:東の大嘘つきと暗黙談6
※過剰にボーイズラブが含まれています。ご注意ください。
「ロア……」
呼び声に後ろを振り返ると、そこには獅童がいた。椅子に腰掛けていたロアは、腰を上げて、獅童に歩み寄り、ニット帽を取り外すと、獅童の銀髪を優しく撫でる。
「ずぶ濡れじゃないか…。大丈夫?」
「外は術者の雨でどしゃ降りやから。すまんな、心配した…?」
獅童も頭を撫で返すと、髪に口付けた。
「君に限って心配なんて不用でしょ…? でも……」
ロアは長身の獅童の首に背伸びをして抱きつく。
「君が彼らに汚されて無いようで、安心したよ……。君まで失ったら…」
「…なんや、心配してくれてはったん…? ツンデレか……?」
「いいよ、好きなように捉えて…」
ロアは離れると、ニット帽を被せ直す。
「幼馴染みは命令通り連れてきたで。どないするん…?」
「…そうだね、まずは…」
ロアは獅童の後ろに目を向ける。
「再会を喜ぼうか…。暁君……」
凩が目を冷ますと、光に瞬きを繰り返し、全身の痛みに表情を歪める。
「…コガ兄…! よかった、目が冷めて…!」
漸の声が聞こえる。凩は身体を起こすと、横の本棚には、錯夜が暁に刺された傷口を押さえてぐったりとしていた。
「よぉ、お前も殺られかけてたなんてな………。大丈夫か…?」
「あぁ、大事ない」
痛みを感じるのは、左肩。そこからは未だ出血していて、じんと熱い。
暁が付けた傷だ。
「…錯夜様、兄ちゃんは一体……」
「さぁな…。俺はとっさに刺されたからな……。けど、あいつは俺を刺すことを解ってた」
「正気ではある。が、奴は操られていた……。血をあの小僧に飲まれたから、らしい……」
凩はマフラーを解き、歯で細く千切り、傷口に巻き付ける。それを数本作ると、それを錯夜に投げた。
「残念だが、今の某らには戦力もまともでは無い。…もう少し落ち着かなければ」
「…そんな、一刻も早く……!!」
「死にたいのか」
漸は凩の声音に、身を縮ませる。
「死に急ぎたいならば止めはしないがな……。助けに行こうにももう遅い。悔しいがな……。だが、手遅れには絶対にさせん」
「……凩、休むと同時に、聞いてくれないか? この国の事だ…」
「獅童は理解できる。でも悪いね、君の事はガチでオブラート並みに記憶が薄いんだよね……」
「悲しいなぁ……」
とは言うものの、当然というような顔をするロア。少し間を開けると、暁に歩み寄り、首に手を当てた。ロアの身長は、173cmの暁よりも小さいにも関わらず、その華奢な体格からは、とてつもない威圧を放っている。
「ま、無理もないよ。僕がそうさせたようなモンだから…。でも、彼らの中で一番まともな君には、少し期待を寄せていたんだけど……」
「僕の記憶なんて宛にしない方がいいよ。ましてや、君みたいな誇大妄想にお熱な奴の事なんて……」
「……君とは後でゆっくり話そう。詳しい事はその後だ……」
暁に背を向けると、暁の後ろのドアがいきなり開き、現れたロアの部下であろう二人組が、暁の腕を拘束した。そのまま乱暴に連れていくと、ドアが閉められる。
「…獅童、暁君の状態は…?」
獅童は笑顔で右手をロアに見せると、ゆっくりと拳に変える。
「……なるほど。早くも血を飲んだんだね。流石、言葉巧みな上、キス魔な事だけはある……」
否定せず、静かに目を伏せる。その時だ。獅童の身体が後ろのソファに押し倒され、ロアがその上に股がる。
「獅童、僕にその血を寄越せ…」
「…暁の血だけ…? 俺はそんなん出来へんで……?」
「僕を誰だと思ってるの…?」
整ったその美しく凛とした顔を近付ける。男とは思えないほどの、きめ細かい美白に赤黒い瞳は宝石のようだ。
「僕は絶対だ…。僕が寄越せと言ったら寄越せ。君は何もしなくていい……。ただ僕に委ねればいい。ただそれだけだよ」
獅童は生唾を飲み込むと、恐る恐るロアの後頭部に手を添える。
「…僕、獅童のそういうとこ、好き」
「でも俺は、従順な犬とちゃうで…?」
「どうだか。僕から見れば君は、いつも僕の爪先を飽きもせず舐めて、尻尾を振ってる下品な犬のように見えるけど……」
「どないやねん…。…ん、ぅ……つ!!」
重なったと思った瞬間、獅童の舌を拐うと、歯で噛み千切る。生暖かい鉄の匂いが口内に充満すると、ロアはそれを飲み干さんと舌にしゃぶりつき、一滴残さず飲み干す。
「はぁ……ぁ…。ロア、餓えすぎ…」
「仕方ないだろう。こうでもしないと飲み干せない。僕は君にしか心を許してないから、暁君から直接もらうわけにはいかない……」
喉仏が上下すると、ロアはすぐに離れる。口の端から零れる血を拭い、獅童を起こし、首に腕を回す。
「感謝してるよ、獅童。悪いけど、また彼から血を貰ってくれる…?」
「浮気せぇへん…?」
「しないよ。これで彼も晴れて僕の手中だから。……僕は絶対だ。逆らう奴は容赦しない……」
「では、この国にいた者は、先程の小僧に殺られたというわけか……」
「多分、な……」
国歴録を広げ、順々に見ていく。
大国の異形の集まりは、もう十年以上前かららしい。かなり時は経っている。しかも、共存していたというのだ。それでも獅童は誰彼構わず殺したと考えられる。
彼の体質を直に喰らったモノになら、それを納得するには容易い。
「…あいつ、兄ちゃんを知ってる口振りだった……」
「おそらく顔馴染みだろう。…各言う某も、微かではあるが、奴とは面識がある」
「マジかよ旦那」
凩は黙って頷く。
「某がまだ『靄』として村々を襲い、最後に行き着いたのは、暁のいた村だ。が、その村は既に壊れかけていた。某が手を掛けずとも惨劇のような様だった。その中であの小僧は、炎の中で手を広げ人を殺していた……。故に、風雷録で某が最後に襲った村に関しては、創作された物だ」
「本もあまり宛にならないんだな……」
「話や説ははいろいろとある。漸に至ってもそうだ。九本の尾を持った妖狐は、一本は本体から生えているが、残りの八本は、肛門から下半身を出した寄生虫という説があるからな。鬼は、本当は副を招く神の存在。だが、東方の国の節分という行事では、『副は家、鬼は外』という言葉で、豆を巻き、鬼は邪として扱われる……」
腕を組み、様々な話を並べる。
「とにかく、あの小僧を止めなければ話にならん……。どうしたものか……」
「…二度ある事は三度ある。とか言うけど、冗談にもほどがあるよ……」
「確信犯や。…いや、でも、あんさんのクセになりそ…」
突如、部屋に入ったきた獅童は、無言で両手を後ろ手に縛られていた暁を床に押し倒し、ロアと同じように舌に噛み千切り、血を飲んだのだ。
「冗談じゃないよ。しかも両手を縛った状態で、キスするって、そんな特殊プレイ望んじゃいないぜ…?」
「つれない奴……。そないな事言わんといてぇな。再会したんに、もうちょい喜ばんの…?」
「とか言われてもねぇ……」
「せや、治療せな…」
再度顔を近付けると後退りする。
「や、あの…。マジでやめてくんない?」
「せやけども、かなり深く切ってしもうたから、半妖やからそない心配する事も無いやろうけども…。ま、口実やな。俺、根っからのキス魔やから。体質使ってもええけど、ここは治癒術使わせてもらうわ…」
暁は逆に噛み千切ってやろうとしたが、体質でそれは封じられ、舌を絡められた。合間を縫って治癒術の詠唱を唱えると、二人の間に小さな魔方陣ができ、深い切り傷がだんだん癒えていく。
「は、ぁ……、あ…」
「ええなぁその声……。そそられる…」
詠唱が終わると離れ、無理に起こす。
「もうちょいでロアがここに来る。あいつは俺みたいにはせんけど、あいつの体質上、何するか解らへんから……。それだけは忠告しとくわ。でも、俺としちゃ、両手に花で万々歳やけど」
「僕はラフレシアだけどいいの?」
「いんや、あんさんは東方の国のサクラやな……。いちいち儚い……」
「あのおチビちゃんは……?」
「なんやろね……。強いて言うなら、薔薇やろか……。真っ黒な…」
「…黒い薔薇……。確かに、彼に合ってそうだね……」
獅童は目を伏せると、暁を再び押し倒す。しかし今度は強引でなく、ゆっくりに。
「……花言葉は『束縛』。これ以上あいつに合う言葉はないやろね…」
「…ごめんねクロード。ご飯もうちょっと待っててね……」
「クゥ…ゥ……」
尻尾をゆっくりと振るクロード。ロアはクロードを人撫ですると、暁の部屋に向かった。
「僕はラフレシアだけどいいの?」
ドアノブに手をかけると、暁の声が聞こえた。
「いんや、あんさんは東方の国のサクラやな……。いちいち儚い……」
花の話をしているのか。暁はあの淡い桜の花に例えられたらしい。
「あのおチビちゃんは……?」
おチビと言われて解ってしまうのは少し複雑だが、ロアは自分の事だと理解した。
「なんやろね……。強いて言うなら薔薇やろか……。真っ黒な…」
その言葉にロアは反応する。
−−−黒い薔薇…。僕が……。
「…黒い薔薇……。確かに、彼に合ってそうだね……」
少しの間を置くと、再び獅童の声が聞こえる。
「…花言葉は『束縛』。これ以上あいつに合う言葉はないやろね…」
否定はしなかった。
獅童は自分に仕える者。彼もそれは承知のはずだ。
ロアはドアノブに手をかけると、ドアを開く。そして一瞬硬直した。
というのも、両手の自由を利かなくする為に、後ろ手に縛られた暁に、獅童が上に股がり、顔を至近距離に近付けていた。
「……獅童、暁君に情でも湧いた?」
「せやかも。幼馴染みスキルはええで? せやけども…」
獅童は暁の薄い唇を舐めた。
「俺はロアさえおればええねん。暁が追加される言うんなら、俺は両手に花で万々歳。…それだけの事やないの」
「……あいつが見たら、何て言うんだろう……」
右手を払い、獅童に退けるように指示を出すと、やれやれと獅童は暁の上から退く。ロアは暁の身体を返して、縄を解くと、その場で彼を見つめた。
「なんでこいつを解かなかったの…? こんな縄、君なら簡単に解けただろうに……」
「すぐに逃げちゃ、面白くないでしょ」
笑う暁に、ロアは黙って瞳を揺らしていた。
「……ねぇ、暁君。単刀直入に言うね? 僕は君が好きだ……」
「……………え…」
言葉も出ない。ロアはその場に手をついて、四つん這いになり、暁に寄る。
「君が好きだ…。だから、君の全てが知りたい。その為にまず……」
ロアが暁に股がる。
「……君を殺さなくちゃならない。安芸ノ須木暁君……」
ロアの右手が、暁の視界を覆う。暁は息を切らした。
「君の、君のその、忌々しい能力を……。僕のこの能力で……」
「……!!?」
−−−−『×××××』
僕の名前…? 聞いてどうすんの? まぁいいよ、教えてあげる。
僕は、安芸ノ須木暁。
妖であり、善人あり、何より人間が大好きなんだ。
皆の笑顔が保たれれば、それが僕の幸せだよ。うん、そうだよ。本心だよ……。
−−−ごめん、全部嘘だよ……。




