:北の偽者と黙示見聞録4
早いです。展開が。
宮路は夜の中、北の豪邸の屋根の上に、仁王立ちして腕を組み、街を見下ろしていた。街はまだ明るい。戦いの場を攻略するように見渡すと、歪んだ笑顔を浮かべた。横にいる冥利は片膝を付きながら錫杖を磨き、手袋をはめる。
「……!! 相手も動いたか…!!」
「前方北北西に、だそうです……」
「クハハハハ……。殺り合おうじゃねぇか……」
「まだいけません」
冥利が内心慌て錫杖を前に出す。宮路は舌打ちをした。
「しかし、カレンさんは戦いに参加させないのですか…?」
「あぁ、仔猫ちゃんにゃぁ悪いがな、御令嬢に傷が着いちゃまずい。そこは俺の立場もあるからな。よって、仔猫ちゃんは俺が守るってこった!!」
「ニュアンスを取り違えると、とんでもない誤解になりますよ?」
「抜かせ!!」
すると、前方から爆音と共に、煙が上がる。冥利は錫杖を払った。
「お嬢様!!」
「戦闘開始の狼煙ってかぁ? いいぜ、先制を譲ってやったんだ。楽しませてくれよぉ……!!!?」
敵の一人が、銃を片手に徘徊していた。回りを警戒しながら歩いていると、砂とタイルが擦れる音が聞こえ、素早く構えた。が、力は直ぐに緩まる。
「……クゥン…」
「い、犬……?」
驚いて損したと、敵は銃を下ろす。犬は路地裏に戻って行った。
「ばぁか」
敵の背中が、スーツ越しに斜めに引き裂かれた。敵は掠れた声を出してその場に倒れる。
引き裂いた人物は、一人の青年だった。血に濡れた爪先を舐める。月明かりに映えるその容姿は、どこか穏やかであった。
長い黒髪は緩く後ろで結われ、結い紐が靡く。白いファーがついた薄手の黒いコートの下は、黒一色のスーツだった。
青年は手元の小太刀に付いた血を舐め上げる。
「愚かな……」
青年はそう吐き捨てると、小太刀を払い、持ち直す。
「……!!?」
その場を素早くバックステップで離れると、瞬時に弾丸が飛んできた。
「いたぞ! あの猫の使いだ! 撃ち殺せ!!」
声の方向には、男が三人。青年は足を移動させると、飛んでくる弾丸を後方に残し、男達の前に姿を現す。
「な……っ!」
青年は目を見開かせると、目の前の男達に念を送るように瞳孔を縮ませると、男達はいきなり気を失い、その場に倒れる。
「ほっんと、愚かだね……。まったくもって、実にくだらない……」
冷めた声音でそう言うと、小太刀をコートの内側へしまった。
「おらおらどうした虫けらが!! なんもしねぇなら塵にするぜぇ!!?」
宮路はこれまでにないご満悦な顔で、掟破りのシェットシェル二丁を構えて敵を、文字どおり蹴散らしていた。
「調子に乗るなクソガキ!!」
敵は宮路の背後を捉えるも、瞬時に頭に痛みを覚え、倒れる。
「ナイス援護、冥利」
「気を付けてください。お嬢様は何処までも危ういんですから……」
「虎穴に入るのだぁいすき!!」
「そのようで……」
呆れた。冥利は魔方陣を展開する。
「……汝、我が炎の前に、刹那に散り行け…軍勝秘呪!!」
魔方陣の端から夜を照らす炎が、火柱の如く上がる。
「け…っ、いい仕事しやがんなぁ…。んじゃ、ご主人様も、盛大に中2病炸裂させんぜぇ!!?」
宮路は銃口を上に向ける。
「頭上にはご注意くだせぇ!! 流星群!!」
二丁のシェットシェルから、無数の弾丸が飛び出し、敵が空に目を向けると、冥利の火柱と、宮路の放った弾丸が隕石のように降り注ぐ、正にその手前だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!?」
「「チェック……!!」」
街に一気に響いた爆発音。二人はその爆発音を後方に残して、次に向かう。
「い、いきなり流星群を使うとは…」
「祭は派手にやらねぇとな!」
「祭ではありません!」
「………?」
少し離れた所で、宮路が速度を落とし、辺りを見渡し始めた。冥利は数歩離れた場所で止まる。
「……おい、猫ちゃん達にゃぁ、ここまで来る指示は出してねぇよな…?」
「お嬢様がそう指示したのは、私も覚えています。それがどうかしましたか?」
宮路は冷や汗を流した。
「……俺達は協力者だぜ? なんで……。なんで、今そこらの建物の陰にいる数匹の猫ちゃん達が、俺らを狙って構えてんのかねぇ……?」
「ヒスカ、誰にやられたんですか!? 治癒を……!」
カレンは使用人の一人に駆け寄ると、救急箱を置き、消毒液やらを出す。
「……カレン様、実は……。仲間に、やられて……」
「仲間って、家の者にですか!?」
ヒスカは黙って頷く。
「そ、そんな……! なんで……」
「同僚は皆、目の色が変わっていました………。まるで、身体を操られているような…どれにしても、正気のようには見えませんでした……」
カレンの血の気が引いていく。
「に、二階堂さん……。冥利さん……」
「どういうこった猫ちゃんよぉ!!」
宮路はライフルの銃口を払い、襲い掛かってくる使用人とメイドを薙ぎ倒す。四方八方から来ると、ウェスタンブーツで蹴り払う。
「つか、猫耳付けたメイドさん殴るのは気が引けんぜ……」
「お嬢様後ろ!!!」
振り替える。だが構えるには遅く、腕を切り裂かれた。
「〜〜〜〜〜!!? ってくれん、なぁ!!!」
反対の拳を顔面に叩き込んだ。そのあとに回りに殺気をぶち撒ける様に鋭い目を巡らせた。使用人達はぴたりと動きを止める。そして唖然とした。
−−−宮路の目が、赤い。
血のように赤く、また、闇のように黒くも捕らえるその目は、宮路の目の中でぐるぐると回っている。無機物でも見ているような目だ。
「っざっけんなよ。そっちの気はねぇっつーのに……」
宮路は呟く。すると、使用人の一人が口を開き、震えた声で言った。
「く、紅夜の使人……!!!」
どよめいた。宮路は目を細める。
紅夜の使人。赤い目を持つ、獰猛な妖怪、神獣達を従える戦闘種族。普段は何変わらぬ普通の目をしているが、一度本性を露にすると、その目は赤く染まる。また、自身の血を見ると変わることがある。種族は人間との区別を無くすため、あえて容姿に優れた者と身を結び、以後、生まれてくる者は、九割が美男美女である。
戦闘であれど拒まぬ。むしろ、歓喜という種族。それが紅夜の使人だ。
「う、う…っ! うわぁぁぁ!?」
使用人の一人が取り乱し、宮路に突っ込んでくる。宮路は込み上げる殺意に耐えながら、黙って攻撃を受けようと構えた。
−−−ドッ!!!
鈍い音と共に、宮路に入ってきたのは、使用人の身体を貫く鈍色の刃の姿。使用人は枯れた声を出すと、その場に吐血して、だらんと身体の力を抜いていった。
「……!? ……!!?」
宮路が驚いていると、身体を冥利に抱き寄せられて、その場を離された。
「おい何してんだ、離せ!」
腕の中で叫ぶも、冥利は前方を睨んで動こうとしない。宮路は気になって前を見ると、使用人の身体から刃を抜く男の姿があった。それもただの男ではない。
背中から、炎で覆われた翼が、夜に怪しく光っている。
「……んだ、あんたは」
宮路は問うと、男は渋い声で言った。
「異形の類い『何ものかである者』……。そう言ったところか。元より始末する予定だったが…。娘、貴様は紅夜の使人か」
「だったらなんだよ」
異形の男は黙っている。宮路は冥利から離れると、面倒臭そうに答える。
「知るかってんだ…。両親のどっちかがそうだったみてぇだが、今となっちゃどうでもいい。俺は紅夜の使人兼戦闘民族っていうだっけ……? だったら血に逆らっちゃ可哀想だろ? 俺は血に逆らわねぇよ!!」
「本能の、本性の、本望のままに、か…。愚かな……。いいだろう。そこの従者、力を解放しろ。二人まとめて相手してやろう。もう小細工は無しだ」
「2対1(ツーオンワン)か。俺はいいぜ? 冥利、お前はどうだ? リクエストだぜ?」
冥利は宮路の前に出る。宮路は笑いを溢し、笑い声を堪えた。
「…私はいつでも、貴女の仰せのままに…………」
「あぁあぁ!! やっぱ大好きだぜ冥利君!! 行ってやれ! 解放!!」
夜に似た黒い煙が冥利を勢いよく包み、一瞬の内に晴れる。
黒い毛並みに、逞しい足が見え、綺麗な青い炎が揺らいでいる。鋭く闇に似た赤い目が男を睨んでいた。呪符が緩く身体を覆っている。人ではない。その姿は狼だった。
夜に合う遠吠えが、街に木霊する。
「まぁ、猫ちゃんと言やぁ、ワンちゃんだ。あんたも名乗ったらどうだ?」
男は羽を広げる。
「ハーツだ。身に纏いしは不死鳥! 人間を拒む者だ」
「なるほど理解した。俺は二階堂宮路! 人間が大嫌いな人間だ!!」




