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:南の秘密主義者と暗黙談3

やはり、錯夜と漸を含めた四人以外に、人はいなかった。宿屋らしき所に来ても、ロビーはガランとしていて、家具やベッド、シーツは使われていないように綺麗だった。おかしいにもほどがあった。

疑問はありつつも荷物を下ろすと、錯夜はタオルを取りだし、漸の頭を拭いてやる。凩も暁の頭にタオルを被せた。

「本当に風邪を引かれては困るからな。ここにいる間は身体を乾かしておけ」

「あれ? 錯夜君みたいに君は頭を拭いてくれないのかい?」

「頭皮が晒されるがいいのか?」

「ソフトに扱ってくれなきゃやぁよ♪」

「気味が悪い」

冷たく吐き捨てると、暁はタオルで顔を隠す。

「ねぇ凩。こんだけ広い国ならさ、図書館ぐらいはあるよね?」

「あぁ、恐らくな」

「たぶん国歴書があるはずだ。それを見れば何かが解るかもしれない。少し落ち着いたら探しに行こうと思うんだけど、君は他に何かないか、街を少し歩いてほしいんだ。頼めるかい?」

タオルの陰から覗かれる瞳は相変わらず笑っていた。

暁がいつから泣いていたのか。

笑ってる彼しか見たことがない凩には、想像も出来ない。

「しかし暁。主を単独で歩かせる訳にはいかんぞ。某も同行した方が」

言い終わる手前で暁が首を横に振る。

「大丈夫だよ。錯夜君と一緒に行くから」

「え、俺何も言ってないんだけど」

漸の頭を拭いていた錯夜はそう言うが、暁は尻目にも置かず、無視する。

「…すまん錯夜。少し席を外す」

暁の手を引いて廊下に出る。部屋から離れ隣の部屋に入る。

「なんのつもりだい?」

「聞くのは野暮だぞ」

「…そう、だね……。じゃぁまぁ……さっきの続きだけど。だから、君と漸君には、街を見てきてほしい。もしかしたら人がいるかもしれないし。それ…」

暁がふと顔を上げると、凩が真剣な眼差しで見ていた。思わず言葉が途切れ、忘れてしまった。暁は再び視線を落とす。

「…ごめん。こうやって遠回しに言ってるのは、君の察しの良さを見込んでなんだ。わかってくれる、かな……?」

顔をあげようとすると、凩はタオル越しに暁の頭を押さえつけるように掴む。いきなりの衝撃に、顔を上げようにも、大きな手でそれは許されない。

「ち、ちょっと、凩……」

「某に見せられる顔か? 今の卿のそれは」

そう言われ、暁はタオルをぎゅっと掴み、背中を丸めた。それを見た凩は手の力を緩め、軽く頭を撫でた。

「安心しろ。某は卿の事をよく知らないが、知らない分だけ、気だけは遣わせてくれ。…すまん、こんな事しか出来なくて」

暁は黙って首を横に振る。

「先に出る。半刻ほど経ったら帰ってこい。某で良ければ、話を聞こう」

頭を軽く叩くと、凩は部屋を出ていった。錯夜達の所に行くと、漸が鳩尾に飛び込んできた。

「…コガ兄、錯夜様が街を見てきてほしいって」

「あぁ、某も今、暁に言われたところだ。準備が出来たら行こう。…錯夜、暁の事を頼む……」

「あぁ、結局一緒にライブラリー探しに行くのか。…てかあいつは…?」

「厠だ。すぐに戻るだそうだ。某らは先に出る」

「行ってきまぁす」

二人はフードを被って外に出た。




分厚い雨雲を見ると、やはり止む気配はなかった。雨は更に酷くなり、バケツの水を一気に引っくり返したように降り、視界は水煙で潰された。

人を探すどころか、街もゆっくり探索出来ない。普段寡黙な漸の声も、この雨のせいで遠く感じる。

数分後、フードが鬱陶しいと感じた漸は、フードを脱いでしまい、一気にずぶ濡れになると、凩はすぐに屋根の下に引きずり込んだ。

「何をしているんだお前は…!」

世話焼きな母親のように、タオルで頭を拭いてやる。コートの裾からは、ポタポタと雨水が滴り落ちた。

「…雨、嫌い……」

漸はタオルの中でそう呟いた。

「……みんな、流してしまうから、嫌い………」

濡れた耳の先をピクピクと動かしたり、弱々しそうに上下に動かしてみたり、とそわそわした態度をとった。

「…どういう意味だ……?」

「…コガ兄、さっき隣の部屋にいたでしょ…? 駄目だよ、弱味を指摘しちゃ…」

「……!?」

長い前髪から除く、漸の不気味な瞳が鈍く光る。

「『燈』(トモシビ)……。光を辿る力だよ。一種の千里眼とでも言うのかな……? つまりは、僕の部屋からコガ兄の部屋にあった電気に念を通せば……」

そこで耳の後ろを軽く覆うような仕草をとる。

『遠距離にいる人達の会話が聞こえるんだよ』

正にそう言っていた。

「…………」

「…あのさコガ兄。兄ちゃんが秘密主義なのは、何の為か、考えた事ある……?」

思わず言葉を呑んだ。

「……兄ちゃんの秘密主義のそれは、隠したいの一言で済まされない理由じゃないんじゃないの………?」

「どういう意味だ…?」

「……コガ兄は罵ったり流してるから、あんま考えた事ないと思うけど、あの兄ちゃんの秘密主義っぷりは、かなりストイックだよ……。ねぇ、コガ兄……」

そう言うと、漸は凩の着物の裾を引っ張り、ぎゅっと掴む。

「……もっと、安芸ノ須木暁っていう『人間』を理解してあげて。……このままだと兄ちゃん、取り返しのつかないことするよ………」

暁を理解する。

それはどんな優秀な学者でも無理だろう。彼の心情は、心理学の更に奥を行く。

あそこまで自分を隠せる人間は珍しい。

だからこそ、知りたい。

だが、それはいとも簡単に弾かれてしまう。そうであるから。

「……知っている」

漸の頭に手を置く。漸が見た凩は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「知っている。だからこんなに悩んでいるんだ……」




「やぁ錯夜君。気分は……良好じゃなさそうだね」

「どっかの素晴らしい上司様が勝手に巻き込んで下さいまして嬉しい限りですよ…」

「うん。じゃぁなんで指を鳴らしているんだい?」

殴る態勢万端である。

これから図書館探しに行くのだが、錯夜はあまり乗り気ではないらしい。

誰もいないこの国、街を動き回る事は、ある意味ホラーゲームの中にいるようで、現実にいるのに、どこか荒唐無稽に感じてしまう。目に見えない恐怖が、じりじりと背中を刺した。

錯夜でも感じている事だ。屈託ありな笑みを浮かべつつも、暁も感じているだろう。

隠す、嘘、欺く。これだけのスキルを強化しきっている彼の心の内など、錯夜には到底理解不能だったが。

「何かあるよね、この街。いや、国…?」

まだ生乾きのコートを身に纏って気持ち悪くないのかとツッコミを入れたいところを、錯夜はあえて流す。

「今まで何もなかった国や街や村があった覚えがない。国の雰囲気からとか、今降ってる雨もなんか妙な感じがする…」

「察しがいいねぇ、錯夜君。まるでうちの従者みたい。確かに、僕もそう思うんだよね。勘だとこの雨は誰かが意図的に降らせているかもって。…とりあえず、ここから出て国歴書を探しにいこうか。錯夜君、行けるかい?」

支度はしてあったが、錯夜は確認する。そしてナイトテーブルに立て掛けて置いた、黒刀が目に入り、一応と腰に差すと、フードを被る。

「あぁ、行こうか」




案外あっさり見つかった。

宿屋に置いてあった地図を見つけ、一番大きな建物から当たっていると、三番目に本で溢れた立派な図書館にたどり着いた。

「……おい、この中から国歴録を探すのか………?」

「まぁ、やるだけやってみようよ。錯夜君は東側を頼むよ。僕は西側を探すから」

「でもこの図書館、帝都の図書館並みに広いぞ?」

サッカー場丸々一つが入る大きさであり、更に見上げれば五階まであるのだ。見るだけで気が抜けそうな光景に、コートの肩がずり落ちそうだ。

「まぁまぁ。国際図書館並みに広い帝都図書館での返却本を、その日のヘルプにたまたま入ってた君が、誰よりも駿足に片付けたことは、帝都図書館のいい伝説になってるんだぜ? 素直に喜ぼうよ」

「時間内にやれば時給が■■■■上がるっていうからつい……」

「うわぁ……。とてもじゃないけど、ここに僕以外の人間がいたら、絶対言えなかった金額だったでしょ」

「モチのロンでございます。暁の旦那」

冷めた目を斜め下に下ろす。

「……まぁ、時間内にいろいろ探してみようよ。収穫がある事を祈ってさ、ね…?」




「……コガ兄…」

雨の中を探索していた漸が、凩の背中に話し掛けた。

「…さっきの話……。兄ちゃんは…?」

「……おそらく、勘付いているだろうな。あいつは人の心の内に関しては、頭を無理矢理覗いたかのように知っているしな」

「…『濃霧(ノウム)』。確か、兄ちゃんからそう聞いた……」

「あいつの種族の能力だな……。無闇に使うなと言っているんだが……」

凩が、相手を死までに追い込むまでの威力を有する力『覇気』を使う種族であるなら、暁の両親の種族は、相手から基本情報を読み取る能力『濃霧』という力を持っている。だが、それ以上の情報は無い。

「…その証拠に、先程も遠回しに『某とは少し距離を置きたい』だそうだ。最後まで粘り強くてならん」

先を行く凩に気付かれないように、雨音に足音を紛れさせ、足を止めた。

「……兄ちゃん…。駄目だよ、これ以上焦ったら……」




電気は通っているのだが、図書館内のネットワークまでさすがに無理らしい。

西側の本棚を順番に探している凩は、黙々と作業を進めていた。

「…違う。この分類じゃない……。だったら……分類は8か……? さすがに僕でも骨が折れそうだぜ…」

「あの人間に片している鬼がか?」

突然の声に後ろを振り返ると、暁ともあろう男が、一瞬の内に、手首を掴まれ口を塞がれ床に叩き倒された。

暁の視界に映ったそれは、銀髪の青年だった。明らかに暁より下だと思うほどに、童顔なその青年は、楽しそうに笑みを浮かべている。

これだけ広い図書館でも、さすがに錯夜の耳には届いていなかったらしい。暁は眉をしかめながら焦りを見せた。

「よぉ。久しいな、餓鬼。随分優しい目をするようなって、相変わらず、嬉しい限りやで?」

独特な口調が降ってくる。濡れた身体が床とシャツに張り付いた気持ち悪い。

「………!!!」

「なんや、忘れてしもうたんか。まぁ無理もないのもしゃーないか」

青年は笑い、暁の耳元に口をちかづき、息をふきかけた。

「……なぁ、小鬼さん。ちょっくら俺とトークせぇへん…? 面白さは保証するで?」


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