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:北の偽者と黙示見聞録5

「今晩は意気のいい焼き鳥が食えそうだ! 冥利、いい具合に噛み砕いてやれ!!」

冥利は喉を低く鳴らすと、炎の塊同然のその中に突っ込んでいく。

「雑魚が……!!」

ハーツは炎の波を発生させる。が、冥利は怯まずに、呪符を目の前に出し、炎を払い除ける。否、炎が避けている様に、道を開けていく。

「……!?」

冥利は飛び掛かると、ハーツの肩に食らい付き、顎の力を強める。

「こ、の……! 犬畜生がぁぁぁ…!!」

噛み付いている所から、炎が溢れ出る。それを見て宮路は笑った。

「ばぁか。炎と冥利は相性抜群なんだよ。傷が付くどころか、120%回復されちまうぜ…!!?」

「小賢しい!!」

後ろ手に仕掛けていた棍棒を取り出すと、冥利の頭部目掛けて降り下ろす。が、冥利は寸前でかわし、バックステップで宮路の所まで下がる。

「刃ならぬ八重歯しか持たぬお前に比べれば、俺の方が有利だ! 足掻くな犬が!」

「なんだよ、噛み付かれてヤケになっちまったのか? 刃ならぬ八重歯……。なかなか上手い事言うじゃねぇかよ。だったら、リクエストに答えてやらねぇとな。……冥利、属性変化(バージョンジョーカー)!!」

またもや黒い煙に包まれていく。

「また変化するのか!?」

「変化じゃねぇよ。俺の従者は所謂ワケ有りってヤツでね。純血の妖とは違ぇんだ。まぁ、四足歩行もあれば……」

煙が晴れる。そこにいたのは、黒い狼の耳と尾を生やし、東方の古い貴族の黒い衣装に身を包み、二本の刀を握る冥利の姿があった。人狼ではない。人であるときの冥利がそこにいた。

「二足歩行もあるってこった」

「人、形……!? 人狼…!?」

「クハハ…。キョドり過ぎだって。ウチの従者は狼だよ。ワンちゃん、ワン公だって。さっき言っただろ? ワケ有りってな」

「お嬢様、御命令を……」

「……殺れ。援護は任せろ」

「御意」

刀を後ろに構えながら、冥利は距離を詰める。ハーツは笑みを溢すと、羽を羽ばたかせる。

「飛翔する気か……!!?」

「させっか! ジャオウバレッド!!」

二丁拳銃を構えた宮路が計12発の弾を発砲する。弾はホーミングの様に、ハーツの羽を狙う。が、ハーツは怯まず、弾丸を諸に受ける。弾丸は炎の羽を通過し、その場に落ちる。ハーツは宮路に向かい、低空飛行しながら突っ込んできた。

「………!!!?」

ライフルのリーチを使い、あえてハーツとぶつかり合う。ライフルは衝撃で軋み上げ、今にも砕けそうだ。

その時、ハーツの腕が宮路の首を捕らえ、軽い身体は持ち上げられた。

「かは……っ!?」

「お嬢様!!」

冥利は踵を返してハーツに突っ込む。が、炎の羽が宮路の首に添えられた瞬間、急ブレーキをかける。

「主人の命が欲しかったから、あの猫又の娘を呼べ」

「冥利! 言うこと聞くんじゃねぇぞ!!」

「しかし……!!」

「お前の事は聞いていない」

ハーツは更に首を締め上げる。冥利は歯を食い縛り、ハーツを睨む。言うことを聞かないと、主人は死ぬ。主人に従わなければ、カレンの命がない。傾くか傾かないか、その狭間で揺らいでいた。

「早くしろ。主人の皮を剥いで惨い様にしてやろうか」

ハーツはそう言うと、宮路の極め細やかな足に、棍棒に仕込んでいた刃を立て、皮膚を割ると、そこから鮮血が伝る。刃を更に沈め、肉に切れ目を入ると血液は溢れ出て、宮路の足を赤く染め上げる。

「き、さまぁ……!!」

「お前が早く答えればいい話だ。皮を剥ぐぞ……」

主人の命令とあって動けない冥利。が、ふと宮路の手元を見ると、親指が上を指している事に気づく。

「……!!」

冥利が気付いてくれたのに安心したのか、宮路は笑いながら片目を瞑った。

冥利は吹っ切れ、刀を構えると、ハーツを睨む。

「主人を捨てるのか、薄情な従者だな、お前は……」

「戯れ言を……。私が馳せ参じずとも、お嬢様は貴方の様な三流には決して膝を折らない……。従者である私が、主人を信じなくては、意味がありません」

冥利は足をバネにし、刀を目の前に構える。ハーツは宮路の首に炎の羽を下ろそうとすると、冥利は瞬時に狼の姿に変え、ハーツの横を通り過ぎる。それに気を取られていると、抵抗していた宮路の手に力が入る。

「いつまでも触ってんじゃねぇよこの焼き鳥が!!!」

宮路は両手でハーツの手首と関節を支えると、膝をその支えた前腕の真ん中に勢いよく叩き込む。ハーツの腕の中で、何かが砕ける音が聞こえ、ハーツは表情を歪めた。宮路は緩んだ手から逃れると、距離を取り、後ろに走っていく冥利を見る。

「頼んだぜ、冥利」

「お前、よくも俺の腕を……!」

腕を押さえながら、ハーツは宮路を睨む。宮路は足から流れ出る血を、人差し指でなぞると、舌先で舐め上げた。

「っせぇな。俺に傷付けて腕一本で済んだだけありがく思えよばぁか。つーか、戦闘時にいくら有利な状況に立っても気を抜くなよ。勝機を持った方が敗けなんだぜ? 覚えとけよ? 灰から生まれて、全然成長しねぇ雛鳥よぉ!」

「黙れ小娘が!!」

「その小娘にボロクソ言われちゃって可哀想になぁ? 挙げ句の果てには、演技に噛まされちまって……。ニャンニャン♪ ってな……?」

宮路は猫のように手を丸め、舌を出して、馬鹿にするように、しかし可愛い仕草をハーツに見せる。

年下の女にここまで言われ、もはや何も言い返せない。ただただ歯を食い縛るだけだった。

「さぁて、ハーツっつったか? 猫がまた髭撫でねぇ内に、この『偽者』と遊ぼうぜ? 今絶賛出血大サービス中だから、見物だぜ……?」




「カレンさん!!」

「冥利さん! よかった、ご無事で!!」

冥利が宮路に指示されて来た場所は、北の豪邸である。元より狙われるというなら、先に行っててくれと、冥利はあの親指をそう解釈した。

「に、二階堂さんは……?」

「主犯らしき男と交戦中です。…失礼ですが、ハーツという男をご存知ですか?」

「……ハーツ? ハーツ・ヴァイツの事ですか……?」

「不死鳥の男です」

カレンは息を呑んだ。冥利は問うた。

「……心当たりが…?」

カレンはおどおどした表情で冥利を見上げる。

「彼は、ハーツ・ヴァイツは、鳳凰の妖狩りの一人です……。害を成す妖を、無差別に殺す、始末屋です。巷で聞いてはいましたが……。まさかこの街に来ているなんて……」

「妖狩り……?」

その時、部屋の扉が勢いよく開く。

冥利はカレンを後ろに庇うと、刀を向ける。そこにいたのは、案の定、使用人とメイドだった。

「ひ、ヒスカ……! 皆……!」

カレンが声を上げる。確かに、先ほどまで見ていた使用人とメイドではない。妖気に呑まれ、衝動で殺しそうな目をしていた。

「……お嬢様…。どうかご無事でいてください……」




青年は傍観していた。

高い教会の屋根の上で、眠らない夜の街を静かに見つめていた。

「……あぁあ。また馬鹿やってるよ…」

などと独り言を漏らす。手元の鎖で縛られた本を弄ぶ。

足元にいる銀狼の子供が、と鼻を可愛く鳴らすと、青年は銀狼を抱き上げる。

「見てみな、クロード。あれが、この世の醜い人間と妖怪の様だよ」

「クゥン……」

「どいつもこいつも愚かだね……。見てて苛々してくる。本当……全部壊して消しちゃおうか………」


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