:南の秘密主義者と暗黙談5
気持ち悪い。
音がない空間に、脳に直接聞こえる声。
暁の誇りである笑顔も、保つのがやっとだ。音のない中で、獅童と刃を交え、距離を取る。が、慣れない環境のせいで頭が悲鳴を上げ、暁はその場に膝を重く落とした。
『おやぁ…? どないしたん、暁。さっきまでの余裕はグレてしもうたんか…?』
「はぁ……、はぁ……」
『…そろそろ、ええんちゃうの? 本性だせや、暁』
「………!!?」
暁は顔を上げると、そこには先程まで10m先にいた獅童が目の前にいた。鼻の先を掠めそうだ。暁は突然の状況に、身動きがとれず、ただ獅童の整った顔に、柄にもなく見とれていた。
すると、空気が流れる音、息遣いの音が聞こえ始めた。
−−−ザクッ!!
「あ、が…、あぁ…ぐ…!!」
暁が痛みを訴えた先を見る。暁の手には、獅童の短槍の刃が突き刺さっていて、血管がドクドクと脈を打つ。
嫌な汗が滲み出ると、獅童が痛みに歪む暁の顔を顎を指先で上げる。
「…は、なせ……」
「抵抗してる抵抗してる……。ええなぁ、その顔……」
今度は獅童がうっとりと見とれる。槍を横に動かすと、血が吹き出し、肉が掻き回す。刃に肉が刻まれる粘着質な音が聞こえる。
「う、ぁ……!! は、あぁ……!」
痛みに悶え、顔を下げたいが、獅童はそれを許さない。
「もうちょいか…? これ以上キズ物にしたら、俺、怒られるんよ。それだけは堪忍してほしいんや……」
「…君の事なんて、どうでもいいよ……。とにかく、はなし……」
「やだ。もうちょいなぶらせてもらうわ」
無理な相談だそうだ。獅童は肉をえぐり、骨を切り始める。痛みに喘ぐその口も、二度目のリップサービスを受けた。舌が捻り込まれると同時に、槍が前後左右に動く。ここまで弱味を晒す事になるとは思っていなかったのか、嗚咽になりかけていた。
「……!!?」
長槍で腹を刺された。すぐに抜かれると、吐血した先は、まだ繋がったままの獅童の中だ。獅童は暁の血を飲み込むと、赤い唾液を口に渡しながら離れる。
「暁!!」
朦朧とする意識の中で、聞きなれた声に耳を傾けると、
「さ、くや、君…」
東神錯夜だ。既に手には黒い刀身が握られている。
「お前何してんだ!! そいつを離せ!!」
「なんや。パッと出の同僚なんかお呼びやないでぇ?」
「いや俺主人公!!」
「メタ発言すんなや!!」
「とにかく……!!」
錯夜は刀身を振りかざし、容赦なく獅童の首を狙う。が、彼はニヤリと笑い、囁いた。
「えっと、断裂閃言うん?」
「な……!?」
錯夜の動きが急ブレーキをかけた。
「な、なんで……」
攻撃を読まれ、しかも、技名まで当てた。錯夜は冷や汗を流す。
「ハハッ。なんでやろね……?」
「っざけやがって……!!!」
「錯夜君…!!」
叫んだがもう遅い。錯夜は第一歩を踏み出そうとすると、鮮血が一気に散った。というのも、錯夜の全身、至るところに切り傷が深く入り、錯夜はその場に転がった。
「錯夜君!!」
叫んだ口が獅童に塞がれる。錯夜は苦しそうに唸る。
「いやいや、束の間の救世主やったなぁ。さてと、話の続きでもしようや。…っつ!」
暁が獅童の掌に噛みついた。反射的に手が離れると、そこには普段の暁の笑みがあった。
「…残念だったね、錯夜君の方が一枚上手だったようだよ……」
暁に問い掛ける間も無く、獅童は後ろに殺気を感じると、目の前に黒い刃が見えた。首を反らし、無理矢理かわすも、髪の毛が数本切られる。そのまま片手でバク転し、距離を取る。そこには、今の今までそこで倒れていた錯夜だった。
「……幻覚、か…」
獅童は立ち上がり、埃を払う。
「幻覚に騙されるなんて、生まれて初めてやで? ここまで高度な幻覚、あんさん凄いな。凄い『嘘つき』のセンス……」
「そりゃどうも」
「褒めてないで?」
「悪いね。そりゃ俺にとっちゃ、最高の誉め言葉だよ」
錯夜は暁の口を手で押さえながら、手の甲に突き刺さった槍を抜き、その場に捨てる。
「そうかいな。……で、あんさん、俺をどないするん?」
「……何するって、抹殺だよ」
背後からの声。獅童の右に大きな刃が後ろから添えられ、脇の下から、喉仏にかけて伸びた日本刀が、獅童の動きを封じていた。
「…いくら幻覚だろうと、よくも錯夜様に手をかけてくれたね。こんだけの事をしたんだ、それ相応の覚悟は出来てるよね…?」
「漸…! それに、凩……!!」
獅童の背後に立ったのは、二人の従者だった。二人とも、いつもになく鋭い目付きをしている。
「おい小僧。貴様、ナイレンの下っ端か………」
凩の声を聞いた獅童が反応する。
「おんやぁ…? 靄やないか。あん時はおおきに……」
「なんの事だ」
「いや、何でもあらへんよ」
このような状況にも関わらず、獅童は笑うことを止めない。靄こと、凩を舐めるように見ると、凩の剣先が軽く震える。
「下っ端……。まぁ、簡単に言うならそやかもしれんけど、ちぃとちゃうわな。俺はロアの理解者や。部下とか、下っ端とか、そないな上下関係やない。ただ、ロアには従う。それだけや」
「ナイレンは何処だ」
「何処やろね。俺もロアの行動パターンはまだ把握してないねん」
「白々しい餓鬼が……」
「…コガ兄、こいつ刺していい……?」
漸は更に突き付ける。獅童は視線を、錯夜に抱えられている暁に向けた。
「…凄いなぁ暁。ホンマに凄いなぁ。こないお前の事心配して助けにくる、『仲間』がこんなにおって。……いやいやホンマに…………。
−−−胸クソ悪ぅて、しゃーないわ」
「「「「……!!?」」」」
笑顔が消えると、獅童の身体が、何かにみなぎる。
「おいお前何を……!!?」
突然の出来事だった。口を開いた凩の身体に、無数の切り傷ができ、そこから出血する。
「コガ兄…!!」
漸も凩に気を取られていると、その身体からは、誰の手も触れていないにも関わらず、切り傷から出血し、その場に倒れた。
「今度は幻覚やないみたいやね」
「…あいつ、一体何を……」
錯夜はただそれしか言葉に出なかった。
先程、錯夜の幻覚を切り刻んだ、おそらく、『技』。
「お前、異能力保持者か!!」
「せや。けどな、これは異能力とちゃう。俺は妖怪に二重異能力保持者にされたけどな、『これ』は、俺の、『元々あった能力』みたいなモンや……」
凩が最後に襲った村であり、暁がいた村。獅童の発言の真意は、彼が実験対象にされたという事だ。獅童は二つの能力を埋め込まれたのだが、元々、その村に住んでいた人間の中で、帝国軍からもお呼びがかかるほどに、人間扱いされなかった。協力要請共に、重要危険人物として扱われたのだ。
−−−まったく、どいつもこいつも、人を人として見ず、『化け物』扱いか…。
というのも無理はない。何故なら、彼の能力とも言えない『何か』があれば、完全犯罪など、造作もなくこなせ、村や町はすぐに滅ぶ。帝国の上層部の人間はそう考えていた。
「『電撃戦闘』。強制損傷体質。それが、俺が生まれながら所有してる、人成らざる者や」
「サ、イン……?」
錯夜は問い掛けた。
「体質や。能力はきっかけで発動する。けど、こいつに関しては違う。『こういう身体で生まれた』。人を傷付ける為の力を有して生まれた、俗に言う『咒継ぎ(ジュツギ)の子』」
咒継ぎの子。名の通り、呪いを持って生まれた子。災いの元と言われている。
獅童は足元に転がっている漸の背中に踵を踏みつけた。
「…おかげで人を傷付けず、お前ら異形を傷付ける為に…って考えれば、こんな生まれ方でもよかったって思うけんど」
「…が、は……っ。足をどけろ、下衆が………」
「ハハッ。可愛い顔してよく吠えるお稲荷さんやなぁ……。ほんま腹立たしい」
再び漸の身体から出血し、周りの本棚に飛沫が飛び散る。
「お前……!! それ以上……!!」
錯夜は黒刀を構える。が、目の前に現れた傷ついた手に遮られる。
「悪いね錯夜君。幼馴染みに二回もキスされて黙ってる僕じゃないよ……」
暁は立ち上がると、獅童を睨む。
「おいおい。あんさん、さっきので大分俺の事思い出してくれたと思うんやけど、今自分がどうなっとるか、解ってはるん?」
「勿論……。だから、最後の抵抗だよ…。残念だけど、睨むぐらいしか出来ないけどね……」
暁は後ろにいる錯夜に目を向けた。
「ね、ぇ、錯夜君…。僕からのお願い……。今すぐこの場から、僕から離れて…」
「な、何言って……」
「早く…」
「おい、あかつ…」
「いいから早く!!」
必死な暁を見て、獅童は小さく笑いを漏らした。
「可愛ええなぁ、暁。落ち着いたらまたチューしたるわ。……なぁ、靄」
倒れている凩を見下すと、前髪を掴んで顔を無理矢理上げさせた。
「よぉ見とき? あんさんの主が今から、何をするか……」
「……な、に…」
−−−ザクッ!!
鈍い音が聞こえる。凩がその先を見つめると、錯夜の身体の中心を、何かの鋒が貫いていた。
「……!!?」
目を疑った。
暁が、獅童の短槍で、錯夜の中心を貫いていたのだ。
「あか、つき……?」
「…だから言ったのに……。でもごめん、錯夜君……。今の僕にはどうすることも出来ない……」
短槍の刃を引き抜くと、錯夜はその場に倒れた。漸も凩も状況が呑み込めない。ただただ呆然と見つめていた。
「な、何をしているんだ…、暁……」
暁はピクリとも反応しない。
「卿は、己が何をしているのか解っているのか暁!!」
「ダァれ靄。暁は正気であって正気やないんや」
暁が振り向くと、彼の目は赤く染まっていた。獅童は漸から足を退けると、暁に手を差し出す。
「…おいで、暁」
その一言に、暁は生気の無いような目のまま、差し出された手に歩み寄る。獅童は暁の手を取ると、頬を撫でた。
「いい子やな……。さて…」
暁を凩の前に誘う。
「暁、なんやこいつに、言いたい事あんねやろ? はよ言うたれ」
赤い異質な目で、凩を見下ろす暁。
「…凩、最初に言っておくけど、僕は正気だ…。でも、正気であっても、錯夜君を刺したのは、本心じゃない……。正直今、手が軽く震えてる……。説明は一応しとく。獅童に言わせるのは癪だし…」
暁は腹部から出血する血を指で撫でると、それを見せつけた。
「さっき、獅童に僕の血を飲まれた…。これで僕は晴れて獅童の手中ってわけ。強制損傷体質は、本来は君や漸君みたいな外傷を付けるモノ。…けど、血を取り込む事で、内部干渉が可能になる。だから、今の彼には、僕の内臓や肝臓、心臓を潰す事なんて容易い。朝飯前なんだ……」
暁はそう言うと、錯夜の血がまだ滴る短槍を握り直す。
「……だから、ごめん…。もう……これ以上は……」
暁は短槍を両手に持ち、鋒を凩の頭上に構える。
「−−−…凩、君は、僕の傍にいちゃいけない…。だから、もういいよ……」
「…あ、かつ、き……?」
「……もういいよ…。君は要らない……」
『×××××××××』
−−−ザク……ッ!!!




