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:東の大嘘つきと暗黙談4

「……コガ兄…! こっち来て……!!」

国の更に北に足を運んで探索をしていると、漸が路地の隙間から凩を呼ぶ。そこにかけつけると、少し不自然に盛り上がっている石畳があった。

「……人の臭いがするんだ…」

「人の…? 真か…?」

「…間違いないよ。女の人の甘い匂いがする……。それがいくつも混じり合ってて、しかも雨だから薄くて、確信はないけど……、女の人が複数いる可能性が高い…」

「なるほど。中に入ってみたいが、某には少々抵抗が……」

「……解った。僕が先に入って見てくる。…こんな所にいるぐらいだから、入り口はまた閉めといた方がいいかも……」

そう言うと、漸は石畳の端を持ち上げ、入り口を開けた。奥には薄暗い階段が下へと続いている。漸は躊躇なく中に入ると、凩は入り口を閉めつつ、漸の後を追った。

細かい砂を踏みしめる音が耳に響く。

「誰!!?」

奥から、鋭い声音が聞こえる。漸は足を止めて、闇に包まれた前方を睨む。

「…誰か来る……」

松明のような明かりが濃くなっていく。そして突き当たりから、スカートの裾らしきものが揺れると、眉をしかめた目付きの鋭い女性が出てきた。

「だ、誰よ!! あなた達!! 答えなさい!! さもないと……!!!」

女性は片方の手で、包丁を付きだした。その光景は見慣れているので、漸も凩は動じない。瞬きもしない。

「……お姉ちゃん、ここで何してるの…?」

「な……!?」

「おなごよ、殺す気がないなら、その調理器具を下ろせ。それは人を脅すことは出来ても、人を殺める道具ではないだろう」

奥から凩が出てくると、小さく悲鳴を上げる。

「某らは決して丸腰という訳ではないが、戦意はない。見たところ、この国は目を疑うほどに裳抜けの空だったのでな、人を探していたのだ。卿さえ良ければ、話を聞かせてくれんか?」

「旅人…? だったら運が悪かったわね。ここにはもう何も無いわ」

女性は少し包丁を下へ下げる。

「私とあと残りの三人は、ここにいたから助かったけど、国の人間は一人残らず殺されたわ。だから雨が降っているのよ。血を流すために……」

「……血の臭いなんてしなかった……」

「どうあれど、今は何処かで術者が雨を降らしているに違いないわ」

「おなごよ、殺した奴を見たのか?」

「見てないわ。見てたら殺してたわよ、私が……」

漸が鼻を動かし、女性に寄る。胸から首を辿るように嗅ぎ回った。

「…な、何よあなた……」

漸は、凩の方を向く。

「……コガ兄、この人…」




無抵抗とは正にこの事だろうか。

暁はまだ揺れて見える視界の先の青年を見据えた。

「なんや大人しなって。せやけど解らんでもないで? ここは図書館やもんなぁ、静かにせぇへんとあかんから。ま、お仲間が一人おるだけやけど……」

手首を絞める力が強まり、痛みに目を固く閉じる。

「かぁいい顔してまぁ。小鬼さんは俺ん事誘ってるんかいな。…まぁ、どうでもええわ。せやさかい、さっきの返事をもらわんと……」

青年がゆっくり口を塞いでいた手を離すと、暁は深く息を吸った。今だ腹の上からどこうとしない青年は、軽く馬乗りの状態で、暁に顔を近付ける。

「面白い話言うんはな、小鬼さんにとっちゃ好都合な話なんやで? 今こそ『何者かである者』を滅多刺しに出来るっちゅーな。恨みは俺より、小鬼さんの方があると思うんやけど……」

「何の話だい? さっきからベラベラと。君とは初対面のはずだぜ? 僕にこんな悠長な友達はいないんだけど」

いつもの調子で話して見せた。

「……初対面…?」

青年は骨を潰す勢いで、暁の細い手首を締め付けた。内側から怒りに似たどす黒い感情が滲み出ている。

「小鬼さん、ホンマに覚えてないんやな。悲しい事言うてくれるわ。…ほんなら教えたるわ。欠陥品のあんさんに……」

力を弱めることなく、青年は暁の顎を指先で上げ、

「……!!?」

痛みで顔を歪めていた暁の目が見開かれた。唇に柔らかい物が触れてきた。それが何かと解るまで時間はかからなかったが、この状況は予想外にもほどがある。

その状況だけではない。突如、暁の頭の中に、映像が流れた。

同族が殺されていく。女子供、老人、赤子関係なく無差別に。

逃げ惑う先には、もう一人の鬼。何処かで見たことのある顔だ。

次々に入れ替わる映像中で、同族を殺しにかかったのは、二人。

これは、昔の記憶。

「は、ぁ……。はぁ…………」

青年が離れ、意地悪く笑う。

「…思い出して、くれたやろ?」

朦朧とする頭で、映像を整理する。

映像と青年。

暁は口を開いた。

「し、ど、ぉ……?」

「…そ、当たり」

締め付けていた手首から上に登り、指の間に、自分の指を絡めてみせる。

彼は、暁の村を見るも無惨にした張本人、武者小路獅童(ムシャノコウジ シドウ)。その人であった。




あの日。と言っても、暁自身も曖昧だが、暁がいた村の話は、とても残酷な事をしていたという。

何でも、元々人間と共存していた村だったのだが、ある日突然、人間を異形の者にする実験を行った。村民の九割は、異形に変化したという。その実験が長く続くなかで、暁は生まれた。そして異形へと変えられた一人が、正気を持って村を壊し始めた。

そう、靄こと、凩がくる前から。




「あん時は、あのレジェンドに邪魔されてしもうたけど、俺はまだ暴れたりないんや。…思い出してくれて、嬉しいで? 『幼馴染み』やもんなぁ、暁」

鮮明に思い出した。

武者小路獅童。彼は人間。人間であり、異形へと成り果てた、且つスキルホルダーだ。そして、幼馴染み。

今の暁にとって、村の人間が生きている事実より、武者小路獅童が生きている自体が恐ろしかった。

「で、リップサービスまでしてくれた幼馴染み(笑)がなんの話題を僕に吹っ掛けようての?」

「簡単や。あんさん、俺と一緒にけぇへん……?」

一瞬言葉が詰まった。

「こないな姿に変えられてしもうたから、俺は恨んどるけど、あんさんは違うやろ? 秘密主義になるのも解るで? 知られたら、周りの人間に危害が及ぶはずやし。放任かましといて実は誰よりも優しいんやから」

「買い被り過ぎたよ、幼馴染み」

「せやろか…? 考えてみ? まだ慣れてない状態で、あんさんが気付いた時には全て、おじゃんになってたら……。変えられたんは、俺だけやない、あんさんも同じやないか。今の内に策打たんと、取り返しも何も無くなるで……?」

獅童は髪の毛を撫でると、再び顔を覗き込む。

「次にリップサービスするまで、返事を寄越せ。でなければ……。せやなぁ…。あそこにいるもう一人を跳ねてみるのもアリかもしれんなぁ……?」

「悪いけど、彼に手を出したら僕より従者の方が容赦しないから。それと、あえて君がいう台詞を取らせてもらうけど……」

暁は膝を立てると、獅童の腹に叩き込んだ。手首が解放されると、すぐにそこから離れ、腹を押さえる獅童に、鋭く言い放った。

「交渉決裂だよ、幼馴染み」

「……ええでぇ。そうこなくっちゃ」

後ろに手を持っていくと、獅童の両手には、短槍と長槍を構えていた。そのまま突っ込んでくると、暁も薙刀を組み立てた。

そして交わった。

「……!!!?」

−−−嘘、だろ……。

刃同士は、完全に交わっている。火花も散った。

なのに、『音』がしない。

『スキルホルダーってこと、忘れてもらっちゃ困るで、暁……』

頭に流れてくる声に焦り、足が縺れる。その隙に、短槍で足を掬う。が、暁はそれを利用して、地面に肘で着くと同時に、短槍目掛けて爪先で蹴りあげる。その槍ごと鳩尾にもろに入る

やはり音がしない。獅童がダメージに表情を歪めているのは確かだが、不自然だ。

『ただの蹴りや思えんわ……。ごっつ効いたでぇ』

「…………」

『…一応言っといてやるわ。音を消すスキル、『遮音壊(サイレントオースケトラ)』。その場の音を全て消す。更に、『予期せぬ受信(エラーパッシブ)』こっちはまぁ、よく言うテレパシーや』

−−−………!?

『ハハッ。せや、俺は二重異能力保持者(ツートップスキルホルダー)や。いけるか…? 暁…』

−−−余裕……!!!




『どうなってんだ……!!?』

錯夜は頭を抱えていた。音がしない。聴力が働かない。思わず西の方角を見た。

『大丈夫なのか…。あの人……』

視線を下に向ける。すると、目の前の本棚に並んだ本に目が向けられる。それは、国歴録としっかり書かれていた。

聴力に違和感がありつつも、目的の品にありつけたのは事実であるため、錯夜は本を広げてみる。指で文章を辿ると、とある所で指が止まる。

『…おいおい、マジかよ……』

錯夜は目を疑う。

『この国は、元々『何者かである者』の集まり……!!?』




「そうよ、私達は妖怪よ。種族は様々で、数えきれないわ。……見たところ、あなた達も妖怪のようだけど……」

奥の部屋へと招かれた凩と漸は、焚き火でコートを乾かしながら、入り口で会った女性、アリアと残りの三人の女性、メル、カイリ、サラから話を聞いていた。

「あぁ。しかし、この国は何故襲われたのだ……?」

「あたし達が聞きたいくらいよ!! なんなのよあいつ!!」

「…あいつ……?」

漸は何か引っ掛かったように鸚鵡返しに聞く。

「……待って。あいつって事は、まさか犯人は単体……?」

「そ、そうよ……。信じられなかったわ。人の戦闘能力じゃないわよ、あれは」

「……コガ兄。これって…」

「あぁ…」

凩は立ち上がりながら、漸と自分のコートを取る。

「暁と錯夜が危ない。行くぞ……」

漸も無言で立ち上がり、凩の後を付いていく。

「ち、ちょっとあなた達……!!!」

「世話になったな。礼を言う……」

後ろでアリア達が止める声が聞こえるも、二人は無視して、入り口へと走り、石畳を蹴りあげる。乾かしたコートが一気に濡れる。

「とんでもない刺客か……。どうか無事でいてくれ……」


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