:南の秘密主義者と暗黙談7
イチャイチャが多い。
「…なんてこった……」
部屋に戻ってきたロアがポツリと呟くと、目線の先で極上のソファに足を組んで座っている、獅童に抱き付いた。
「僕は、とんでも無い事をしてしまったかもしれない……」
「何があってん、ロア」
獅童はロアの頭を撫でると、膝の上にひょいとロアを乗せる。
「…見ちゃったんだ……」
「いかがわしい画像とか動画とか…?」
「それを男のロマンだとか君の口から出たら0.1秒後に五体不満足にしてたところだよ……」
「すまんすまん。…で、何を『視た』のか、教えてくれへん……?」
まるで怖いものを見てすがりつく子供のように、ロアは腕の力を強める。
「…暁君の、とんでもない『秘密』……」
暁が目を開けると、身体がとにかく重く感じた。身体の節々が悲鳴を上げている。
同時に、金属が軋む音が聞こえた。腕が天井から伸びた鎖に繋がれている。自分は今、膝をついて気を失っていた状態にあったらしい。定まってきた視界の先には、赤い帯状の物が数本ゆっくりと、自分の周りを回っていた。
呪術だと、すぐに解った。
「…お、れは……」
−−−……!!?
暁は言葉を呑んだ。
−−−い、今、なんて言った…!? ま、待て、待てよ…!! そんな……。そんな馬鹿な…!! だって、だって今の俺は……!!
「…………!!!!」
暁は焦った。
これまで以上に、自身でも驚くほどに。
「そ、んな……」
−−−能力が、発動してない…。
「彼が、何故、極度の秘密主義になったのか、嫌でも解る。僕が彼でも、絶対そうした……」
「それが今まで、身内にも隠し通せたのは、あいつの能力があったから出来たモンなんやろ?」
「多分、実験に使った時、狙って埋め込まれた能力だったんだよ…。でなければこんな……」
獅童はロアを覗き込むと、目を疑った。ロアはボロボロと涙を流し、頬を濡らしていた。
「…ロア」
指で涙を拭ってやると、ロアは啜り泣き始めた。
「生半可な気持ちで、本当に彼には接触しない方がいい……。殺さなくてよかった」
「能力の事か?」
「うん、流石の僕でも、半殺しにした。せざるを得なかった……。だから、今の彼は酷く混乱状態にあるよ…。彼の事だ、錯乱にはならないだろうけど……。でも……」
獅童は肩を震わせるロアを抱き締めた。いつもは勇ましいロアが、華奢な身体はこれまで以上に怯えていた。ロアが泣くことは幾度かあったが、獅童は流石に異常だと、逆に違和感を覚えた。
「…感傷的に考える子やった? ロアちゃんは……」
ふるふると首を横に振る。
「……違う…。違うんだよ、獅童…。もう、あれは……、
−−−…『人』であったものが、送っていい人生じゃない……」
そう言うと、ロアの力が全て抜け切った。獅童は驚いて、ロアの身体を揺する。
「おい。おい、ロア! どないした、返事せい! ロア、しっかりしろ!!」
秘密主義。
自分の素性を明かさない事を誇りと思うことが、彼、安芸ノ須木暁の生き甲斐。
そうなった事を説明するには、今からかなり時間を遡ることになる。
彼が、自分自身以外の干渉を許さなくなったのは、能力を埋め込まれた時にある。
真実を嘘で隠す。
その嘘を、更に『嘘』で隠し、
それを真実だと、自分の理だと、周りを永久的洗脳に陥れる能力
『嘘付き達の騙し合い(フェイクザンシークレット)』
それが、安芸ノ須木暁の、所持能力である。
埋め込んだ研究員達も、まだ妖の存在を否定していた帝国にバレてはまずいと、この能力を埋め込んだのだろう。
彼は、『人』としての人生を失い、また始動させた。
彼自身も、自分の正体には相当怯えていた。そこで『嘘付き達の騙し合い(フェイクザンシークレット)』を発動させる。
そこから、偽りの彼が生まれた。
「………」
黙ることしか出来なかった。
凩と漸と錯夜は、とにかく傷が癒えるのを待った。
本来、漸は治癒術を使えるのだが、今はその様なコンディションではない。妖怪なので、傷は後、30分程度で完治する。
「……なぁ、旦那」
錯夜が口を開く。
「暁の事は、何も知らないのか…?」
「……某が知っているのは、あいつが極度の秘密主義で、鬼と人間の混血。あいつは自らを欠陥品と言っていたがな…」
「…それだけ……?」
「…あぁ……。それだけだ…」
灰青の瞳が細くなる。
「あいつは、自分にこれ以上は干渉するなと言った……。奴と某は主従関係。それ以上の関係など、持たなくていいとな…」
「漸もさっき言ってたが、ストイックだな……」
「……改めて言葉にすると、な…」
漸が身体をぷるぷる振ると、耳を動かす。「…大体、大丈夫です……。今治します………」
漸は錯夜の前に座り直すと、腹部の傷に両手を翳して、詠唱を始めた。
「…兄ちゃんの秘密、僕、一つ知ってます……」
「「……!!?」」
あまりの驚きに、二人とも傷口を押さえ、悶える。
「ど、どういう事だ……!!」
「…どうって……。兄ちゃんが異能力保持者っていう……」
「あ、暁が異能力保持者…!? それは真か、漸!」
「…事実だよ。兄ちゃんから言ってきたんだ……。唐突だったから、さすがにビックリしたね、熱でもあるんじゃないかって思ったもの……。でも、どんな能力を持ってるかは、知らない…」
漸が治癒術を終えると、凩の前に移動する。
「……旦那…」
「…漸、治癒術はいい……。行くぞ…」
凩は肩を押さえながら立ち上がる。
「…待ってよコガ兄…! そんな身体じゃ無茶だよ、死ぬつもり!?」
「某は死なん。…が、主のために死ねるのであれば、本望」
「…目ぇ、覚めたか……?」
ロアが聞き慣れた声に目を開くと、そこには獅童の顔があった。
「……獅童…。身体が、重い……」
「しゃぁないわな、お熱があんねやもん。…もうちょい寝とき…、な?」
頭をひと撫ですると、額に手を当てる。
「…ねぇ、獅童……。お願い、聞いて…?」
「なぁに…?」
「……ナオに、会いたい…」
ロアの言葉に、獅童は言葉を一旦呑んだ。ロアは生唾を飲み込むと、もう一度言う。
「…ナオに、会わせて……」
布団の中から伸びた、じっとりと汗に塗れた手が、獅童の手を握る。
「解った。少し待っててな」
獅童はとある部屋に向かっていた。ドアノブに手をかけると、ノックもせずに、その戸を明けた。部屋は、天井付きのダブルベッドと、革のソファや、椅子には、衣類が脱ぎ捨てた跡がある。
散らかっているその部屋を見て、溜め息をつくと、ダブルベッドに歩み寄る。
清潔で真っ白なシーツの上には、長くて美しいブラウンの髪が流れていた。その髪の毛の持ち主は、とても綺麗な顔立ちをしていた。長いまつげに、少し高い鼻。首はどちらかというと細い。
獅童は髪の毛を一房掴むと、その毛先を弄って、ベッドの端に座る。
「…ナオ、起きろ……」
獅童が声をかけると、その人はピクリと反応する。目を開け、身体をゆっくりと獅童の方に寝返りを打つ。
「…獅童、か…」
ゆっくり瞬きをする、ナオという人物。布団から手を出すと、獅童の手に触れる。
「何日、寝てた……?」
「一ヶ月」
「…たった一ヶ月か…。まだ眠いな…」
「ええかげん、その感覚どうにかならんの……?」
「んじゃ、眠気覚まし、付き合って…?」
ぐいとベッドに引きずり込まれると、獅童はあっという間に、ナオに視界を奪われた。
「な、ナオ…。ちょい待ち、俺はお前を連れてこいって……はぅ…!?」
身体を長い指で撫でられた。
「…だから、俺は呼びにきただけやって……!!」
「もうちょっと…」
「如杜!!」
伸びてきた手首を掴み怒鳴ると、ナオこと如杜は動きを止めた。
「悪い……」
如杜はどくと、寝ぼけ眼を擦る。
「……対人ストレスも解るけんど、俺でフォローするの、やめぇや」
ベッドから這い出て、脱ぎ捨ててあったシャツを着始める。獅童は身体を起こし、如杜の振り向き様にベルトを投げる。
「で、用はなんだったんだ…?」
「ロアが会いたいんやて…。行ったれ」
「あぁ……」
如杜こと、瀬良継如杜は髪を流すと獅童を残して部屋を出ていった。
獅童はそのまま、暁が捕まっている部屋に行った。
案の定、彼はぐったりとしていた。もはや虫の息である。
呪術で構成された封印術が、一定速度で彼の周りを回っていた。
「こいつは、妖用の封印術。半妖のあんさんは、効果は半減やな。妖がこいつにかけられたら、一時間は持たん。命拾いしたな、幼馴染み…?」
「……!!!」
暁は顔を少し上げ、獅童を真っ正面から睨み付ける。
「そないな顔するモンやないで? まだ首の皮一枚繋がってるだけ、ありがたいと思った方がええ。…今、ロアが寝込んでしもうてな。あんさんの『正体』っちゅーのを見てや言うて……。何を話したん?」
「関係、ない……!」
「どれどれ……」
『予期せぬ受信』。獅童がそれを使っているのが解ると、暁は焦った。しかし、抵抗しようにも、呪術のせいで身体が重く動かない。
「お、おぉ……。こら凄いな……。確かにロアにゃぁ刺激が悪すぎるわ……。しかし、ホンマなんか、あんさんのこれ……」
「…嘘付けると思うか……?」
「あぁ、せやったね。今あんさんの能力、半殺し状態やった。人間にゃ出来へん本心までに嘘を貼り付けられるやったもんね? 『嘘付き達の騙し合い(フェイクザンシークレット)』は……?」
「………」
溜め息をつくと、呪術の輪を抜けて、顎を上げた。
「…キス、するの……?」
「してもええけど?」
「勘弁して……」
が、獅童は、やはり暁に口付けた。暁もこうなっては抵抗出来ず、獅童は貪り続け、暁はそれを仕方なく受けた。
「…はぁ…ぁ、暁…。暁……」
「ん、ぅ……。獅童……」
手錠に繋がれた暁の手が、拳に変わる。首や頬、耳、鎖骨を愛撫された。
嘘の毛皮を全て脱いだ状態の暁の口からは、撫でられる度に、他人が見たら暁とは思えないほどに甘い声を出した。
「…俺に、っん……。情でもあるのか?」
「ガチかもしれへんな……。自分でも驚いてるわ…。その気になれば、あんさんの内臓や心臓を潰せる。潰す機会なんて、ホンマこっちの都合やから。でもな、暁…」
口から離れると、暁の瞳を覗き込んだ。まだ赤く染まっている。獅童は試しに、内蔵を念で弾いてみると、暁は表情を歪めた。獅童はその皺の寄った眉間を舌先で舐め上げた。
「…今はホンマ、あんさんを『どうにかしたい』って、思ってはるんよ。不幸中の幸いやったな。あんさんの手足がもし自由やったら、俺、何するか解らんからなぁ」
「…………」
「…せや。ロアの体質、教えたるよ、暁。あいつはな、体質上、『能力殺し』言われててな。名の通りや。
相手の技能を、殺す能力。
それが、『逆光の鏡』」
如杜はロアの横に座り、頭を撫でていた。ロアは落ち着いたように目を閉じ、且つ、如杜の袖を掴んでいた。
「まさか、俺の能力を使うために、ここに呼んだのか…?」
「違う、ナオに会いたかった……。全然会ってなかったから…」
「ならいいけどな……。けど、お前が力を酷使するまでになるって、何があったんだよ……」
「それは……」
ロアは口ごもる。如杜は仕方ないなと溜め息をつく。
「なぁ、ロア……」
言葉を途切れる。如杜は後ろを振り返り、部屋のドアを睨んだ。すると、部屋の内線が、ノイズ混じりに起動する。
『ほ、報告します!! し、しし、侵入者が約三名、アジト内に!! 前線がもうやられ……うわぁぁぁぁ!!』
内線は切れた。
「きた、のか……」
「ロア、ここにいろよ。様子見てくる」
如杜はロアの部屋にあった棍棒を手に、部屋を出ていった。
「な、何者だお前ら!!」
下にいた部下たちは、各々の武器を構えて、抵抗を見せる。
そんな彼らの目の前の長身の男は、灰青の瞳を金に変え、姿を変えた。
「な、こ、こいつ! まさか……!! ぐわ……っ!!?」
言いかけた男が、何もしていないのに、ダメージを受けたようにいきなり倒れた。
周りはどよめく。
そして目の前の鬼が口を開いた。
「暁は何処だ」




