:東の大嘘つきと正義2
錯夜が目覚めると、料理の匂いがした。程好い温もり。自分がベッドに横になってるであろう事も理解。食欲をそそる匂いに目をゆっくり開くと、白い天井が見えた。そして右に、小さい黒い顔があった。
「…ミャァ」
「…………漸?」
初めて錯夜が発言すると、漸は錯夜の頬や首に頭を擦り付け、甘える。布団の中から手を出し、漸の頭を撫でた。そのついでに、錯夜は上体をゆっくり起こす。
目の前には数メートル先に暖炉。その左側には、黒のロングコートが綺麗に畳んで置いてある。その右側には、キッチンがあり、女の人の後ろ姿を見た。
クリーム色の髪が、後ろでゆったりと三つ編みに結われ、後ろ姿で推測する限り、歳は17、8程だろう。
こちらを振り向いた。
綺麗な淡い青の瞳が向けられた。顔立ちはおっとりとしていて、口元が小さい。
「…よかった。気がついたんですね」
声も顔立ちに合う、可愛げのある声だ。
錯夜は口を開く。
「………あの、俺は一体……」
「少し待ってて、旅の人。今ご飯を用意しますから。もちろん、猫さんの分も」
そういうと、木の器に鍋の中のものをよそい始める。
錯夜は一旦目をそらし、漸の背中や喉を撫でながら、状況を理解しようと頭を働かせる。
まず、昼過ぎに森に入り、水の匂いを嗅ぎ取った漸の後に付いて行き、川を見つける。そして寝入る。
−−−おかしい。この子にあったところなんて、一つもない。
「どうぞ旅の人。余り物の食材で作りましたので、誠に申し訳ないのですが……」
そう言って出されたのが、野菜、肉が入ったスープだった。湯気と共にいい匂いが、錯夜の唾液線を刺激した。
「…いただきます」
「はい。あ、猫さんには。……お肉になっちゃうけど、好きかな? ごめんなさい。猫が好きな物と言うと、魚とかなんでしょうけど、魚が無くて……」
「…安心して下さい。肉全般はこいつ好物ですから」
女の子が、漸に目を向けると、漸はすごい勢いで皿の上の肉に食らい付いていた。
「…あぁ、よかったぁ」
女の子はしゃがみ、笑顔で漸を見る。錯夜は木の匙でスープをすくい、口に運んだ。後味のスッキリしたスープで、一口食べればまた一口と、匙がスープと錯夜の口内を往復する。
「…美味しいです。近頃、ろくな物食べてなかったから……」
「それならよかったです。…あの森は、夜はとても寒くて、あんな何もかけずに寝てしまったら、死んでしまうところでしたよ?」
「それで、俺を助けてくれたと……?」
「はい。…あ、あの黒い乗り物は、この村の村長の家にありますので、安心して下さい。……あ、あの、私は、レイア・アイハードと申します…」
レイアと名乗ったその子は頭を深々と下げた。
「……俺は東神錯夜です。で、そっちの猫が、漸です。……助けてくれてありがとうございます」
「錯夜さん…。錯夜さんは、旅の途中でしたの?」
「いえ。仕事で…。でも今はぶらぶらしてるので、旅人同然ですが……」
「…お仕事……ですか?」
レイアが小首を傾げる。錯夜は畳んであるロングコートの内側の裾をあさり始める。するとそこから茶色い表紙に、鎖が掛けられた古書が出てきた。
「……それがお仕事……ですか……?」
「…Record。記録する者です」
レイアはまじまじと、鎖に封じられた古書を見る。
「俺の仕事は、生きている者全ての記録です。それが例え、花であろうが、動物であろうが、虫であろうが、命が宿るもの全ての、存在証明……」
「すごい……。かっこいい…です。…すごく素敵なお仕事ですね!」
手を合わせて瞳を輝かせるレイア。錯夜が器を隣のナイトテーブルに置く。
「活字にすれば…ですけど……。すごく大変で、でも退屈で、よくわからない仕事ですよ」
「そうなんですか……? でも、私は素敵だと思いますよ? すごく、やって価値のあるお仕事だと…。だから頑張る為にも、数日ここで休んでいってください……。私、村長にあなたが目覚めた事、伝えてきます」
レイアは立ち上がると、玄関に走って行く。外側から玄関が閉められると、すぐさま漸が錯夜の膝に乗り、人間の姿に姿を戻す。
「そんなところで、人間になるなよ、漸」
「錯夜様。この村、『何者かである者』がいます」
「………!!?」
その発言の後、漸は錯夜に近づく。錯夜は後ろに下がろうとすると、漸は錯夜の首に腕を巻く。
「錯夜様は寝ていらしたので、仕方ありません。しかし、僕は先ほどあの娘に連れられて、錯夜様の荷物を取りに行ったのですが、その間、とてつもない気を感じたのです。『何者かである者』の気を……」
「この村に……『何者かである者』が………」
「……錯夜様。どうされますか…?」
漸は青い瞳を細め、錯夜の肩に顔を落とす。錯夜は漸の頭を撫でると、古書を手を置く。
「…存在証明、するぞ」
「………貴方らしい。承知しました」
漸は瞬時に黒猫に姿を戻し、錯夜の膝で目を閉じた。