うことは出来ないよ」
「何を言って……」
「だったら助けてよ!!」
暁は鋭く吠えると、歯を食い縛った。今まで聞いたことのない暁の大きな声に、凩は息を呑んだ。
「もう嘘しか言えない! もう本心を打ち明けられない! 誰も僕の真意なんて知る術もない! そうなった僕を! 嘘に溺れてる僕を! 救えるって言うなら! 助けてよ!!」
もういい加減疲れた。
本音をぶちまけていても、自分でも『嘘付き達の騙し合い(フェイクザンシークレット)』の制御が効かない。それほどまでに、暁の心は弱いのだ。
「…解った」
その一言に、暁は顔を上げた。
「救ってやる…。だから、もう、死にたいなんて言うな」
凩の言葉が、心にじわりと滲む。
叶えられない願いを、凩は真剣な眼差しで受け入れてくれた。
『生きる事は劇的だ』
かつて、鬼女の前でそう言った覚えがある。暁は静かに小さく頷いた。
「…君を信じてよかった……」
−−−…結局、拒絶しても、君は助けに来てくれるんだね……。




