:南の秘密主義者と劣等感5
荒々しい。
力を解放した凩の身体の黒い模様は、身体中を蠢き、目の下、手足の指先まで伸びる。灰青の瞳は金に変わり、エナと鬼を睨み付けた。
「これが本物の鬼だよ。格好いいでしょ? よかったね、凩。女の子のファンが増えるよ……?」
「いらん、邪魔だ」
姿が変われど、凩の主人、暁に対する冷たい態度に変わりない。暁はやれやれという顔をする。
「現実を見れば、某は貴様らと同族という訳だが、物申すならば、某は貴様らと同族などと、片腹痛くてならんわ。今は共存する人を食するなど、気違いを起こすのもいいところ。恥を知れ、愚者が!!」
冷酷であり冷静な凩が、太刀を構えて珍しく吠える。その気迫に、長であるエナでさえも後退りする。
「鉄槌がくるぜ、皆さん。謝るなら今の内だぜ? ロールプレイングゲームじゃないんだから、セーブポイントからやり直すなんて事はないんだよ? さぁ、どうするんだい………?」
「黙れ小僧! 同族、貴様も貴様だ! 説教など吠えたところで、我輩が膝を折ると思うたか!!」
エナは怒鳴り散らす。しかし目の前の二人は微動だにしない。
つまり、自分達に勝算があるという目だ。
「……!!?」
「……どうかしたか童。顔色が悪いぞ…?」
「五月蝿い! 殺れ!!」
エナの指示に、鬼は動く。隠し持っていたそれぞれの武器を凩に向かい振りかざす。その画に、暁は俯きながら吹き出す。
「ボス級の奴に、パーティ全員で突っ込むなよ、ド素人」
先陣を切った鬼の一人が手持ちの脇差しで凩の心臓を狙おうとすると、凩の長い前髪の下から、鋭い眼光に捕らえられる。
刹那、鬼は見えない攻撃を受けたようにその場で膝を折って倒れた。
「な、んだと……!?」
続いてきた鬼達が足を止める。何が起きたか解らないという顔だ。凩は澄ました顔で残りの鬼を見る。
「何を驚く事がある馬鹿が。某が何をしたかなど、解るであろう。…雑魚に解らなければ、そこの童は解るであろう」
凩はエナを遠目で見る。エナは冷や汗を流しながら、口を開く。
「…同族、もしや覇気か」
覇気。その者の意気というのが本来の意味だ。鬼が使う覇気は、自身の威圧を相手に送る事で、相手の意識を奪うもの。相手は発せられた覇気に、戦意、精神を押し潰され、発した相手の覇気が強ければ死ぬ事もある。
「……待て…。覇気…、覇気だと……?」
エナは独り言の様に繰り返す。
長であるエナは、その他の地方にいる鬼達とも面識がある。勿論、鬼としての、同族に対する知識も含め。
その中でも、鬼達の間、否、妖怪の中でも有名な話がある。
鬼に纏わる話で、とある鬼が、同族諸共皆殺しにし、強者を見つけては、身体と同じ丈の太刀を血で染めたという。被害は人間にまで及んだ。そしてなんでも、生き残った人間の話では、その鬼は、自身の太刀を使わず、人に触れず人を殺した。鬼が歩き、その後ろは死体だけになっていたという話。
この話は後に『深遠風雷録』として語られている、実際の話。
「どうかしたか、童よ」
皆殺しにした鬼の特徴。銀色の髪に、金の瞳。呪符を刻んだ身体に、身丈ほどの大きな太刀。
「き、貴様まさか……。あの、お伽噺の、伝説の鬼……。靄なのか…!!?」
凩はその問いかけに、即答した。
「そうだ。某は、『死期纏いの靄』。『深遠風雷録』の、靄だ」
戦慄した。凩は続ける。
「某の村は、某がこの手で壊した。…覇気を使える鬼は、あの村だけだからな。……故に、某が靄だ。忌々しい某の真名だ」
「ふざけるな!! あのお伽噺の覇気使いの靄だと……!!? ならばなぜ、政府の犬などに成り下がっておるのだ!!」
「罪滅ぼしに過ぎん。……付け加えるとするならば、また某と同等の事をする馬鹿な奴等を止める為だ……。同じ事を繰り返せば、悲劇が繰り返される。だから止めにきたのだ!!」
「綺麗事を抜かすな靄!! 人間は我輩達と共存しようなどと思っておらん!! ならば過去の貴様のように壊すだけだ!! 貴様の主人のようになぁ!!!」
暁の後ろから新手の鬼が現れる。
「暁!!」
凩が後ろを振り返り、主の名を呼んだ。が、暁の手には長い何かが握られている。暁はそれを現れた鬼に向かい、薙ぎ払う。
「が……っ!!?」
「主人の心配なんて無用だぜ、凩。君の主人、安芸ノ須木暁は、ヤワじゃないことぐらい、知ってるだろ?」
手に握られていたのは、薙刀だった。暁はそれを担ぎながら横目で笑う。
「主人命令だ。あの鬼女さんを討つ、及び、下着の種類と色の確認。いいかい?」
「寝言は寝て言え。……だが、あの童を討つ…。元よりそのつもりだ!!」
凩は戦意に満ちた顔で笑うと、足を止めている鬼達をすり抜け、太刀をエナに向かって振りかぶる。
「エナ様!!!」
そう叫んだ鬼の懐に何か冷やかな殺気を感じる。目を落とすと、そこには怪しく笑う暁の姿があった。
「敵に背中を向けるなんて、冷たいことしないで…よ…!!」
鬼の懐に薙刀の刃が入り、胴を斬る。
「貴様ぁ!!」
残りの鬼達が四方八方から襲い掛かる。暁は薙刀越しに地面に手を着けると、足を空に向けて、横に広げると、そのまま回転する。鬼達は暁のウェスンタンブーツの踵に、顎を蹴られ脳を揺らす。
「……おや? また新手かい?」
背後に殺気を感じると、後ろを振り返り、薙刀を片手で器用に回しながら鬼の急所を狙う。蹴って背中に片手を着き、足を払いながら薙刀の刃を縦に振るなど、なんとも身軽な動きをする。鬼は追い付けるはずなく、倒されていく。
一方、凩の方は、自分の倍も小さい少女に苦戦していた。エナの武器は小刀だ。しかし、その身体に合わない力量で、凩と互角に渡り合う。
「同族の靄よ! 貴様は何が為に戦う!? 何が為にあの小僧に肩入れをする!!?」
「何度も同じ事を言わせるな童!! 某は罪滅ぼしをしているだけだ!!」
「今更戯れ言を抜かすなど、伝説の鬼が聞いて呆れるな! 償ったところで、今も何処かで悲劇が繰り返されている! それに貴様が罪滅ぼしをしても何が変わる!? 貴様への恨みを覚える者はこの世にごまんといるのだぞ!!」
刀を弾かれる。が、凩は直ぐに詰め寄り、エナを睨み付ける。
「だからこそ某は、己の罪を生涯背負って生きていくんだ!!!」
「……!!!?」
凩はエナごと弾き返し返す。エナは空中で体勢を整えて地面に着地する。
「どこまでも綺麗事を好む鬼だな!!」
「好きなだけ言え餓鬼が!! その減らず口今すぐ叩き直してやる!!」
衝動に身を任せつつある凩。エナと再び交えようとする。が、交える途中で一本の薙刀が割り込む。
「秘奥義出すなら、次で終盤だからその時にしてね」
「暁……!!!」
「小僧!!!」
暁は一瞬の隙に、エナの喉元に添えた。暁の姿は、返り血で赤く染まっている。雨が降っているとはいえ、一向に消えない。
「君が仲間を腰元の『鬼鳴鈴』で呼んだらしいけど残念。僕の薙刀の前には、手も足も出なかったみたいだね。どうだい? 仲間の血の臭いがするだろう?」
「き、さまぁ……!!」
「おぉ、怖い怖い。そんな顔するなよ。ボスに一人で挑むのは、ロールプレイングゲームで主人公のレベルをMAXにして装備を最高にしないと、秘奥義一発で初見殺しっていうフラグが立つんだぜ? まぁ、僕も凩も5周はしてイベントもサブイベも全部網羅した猛者だからねぇ。パーティに空きはあれど二人で充分だ」
長ったらしい言い方に、凩は吹き出してしまう。そしてその横に並び、太刀を薙刀に並べる。
「援護が必要であろう主よ。なんだ? ヒーラーというのか?」
「そうだよ、よく知ってるね凩。さぁ、レイドボスを倒そうじゃないか。総コストは満タンだぜ? 大人しく君の下着を確認させてもらおうじゃないか」




