:東の大嘘つきと暗黙談8
−−−どうすればいい…。
このままじゃ、とんでもない事になる。
でも、そんな事したら……。
…いたしかたない……。
許されないと知ってる。誰も許してくれなくていい……。
だから、今から犯す大罪を…。
どうか、少しの間、この『嘘』を、皆、
『事実』だと思っていてくれ……。
『やぁやぁ。初めまして、始めまして。…あれ? こんなんでいいのかな? どうも勝手が解らないぜ。まぁ、でもいいか。
−−−僕の名前は、安芸ノ須木暁。
これから、よろしくね……?』
『後の事は、頼むよ……』
「貴様ら雑魚に用は無い。暁は何処だ!!」
凩は鋭く吠えると、敵はびりびりと怯えた。
と、そこに如杜が駆け付けた。建物から出た瞬間、どしゃ降りの雨に長い髪の毛が一気に濡れる。
「瀬良継さん!」
「なんだ、何があった!」
部下をかき分けて進み、凩と対面する。
「…靄……。そうか、お前のせいでロアが……」
「小僧、ナイレンの部下か……。というか、貴様とは面識が無いはずなんだが…。名が知れるといろいろ面倒だな…」
「……ロアには会わせられないよ。……しょうがない、乗り気しないけど、眠気覚まし、付き合ってもらおうか」
如杜は両手に拳銃を構えると、凩一点に向ける。
「な……!!」
凩の横を何かが通り抜けた。すると、如杜の前に黒くて小さな陰が飛び込んできた。喉めがけて鈍色の刃が突っ込んでくる。
咄嗟に拳銃でガードする。
「…デザートイーグルにトミーガン……。結構いいの使ってるね、お兄さん……」
「稲荷の神! なんの真似だ!」
「余計な真似だよ」
突っ込んできたのは漸だった。部下がその漸の背中に刃を立てようとするが、その背中が斬られる。
「おい、神様に手ぇあげたら罰あたっぜ?」
「錯夜!」
血に濡れた黒い刃を払うと、凩を軽く肘で打つ。
「ここは俺と漸に任せて、旦那は先に行け……」
「し、しかし……」
「所詮今の旦那じゃ、まともな戦力にならないって。それに、迎えに行ってなんか言うことあるんじゃないの…?」
「………」
雨で滑りそうな太刀を握り直すと、足先に力を込める。
「御免、任せた!」
「任された!」
一気にバネの力で漸と如杜の横を走り抜けていく。如杜が目で追っていると、応戦していた漸がいきなり離れ、その漸の背後から黒い刃が流れてきた。
錯夜だ。
「女の子みたいなナリしてんね、お兄さん…?」
「東の!」
「こん時ぐらい、従者にいい格好させてやってよ」
銃身が悲鳴をあげそうになると、如杜は離れる。尻目に凩を確認すると、もう建物内に入っていた。舌打ち混じりに錯夜に銃口を向けると、その至近距離で発砲しようとする。が、その銃身が斬られた。その衝撃に二人は離れる。
「…は……?」
「もう一回、攻守交代……」
目の前には漸がいた。
「…錯夜様、貴方も先に行ってください。まだ僕らを切り刻んだ二重異能力保持者がいません。コガ兄が足止めを食らう前に早く……」
錯夜は口角をあげる。
「漸。無限解放だ。好きなだけ暴れろ……」
「…承知。実に貴方らしい……」
「行かせるか! お前ら止めろ!!」
錯夜に衛兵が飛び掛かるが、錯夜は一網打尽にする。衛兵の背中をジャンプ台にすると、そのまま二階の窓ガラスを割って侵入する。
「…お兄さん、あんたの相手は僕だよ。さっさと懐に備えてあるもう一丁の拳銃も出せば? またデザートイーグル? はたまたMFシリーズ?」
漸に催促され、如杜は懐に手を入れると、出てきたのは、拳銃というでかさではなかった。
「……ヘッケラーか。よくそんなモン入ったね…」
銃器ブランド名に達者な漸を見て、如杜は無理矢理笑ってみる。
「稲荷の神様。神様に逆らうと、何が見れるんだ…?」
その言葉に、漸は力をみなぎらせ、黒煙を全身から吐いた。
「馬鹿を見るよ、人間……」
「なんや上が騒がしいな……」
「はぁ……はぁ……」
上からの物音に、獅童は暁に口づけるのを一旦やめて、耳を傾ける。
暁は現在、獅童の独断で両手の自由を許されている。だが。
『手足がもし自由やったら、何するか解らへんから』
それを実行したにすぎなかった。案外暁も、獅童に酔しれる寸前だ。力は呪術で抜けて、寝てる状態にすら等しい。目を開けているのもやっとだ。故に、今の彼には、いつもの軽口を叩くことはおろか、抵抗すら出来ない。
「…ちと心配やなぁ。様子見てくるか…」
立ち上がる前に、暁の額に口付けると、埃を払いながら出口に向かう。
「あ、せや……」
振り返る。壁にぐったりともたれる暁を見ると、獅童は魔方陣を展開する。呪術と同じ色だ。すると、暁の手首が勝手に持ち上がり、壁に固定された。よく見ると、手首には、自分の周りを回る呪術の輪を小さくした物が巻き付いて、同様に回っている。片手も同じようにされ、暁は上半身を十字張り付けにされた。
「暫く大人しくしといてぇな? 全部終わったら、今度はベッドでやったるから」
無礼極まりなく、人差し指を突き付けながらそう言い残すと、獅童は出ていった。一人残された部屋は、自分の息遣いしか聞こえない。
「……ベッドでだって…? 冗談じゃないよ……」
半殺しに遭っていた能力が、だんだん回復してきた。証拠に喋ってみると、自然と笑みが溢れる。
「なんか……。悪い夢でもみてるみたいだな……」
−−−何をしても報われない、助けもこない。もがいて、泣き叫んで、喚いても、無駄だったのに……。
だから、求める事をやめた。
はずだった。
「今でも、『助けて』とか、思ってる自分が、鮮明にいる……」
暁は俯いて、小さく笑った。
「ねぇ、どんな風の吹き回しだい…? こんな夢みたいな事、まだ思ってたなんて…」
−−−ねぇ、君は本当に『安芸ノ須木暁』なの……?
錯夜はまだ治りきってない傷口を押さえながら先を急ぎ、部屋を虱潰しに当たっていった。
「違う、ここか……!! ここでもない……!! 次は…!!」
開いてみると、そこには武装中の近衛兵達が20人ほどいた。
「侵入者だ!!」
「やべっ!」
錯夜はとにかく逃げた。武装し終わった数人が追いかけてくる。遠距離武器を持つ者は、錯夜の足元を狙って発砲する。
−−−ダンッ!!
「………!!?」
右肩を撃ち抜かれた。足が縺れ、その場に転がる。
「やった、捕らえろ!!」
数人が飛び掛かる。が、その錯夜は砂のように消えた。
「な……!?」
「消えただと…!!?」
困惑する近衛兵。
「焦るな! まだ近くにいるはずだ! 探し出せ!!」
近衛兵が二手に別れる。
その廊下に足音が消えると、曲がり角でふぅと息を吐く。
「ふ、振り切った……」
と言ったものの、肩はギリギリ撃ち抜かれたままだ。ドクドクと脈を打っている。一旦黒刀を鞘にしまうと、廊下に出て、様子を伺いながら廊下に出た。再び部屋を一つずつ当たっていく。階段を上り、部屋数が少なくなったことに安心した。
早速一部屋目に手をかける。
「おい!! そっちはいたか!!」
「……!!?」
下から聞こえた声に、錯夜は咄嗟にその部屋のドアを開け中に入り、鍵を閉めた。足音が消えると、安堵の溜め息をつく。
「…誰?」
「……!!?」
錯夜は背後からの声に、脳が揺れるのではないのかと思う勢いで振り返る。
そこにはベッドの上で寝ている青年の姿があった。青年は、額に置いてあったタオルハンカチを取ると、肘で身体を起こす。
「…もしかして、錯夜君、なの…?」
「え……」
力が抜ける。青年は少し笑った。
「…あぁ、やっぱり……。錯夜君だ……。久しぶり……」
「う、そ……だろ…。なんでお前が…」
「…会いたかったよ……。偶然だな、こんな所で会うなんて……」
「馬鹿を見る……。マジでそうかも」
「…お互い様でしょ、お兄さん」
部下は全員倒れてしまい、立っているのは如杜と漸だけだ。その二人も息が上がり、出血が絶えない。
「……お兄さんは、僕らに何されたの…?」
漸は聞いてみた。如杜は即答する。
「何も……?」
漸は意外な言葉に、指先が反応した。
「俺は殺しの腕を買われただけだ。それだけでここにいる……」
「……くだらない」
「どう思われてもいいさ。ロアに俺は付いてく……。俺もロアも獅童も、ここで倒れてる連中も、お前らを斬って殺してなんぼだからな…」
「それが生き甲斐だもんね……。僕も昔は、お兄さん達殺してなんぼだったよ。人の生き血と御霊は、僕の舌を確かにしてくれたからね……。でも……」
小刀に目を落とし、握り直す腕を掴む。
「…もう、『しなくていい』って……。あの人が教えてくれたから…。こんな僕でも受け入れてくれて、道さえも変えてくれた……。だから僕は、あの人の為に、この命を尽くす……!!」
再び黒煙を吐くと、雨の中で消えることのない蒼炎が浮かび、銀色の毛並みが揺れた。
「…もう一度、馬鹿を見てもらおうか」
「……」
「…錯夜君、なんで黙ってるの…? 僕の事、覚えてない……?」
錯夜は瞬きすら出来ない。起き上がってベッドから這い出ると、青年は近寄ってくる。錯夜は呆然として動かない。
「…錯夜君……?」
「………!!!?」
青年が伸ばしてきた手を錯夜は振り払い、後ろに下がる。
「…あ、そうそう。僕ね、今、ロアって名前なんだ。ロア・ヴィンス・ナイレン」
「…………」
「今、体調壊しちゃって……」
錯夜は怯えていた。目の前の小さな青年に。まともに言葉も出なかった。その中で、ゆっくり言葉を絞り出す。言いたいことが山ほどあるのだから。
「お、お前……。い……」
「ロア!!」
−−−ガンッ!!
「…な……」
後ろから後頭部を無機質な物でどつかれ、その衝撃で錯夜は、ロアを巻き込み、床に倒れた。
「ロア無事か! なんや物音が!! …ん?」
入ってきたのは獅童だった。しかも、蹴破って。獅童は目先のベッドにロアがいない事を確認すると、視界の下に映る黒い塊を見つめる。
錯夜は後頭部の痛みに、目の先を見た。そこには、ロアの整った顔があり、明らかに絨毯の柔らかさではない感覚に手を確認する。細い首筋を辿ると、程よく浮き出た鎖骨を通り過ぎ、右手がロアのシャツの間から、ボタンを弾いて、胸に直接触れていた。汗でじっとり濡れた柔肌を意識すると、錯夜の指先が僅かに動いた。
「さ、くや、君……」
「え、あ……! こ、これは……」
錯夜は後ろを振り向くと、とてつもない殺気を感じる。
「何さらしてけつかんねん……。そこのお兄さぁん……」
「い、いいいや…! 待ってくれ、そこのニット帽のお兄さん!! これは不慮の事故でして……つか、半分お兄さんのせいだからねこれ、キレてるけれどもお兄さん!?」
「じゃかしいわボケェ!!」
「いや、話聞いてよお兄さん!!」
「とりあえずそこ退けや……」
「…あぁ、それはもう…! 今しようと思っていたところでし…て!?」
首に腕が巻かれ、ロアに目線を戻した瞬間、柔らかく薄い唇に口を塞がれた。呆然としていると、その隙を突かれ、口内に舌が入ってくる。
「は、ん……!! ぅん…あ……」
「ロア…!?」
離れると、ロアが錯夜を抱きながら身体を起こした。戸惑う獅童を見て、ロアは口の中心に指を添えて笑う。
「駄目だよ、獅童。今、再会の真っ直中だったのに……」
「……再会…?」
「うん…。偶然に感謝しないと……。ねぇ、錯夜君…」
耳朶を甘噛みされると、錯夜は派手に反応した。
「…僕の真名を、唯一知ってる、東神錯夜君……」
凩は走っていた。敵は覇気で倒してきた。部屋は当てずっぽうだ。
「暁…。暁、何処だ……」
妖力を感じようにも、気配が薄すぎて感じ取れない。
−−−…パチッ。
「……!!?」
瞬時に踵を返した。
−−−この……。この、気配は…!!
傷口が開こうが、骨が軋もうが、凩は感じ取った先に進む。
行き着いたのは、行き止まり。否、部屋のドアだった。
手をかける事なく、凩は蹴破った。
埃と塵が宙に舞う薄暗い部屋で、呪術の輪は回り続けていた。
「…物は大切に扱えとか言っときながら、蹴破るなんて……。何かあったのかい…? 凩……」
「……暁…」




