:北の偽者と黙示見聞録2
「なんだと? しくじったのか……?」
「みたいです」
「役立たずが……。後で殺しとけ」
「旅人は、かなりの強者のようです…」
「まぁそこは、骨がありそうでいいな……」
夜を迎えた街は、まだ静まる様子は無く、宿の窓からも、声が聞こえる。
冥利はローブと着物を脱いで、ワイシャツに着替えてベッドに座って外を眺めていた。
長旅であまり休めなかったため、ベッドの上というのはとてつもなく心地が良く、目を伏せてしまいそうだ。
「おぅ、風呂先にもらったぞぉ」
「あぁ、はい。湯加減は如何でし…!!?」
「んぁ? どうした? おい、冥利…?」
眠気が一気に吹っ飛ぶ。
宮路は濡れた長い黒髪を清潔なタオルで拭きながら出てきた。7分丈のワイシャツのボタンは第2ボタンまで外れ、大胆に露出している。しかし、問題は足元だった。宮路は、昼と違い、寝やすさを考慮したであろう、黒のショートパンツを履いている。おかげで太股からつま先まで、すらりと長く白い足が見て取れる。風呂上がりとはいえ、目のやり場に困る格好であった。
「お、お嬢様! そんな足を露出するモノではありません! ボタンもちゃんと付けて下さい!!」
「あぁ!? てめぇ何処見てやがんだ! ハッ倒すぞ! ……つか別にいいだろ、誰もいねぇんだしよぉ。固いこと言うなって。見逃したって罰は当たんねぇよ」
冥利は頭を抱える。宮路はタオルを首にかけて、ベッドに腰かけたと思ったら、枕に頭を落とす。
「このまま寝るな……。おやすみ冥利。良い夢見ろよぉ……」
「お嬢様、いけません。ちゃんと髪を乾かしてから寝てください」
「やぁだよ、めんどくせぇ……」
冥利は溜め息を付くと、バスルームに行って、ドライヤーを持って戻ってきた。そして宮路のベッドに腰を下ろすと、下のコンセントに刺す。
「私が乾かしますから、起きて下さい。髪が傷んでしまいます。女性にとって髪の毛は命と言いますし、いくら面倒と言えど、お嬢様も不清潔は嫌でしょう…?」
「……わーったよ」
宮路は身体を起こすと、冥利に背中を向ける。背後でドライヤーの音が聞こえると、髪が温風で靡く。
「お嬢様、昼の結果ですが、どう思いますか……?」
ドライヤーを少し下に下げて櫛を入れながら、冥利は問いかける。
「この街に人殺しがいるっつー話か? でも、収穫はそれだけ……。聞き込みしても、皆口を開かなかった。口止めされてるみたいにな……」
「えぇ……。きっと、マフィアか何かいるんしょう。それならしっくりくるのですが……」
「あぁ、それに、昼にあのウエイトレスの嬢ちゃんが狙われたのも引っ掛かる……」
彼女は知らないと言っていたが、どうも気掛かりで仕方なかった。理由無く襲ったと言うなら、ただのキチガイなのだが、部外者にあそこまで詰め寄るとなると、不自然だ。
背後から「終わりました」と声がかかると、返事をした宮路は立ち上がり、髪を撫でる。自分の髪ながら、惚れ惚れする滑らかさだった。
「でよ、多分、あんなキチガイがいるぐれぇだから、裏で何かやってんじゃねぇかな。これはあくまで勘だけどよ。あのキチガイが第一の刺客と捕らえても、あんま違和感ねぇ上、この先進街にも、あまり歓迎されてねぇみてぇだからな……」
「……ではお嬢様の勘が当たったとしたら、どうするんです?」
宮路は口角を上げて笑った。
「愚問だな、んなの大歓迎に決まってんだろ。何人たりとも蹴散らすのが俺だ。売られた喧嘩は買う。それだけだ」
解りきっていたのか、冥利は呆れたように息を吐くと、コンセントからプラグを抜き、ドライヤーを畳む。
「……頼みますから、無茶だけはしないで下さい。貴女に何かあったら、あの方に顔向けできません」
「心配性過ぎんだよ、お前は。もっとオープンに生きようぜ?」
「ですから、貴女がそうだからこそ、私は気をつか……!!」
言葉が途切れる。暗い窓の向こうに光る一つの光を見た冥利は、目付きが変え、瞬時に宮路の肩に腕を回し、自分の胸に抱き寄せた。次に向かいにあるベッドを横を蹴り上げ立たせると、その陰にしゃがむ。
−−−ガガガガガガガッ!!!
「……!? 銃撃……!?」
間もなく、ベッド越しに聞こえたのは、ベッドに当たる銃弾。マシンガンかシェットシェルか、銃弾の音は止まない。
「……? って、いつまで抱いてんだ! つか膝の下に手ぇ入れてんなよ! 手ぇ離せいい加減!!」
立ち上がれば、もれなくお姫様抱っこになるのだが、それは望ましくないらしい。自分から離れると、ベッドの下のケースを開き、機関銃とショットガン、リヴォルバーを持ち、ライフルを背中に担ぐと、ブーツを履く。
その隙に冥利は錫杖を出すと、その場で素早く詠唱し、術をベッド越しから窓の外の相手にぶつける。
「刹・不動冥王火解呪!!」
邪印を纏った、闇に似た色をした炎が放出される。煙が晴れない内にと、宮路の方を向く
「お嬢様!!」
「わーってらい!!」
宮路と冥利は廊下に出ると、宿の最上階に行く。天井に通気口を見つけると、宮路はライフルの先でつついて開ける。天井の上に入ると、屋根を開けて、外に出た。
「おぅおぅ、どうやらお前の呪術は当たったみてぇだな。だが……」
宮路は機関銃を構えると、建物の陰に向かって発砲した。
「鼠の駆除はまだ済んでねぇようだなぁ! 理由こそ知らんがなぁ、ゆっくり休息させろやぁ!!」
半ば怒り混じりに、建物の陰に発砲し続ける。銃撃の音に混じって、時々断末魔が聞こえる。冥利は下に下りると、路地裏に隠れる人影と一気に距離を詰めて、錫杖を振るう。
「冥利!! 固定範囲!!」
宮路の掛け声に、冥利は魔方陣を展開する。宮路は機関銃とショットガンを構える。
「レディ……!!」
銃口に神経を研ぎ澄ます。
「刻、1、12、11、2、3、9、8、6、4、12、11、2、5、7……!!!」
冥利の指示に従い、宮路は発砲。その方向からは全て、何かに当たっただろう鈍い音がした。
「固定範囲フル!! 冥利、北の豪邸に向かえ!!」
「御意!」
その場を離れ、この街で一番大きい家まで向かう。この街の御令嬢が住むような屋敷は、街の外からでも目立つ。
冥利が豪邸の門を視界に捕らえる。が、いきなり足元に弾丸が飛んできて、冥利は足に急ブレーキをかける。見ると、怪しい黒ずくめが銃を構えていた。冥利は瞬時に錫杖を構える。
「旅人か」
「何故我々を襲うのですか」
「邪魔だからだ。他に理由はない」
カツン。
突然の物音に、黒ずくめも冥利も音の方を向いた。
「…貴女は…!」
そこにいたのは、ウエイトレスの彼女だった。ラフなスタイルで、足元には落としたであろう紙袋。
「あ……あ……」
戸惑う。黒ずくめが無表情で銃口を彼女に向ける。
「おっと待ちな」
彼女の背後から、黒ずくめに向かって銃口が向けられる。
「お嬢様!」
宮路だった。宮路は彼女を庇うように片手で抱くと、続ける。
「あんたらの目的がどうか知らねぇが、この嬢ちゃんは関係ねぇだろ。それとも、あんたもグルか?」
「違います…!!」
篭った声で否定を述べる。
「まぁ、だとして、昼と連チャンでこっちは付き合ってんだ。今更、理由は無いなんて焦らしたら眉間ブチ抜いてやるからそのつもりでいろ」
宮路はリヴォルバーのセーフティを外す。黒ずくめはウエイトレスに目配せすると、口を開く。
「ようやく突き止めた。その女こそ、消す存在だ。関わったのなら、関わるなら、諸共消すまで……」
「消すべき……だ?」
「今日はこの辺にしよう。女、お前の命、あと2日は無いと思え」




