:南の秘密主義者と暗黙談
前回より長くなると思います。
『−−−…凩、君は、僕の傍にはいちゃいけない…。だから、もういいよ……』
『…あ、かつ、き……?』
『……もういいよ…。君は要らない…』
南の空はまたもや雨だった。
『何者かである者』の記録と言っても、横を見ればそこにいる訳ではないので、『Record』というのは、本当に旅人のようだ。
安芸ノ須木暁は、雨の中黒バイクを操縦して、雨宿りできる所を探していた。すると、腰にくくりつけてあった鬼の頭の形をした鈴がリンと鳴る。
「なんだい? 雨宿りする所なら今必死こいて探してるから待ってて」
−−−リリ……ッ。
「あぁ。この間みたいに消し炭な村じゃなきゃいいけどね。しかし雨酷いねぇ。当たる雨粒が痛いんだけど……」
暁は笑いながら速度を上げていった。
見えたのは、どうやら国の入口のようだ。 見れて安心したのか、暁は安堵の溜め息をつく。屋根を見つけただけで嬉しいと思えるのは、これっきりにしたいものだと暁は思った。
「国……。当たりはでかいね。今日は運がいいらしい……」
−−−リリ…ッ。リン…。
「ははっ。確かに君の言う通り、雨が降ってる時点で運も何も無いよねぇ。さてと、シェラフ生活はとりあえず免れそうだ。宿を探すとしよう。……君も、その姿は疲れるだろう、凩……?」
−−−……リリッ。
入国手続きが済むと、直ぐ様近くの屋根の下に入り、ゴーグルとフードを取り払うと、腰の『鬼鳴鈴』を引き千切り、横に放る。すると空中で止まり、煙を放って人の形へと成していく。
そこに現れたのは凩だ。濡れた長い銀髪の髪をかきあげ、息を吐く。
「どうだい? 鈴になった気分は」
「卿の腹に抱き付く事に比べたら幾分もマシだ」
「もれなく温かいのに……」
「虫酸が走る…」
濡れた髪の毛を撫でる。二人の足元には、水溜まりが出来て、雨足は強まる一方だ。暁は荷物の中をあさると、タオルを二枚出した。
「まぁ、とりあえずは風邪引いちゃまずいし、頭だけでも乾かさないとね」
「忝ない」
「……いや、待った」
暁は、差し出したはずのタオルを引っ込める。
「なんだ急に……」
「やっぱその状態のままでいて」
「何故だ。卿は某に風邪を拗らせろと言うのか? 薄情者め」
「主人になんつー言葉吐いてんの…。いやいや、今から僕の話す話を聞いてくれよ凩。まず、君がこれから辿る未来は二つある。一つ目は、君が風邪を拗らせ、僕に看病されるっていうものさ。普段お堅い将軍の君が弱々しくなり、ギャップを晒すキャッキャウフフな展開。二つ目は、『水も滴るいい男』ならぬ『水も滴るいい鬼神』。で、君のその濡れたエロい身体で、僕を口説き落とすものさ。いつも余裕ぶっこいてる僕をたちまち羞恥に追い込む、またまたキャッキャウフフな展開。さぁ、どっちか選ぶがいいよ。大丈夫! 僕は優しいから、回答受付時間は0.5秒だよ! ちなみに、反対意見は認めないぞ!」
「馬鹿か貴様は。貴様の特殊な趣味も思考など某が知った事か。一度腕のいい医者に解剖してもらえ」
「二人称が敬う方から、見下す方になったって事はぁ、これ以上やるとまずいって合図だね……。冗談だよ、はいどうぞ」
「そもそも、何故その様な事をしなければならないのだ。理解に苦しむ」
「なに言ってんのさ。これは一種のサービスだぜ?」
「誰に対してのそれだ?」
「まぁ、その続きはウェブで」
「横文字を使うな、解りづらい……」
凩にタオルを手渡すと、凩は頭を乾かし始める。
「…これからどうする……?」
「宿を探すしかないだろう。しかし、この雨足の中探すといっても、二の舞になる。もう少し様子をみるか」
「そうだねぇ。でも、僕はそれでも別にいいけどね……」
「タオルが無駄になるぞ?」
「確かにそうだけど、僕は雨が好きなんだ。その気になれば飲み水にも出来るし、洗濯の手間が省けるし、それに……」
暁が何かを言いかけて、言葉を呑み込み首を横にふる。
「なんでもない……」
「…暁……?」
「まぁ、僕の好き嫌いはどうでもいいとして、凩、さっきからおかしいと思わない?」
暁が濡れた髪を撫でながら目の前を見据える。
「雨の日だからといって、人一人いないのは、どうも怪しい……」
そうだ。先ほどから、暁達の前には人一人としていない。どころか、目の前の建物も横も、その横の建物も全てカーテンが閉まっている。明かりもない。
その場には、虚しく雨の音が響く。
正に、国には暁と凩しかいないような状態だ。
「入国の手続きは出来たけど、国の中は裳抜けの空……。どう思う?」
「もう当に滅んだ……。いや、それにしては建物は新しい。それに、入国の警備がいる所を見ると、まだ住民がいるという事だろう。国は広い。塀で囲えるほどの小さな国かもしれんが、某らにとっては大きい。この場だけ集中的にいないとも考えられる。他を当たってみるか……?」
「頭の回転が早いね。うん、確かに異論異議共にないよ。そうだね、まずは探してみにゃならないね」
暁はそう言うと、壁から離れ屋根の下から出る。
水煙が立つ中で、暁は両手を広げて回って見せた。タオルで生乾きになっていた髪はたちまち水を含み、艶やかな黒い毛先から雨粒が散る。彼は上を向いて笑っていた。
雨に打たれる事が嬉しいのか、雨で何かを満たしていくように、気持ち良さそうに小さく笑い声を漏らし、口に流れ込む雨水を舐めとる。
「…不味い……」
一言そう呟いた。暁は両手を下ろすと、凩を見る。
「雨が不味いよ、凩……」
「………」
「…でも、不味くても、僕は雨が大好きだ。あぁ、でも凩の方が断然大好きだよ。今からチューしてあげてもいいぐらい。でも凩より女の子大好きだけど。…嫉妬しないでね……?」
「なるほど。某が『水も滴るいい鬼神』などと言うのなら、卿は『雨も滴る救いようのない変態』という訳だな。理解した」
「ハハッ。それは僕も自覚できるかも」
「卿とは長く共にいるが、卿の素性は解らんからな。変態という事しか。年齢も本名も、自分の素性は明かさない主義……だったか…?」
「まぁね。君が僕の事で知ってるのは、僕が鬼の欠陥品という事、変態という事しか知らないでしょ?」
「…………」
「それで充分だよ……。君と僕は主従関係。それ以上は関わらない方がいい」
暁は屋根の下に入り、バイクのスタンドを外すと、国の奥へと足を運ぶ。
「さて、人を探しに行こうか。可愛い女の子がいるといいなぁ」




