:北の偽者と黙示見聞録
黒髪ロングの俺っ娘主人と、誠実な従者の青年。
少々癖がありますが、見守って下さい。
北の空は快晴であった。
とある国の都市にやって来た一組の旅人は、入国手続きを受けていた。
一人はすらりと背が高い女性で、膝まである黒髪が特徴的で、同じぐらいの丈の黒のロングコートを羽織り、下は白のシャツに黒いネクタイ。長い足は黒のストレートパンツをウェスンタンブーツに包まれている。顔は整った小顔で肌は色白く、長い睫毛に、藍色の釣り目と薄い唇が、女性の美しさを表している。
横にいる青年は、癖のある黒髪に、同色の黒く伏し目な瞳を持ち、長いローブの下は、異国の黒装束を着ている。昔の貴族のような服だ。見た目、誠実そうな青年である。
「最後にお名前を……」
「二階堂宮路だ。こっちは冥利……」
見た目より勇ましくハスキーな声音の宮路という女性。手続きが終わると、バイクを引きながら中に入った。
「あー…。やっと落ち着けんのかぁ。長かったなここまで。なぁ、冥利」
冥利と言われた古典な雰囲気の青年は、目を伏せながら頷く。
「そうですね。ようやく荷が降ろせるますね……。ちゃんとした食事も取れそうで安心です……」
控え目な声で冥利は言う。
バイクを引きながら都市の中を進むと、パンやコーヒーの匂い。花の香り、明るい住人の表情が見て取れた。
「賑やかな所ですね。…様々なものが先進してる。宿も期待できますね」
「だな。さてと、まずは宿の場所を……なぁ、そこのお嬢さん」
宮路は目の前にいる少女を引き止める。何とも大雑把なやり方に、冥利は溜め息を付く。
「なぁお嬢さん、俺達は旅のモンでな、宿を探してんだが、知ってんなら教えちゃくれねぇか?」
綺麗なお姉さんが話しかけているのに、まさかの口調が下手な男性よりも勝っている。少女は戸惑う。すると冥利が少女の前に出る。
「すみません。お嬢様が失礼しました。私達はここに初めて来たので、ここの地理をよく存じ上げていません。宜しければ、宿の場所を教えてはくれませんか?」
冥利が少女の目線で代弁する。すると少女は宿の場所を指差した。指の方向を見ると、宿屋の看板らしきものが見える。
「ありがとうございます」
冥利は少女の頭を撫でる。少女は嬉しそうに表情を緩めると、その場を笑顔で去っていく。それを見送ると、宮路に目を向ける。
「お嬢様。頼みますから初対面の相手には、もう少し丸みの帯びた対応をしてください……」
「知るか。……敬語なんて使ったことねぇしな…」
「それが困るんです。そもそもですねお嬢様。貴女はもう少し回りの事を考え……」
「だぁ!! もううるせぇ!! とにかく宿に行くぞ!! まずは荷物とバイクを置きに行かねぇとならねぇんだから」
「あ、お待ちください、お嬢様!!」
「誰か来たぞ」
「あの荷物の量……。旅のモンか」
「どっちにしろ始末するまでだ……」
「おぉ、怖っ」
「旦那、どうしますか……?」
「殺すに決まってんだろ。…あされ」
「美味い!」
荷ほどきを済ませた二人は、カフェテラスでコーヒーを飲んでいた。
「お嬢様。そこは美味しいと仰って下さい………」
冥利はケーキを切りながら言う。
「なぁ冥利。俺、ここの街を少しばかりあさって見ようと思うんだが……」
「この街が怪しいんですか?」
「何処でも念入りに調べねぇとな。平和そうな街こそ、裏があるってモンだ。近頃、『何も無い』っつーのが、桃栗三年柿八年だ。用は『何かある』っつーのが普通って事だ。いいだろ…?」
「別にいいですが……。そこまで警戒を張るなど、珍しいですね。何かあったんですか……?」
宮路はコーヒーを置くと、通りを睨み付ける。
「なんか妙なんだよ。ここの連中が、無理に笑顔を装ってるっつー感じがしてならねぇ……。勿論、皆が皆そうって訳じゃねぇがな……」
宮路の目線の先に広がる人の波。表情。ハタから見れば、とても平和な風景だが、何か要らない空気まで漂っていると、宮路は言う。冥利はケーキを口に運ぶと、溜め息を付く。
「解りました。調べてみましょう。お嬢様の命令とあらば、全力を尽くします」
「お待たせしました」
可愛らしいウエイトレスが、宮路の視界を遮った。冥利のコーヒーを運びに来たのだろう。ブロンドの髪の毛はポニーテールに束ねられ、俗にいうメイド服を身に纏っている。
「ありがとうございます」
「お前ら伏せろ!!!」
突然宮路が吠えると、ウエイトレスの頭に手を回し、身体を自分に抱き寄せると、宮路は太股のホルスターからオートマチック拳銃のセーフティを素早く外し、通りの真ん中に銃口を向ける。
宮路の声に反応した回りは戸惑うが、いきなり現れた拳銃に悲鳴を上げて伏せた。
しかし、その通りにいた者達の中で、一人、伏せなかった男がいる。その男は、宮路に向かって二列水平銃を向けていた。
宮路はウエイトレスを抱きながら、引き金に指を添えて、目の前の男を睨み付けた。
サングラスにトレンチコートを着た、いかにも怪しい男だ。
「白昼堂々、通りの真ん中でなんで水平銃なんて物騒なモン出してんだよ、おっさん」
「………」
「今、この子を撃とうとしただろ。んだよ、理不尽にフラれたのか? 腹いせに殺すなんて昼ドラの見すぎだぜ?」
「女、何処から来た。言え」
「教える義理はねぇよ。旅に旅する根無し草っつーだけだ」
「答えろ!!」
男がセーフティを外す。宮路は怯まない。ただひたすら男を睨み付けた。
−−−ガッ!!
男の身体に衝撃が走る。男が自分の水平銃に目を向けると、銃口にナイフがささっている。その先を見ると、ナイフを放った後だろう構えの青年、冥利の姿があった。
「貴方こそ銃を下ろしていただきましょうか。お嬢様に銃口を向けて、その程度で済むだけありがたいと思ってほしいですね」
「おい、おっさん。マジで下ろした方がいいぜ? こいつ、なんか知らねぇけど、俺絡みになるとガチで何するか解んねぇから、生きて聞こえる内に、聞いといた方が先決だぜ……? 言っとくが、強いぞ」
「く……っ!!」
男はポケットから何か出すと、地面に叩きつける。その瞬間煙が広がり、視界を潰した。冥利は宮路とウエイトレスを抱きながら庇い、煙が晴れるのを待った。
視界が晴れると、冥利は離れる。案の定、男の姿はなかった。
「…お嬢様、貴女も無事ですか?」
「は、はい……。ありがとうございました……。あの、お客様も先ほどは庇ってもらって……」
「いや、気にすんな。とりあえず、怪我した奴はいねぇようだな……。つか、あんたに銃口向けてたが、あんたの知り合いなのか……?」
ウエイトレスはおどおどしたように口を開く。
「い、いえ……。私、男の人の知り合い、いないので……。連絡手段もありませんし……。バイト以外で家から出ないので…」
宮路は関心を漏らした声を出しながら、セーフティを元に戻し、ホルスターにしまう。
「だとしたら、あの男は一体……」
「いやぁ……。『何かある』とは言ったが、勘が鋭いのも、罪だなこれは……」




