:南の秘密主義者と劣等感4
シリアスに託つけて、変態炸裂。
「自己紹介が遅れたね。僕の名前は、安芸ノ須木暁。女の子と下着が好きな、俗にいう変態さ。その証拠に、休日はエロ本を見てニヤニヤしてるよ」
なんて頭のイカれた男だ。鬼以上にイカれている。凩は溜め息をついた。
「なんだ若造!!」
鬼の一人が吠える。
「まぁまぁ、キャラ付けに必死な皆さん。どうせ使い捨てされるんだから、普通に喋っていいよ? とまぁ、生々しい話は置いといて、僕はこの通り丸腰だ。キャラ付けに必死な以下略。話を聞いてはくれないかい? 馬鹿な主人公にはなりたくないんでね」
丸腰を証明する為に、コートの裾を上げて、腰回りを見せる。が、発言が気に触ったらしく、鬼達は怒る。
「ふざけた事を抜かすな若造!! 話し合いじゃと!?」
「言葉が通じないのかい? そうだよ、話し合いだ。僕は戦闘になんて最初から持ち込まないさ。乱闘、出血大サービスが大好きな中2でもね、キチガイではないのさ」
暁は一歩踏み出すと、蹴破った扉の上に座り込む。凩は主人の後ろに立つ。
「あぁ、安心して? こいつは僕の従者さ。自己紹介は自分でする主義だったかい?」
「凩だ」
一言目を伏せながら言う。暁はまだ状況が呑み込めていない鬼達に、笑顔で話を切り出した。
「じゃぁ、まずはそこのお嬢さんを解放して貰おうか。凩、頼むよ」
命令され、中に入ろうとする凩。が、鬼達が立ちはだかる。
「邪魔だ、どけ」
「お前こそ退け」
凩は、ボロボロのマフラー越しに、溜め息をつく。
「ならば、貴様たちは、そこのおなごに、話を聞かれても良いのか? それなら話は別だか、妖玉の存在なども、バレていいのならば、な……?」
鬼はその言葉に怯む。凩は少し目を伏せ、鬼たちの間を抜け、女性の口と手足に巻かれた紐を解くと、その細い身体を抱き抱え、外に連れて行った。
「さぁ、まずはこの村を狙った理由を聞こうか、な……?」
「お前のようなガキに話すことなどないわ! さっさと帰れ!!」
「人間に蹴散らされる事を望むのかい? 渋い口調のわりに肝が小さいねぇ。ガキみたいな質問するよ? もしかして恐いのかい?」
「なんだと!?」
「で? なんで襲ったんだい?」
鬼は口をつむぐ。
人間のガキに口負かされただけでも、かなりの屈辱であろう。
「…わしらではない。あの方が望んでいるから、ここの人間を、村を襲ったまでだ!」
「……あの方…?」
「そうだ。あの方−−−−エナ様が望んでここを焼いたのだ!!」
「……!?」
驚いたのは凩だ。暁は笑みを絶やさない。 鬼の口から出た名は、腕の治療を施し、先ほどまで一緒に寝ていた、少女の名だった。酷く怯えた顔で、来ないでと、がむしゃらに木の棒を振りかぶり、必死な抵抗を見せた、あの少女、エナという名前だった。
「君達の言う、エナ様って、見た目はそれはそれは可愛い女の子かい?」
「若造、何故それを……!!?」
「だって、さっきまで一緒に寝てたもの」
意図もあっさり言った主人に、柄にもなく取り乱してしまう凩。
「おい、暁! それは……!!」
「どういう事だ、若造!!」
鬼の気性がどんどん荒くなっていく。暁はそんな鬼を見て、ケラケラと笑う。
「さぁ? 僕は知らないよ? 彼女の方から襲い掛かってきて、まぁ、なんやかんやあったあげく、彼女のいる小屋で寝てたんだけど、そこで僕が凩を変に弄ったモンで、マニアックな思考の持ち主、用は、異常恋愛傾向を傍観するのが趣味な人なら、喜んでハァハァする、画になっちゃってね。そりゃもう、凄い刺激的だったよ。僕も暗闇で夜目が効かないから、余計に興奮しちゃって……。僕さ、そういう趣味ないけど。あぁ…、現代の女の子達が『主従愛』が素晴らしいって言った理由が今なら解る気がするんだよね…。凩ったら、ハジメテなのに張り切りすぎだよ……?」
「そうか我が主よ。そんなに某に殴られ蹴られなぶられた挙げ句夜空を仰ぎたいと遠回しにそう言っていると解釈して良いのだな……?」
「わぁ凄いね凩。今の息継ぎなかったじゃないか。よく言えたね。あとでハッピーターンあげるね。……まぁ、冗談はこれくらいにしといて……」
暁はボケ倒した後、その場に立ち上がると、笑みを一層深くした。
「さて、と……。なんで僕とエナちゃんが一緒にいた理由だっけ? それは知らないよ。あんな素敵な時間は、誰にも干渉されず僕の中に大人しく留めて置きたかったんだけど……。さぁ、それを含め、僕たちを襲わなかった理由を聞かせて貰おうか、エナ様……?」
その場がざわつく。鬼の一人が目にしたのは、蹴破られた玄関に立つ、ずぶ濡れの少女がいた。
「エナ様!!」
鬼の一人が、少女の名を呼ぶ。暁はエナの方向に向きを変えると、軽く見下したような目でエナを見る。エナは、濡れた前髪の隙間から、先ほどまでのあどけない少女の目とはまったく異なる、ギラギラと鋭い目付きで、暁を睨み付けた。小さな身体に、物凄い存在の大きさと、溢れ返りそうな殺気が身に染みる。凩は警戒しながら、足の指に力を込める。
「やぁ、また会ったねエナちゃん。僕と10年後結婚してくれる件、考えてくれたかい?」
「抜かせ小僧。我輩が貴様の戯れ言に付き合うと思うたか。随分平和ボケした脳ミソを持っているようだな」
口調も一人称も、声音も違う。姿こそ少女だが、印象としては、殺意の塊と言って、なんら過言ではないだろう。
暁は、豹変したエナに対しても、まるで受け入れるように笑い続ける。
「ありゃりゃ、フラレちゃった。フラれない自信はあったんだけどなぁ。こりゃ残念だ。さぁてどうしようかな…?」
次の瞬間、暁の身体が、目の前の小さい身体に、あっさりと押し倒され、首を絞められるという状態に落ちた。
「それ以上喋るなら、その命、今ここで捻り潰してやるぞ……」
「おぉ。ロリータ美少女に殺される? なにそれ美味しいじゃないか。僕にこんな素敵な末路をくれるなんて、君はなんて優しいんだ。じゃぁ、最期にさ、エナちゃんの下着の種類と、色を教えてくれないかい……? 個人的にはローライズかうさぎの白か、ペールピンクがいいなぁ……?」
堪忍袋の緒が切れたのか、エナは笑い続ける暁の喉の一点に、その小さな親指をそえ、ぐっと力を加えた。
その時、暁の目の前にいたのは、頭部の横から形の歪んだ角を生やし、無風の中をざわめき、蠢きだす黒い髪の毛を長くしていく、幼く可愛いらしい顔立ちに似合わない鋭い目を持った、少女。
否、鬼女の姿があった。
首を絞められているにも関わらず、暁は笑みを絶やすどころか、嬉しそうに笑う。そして、鬼の力で絞められてる中で、彼は苦しそうになく、悲鳴を上げず、笑っていた。そんな異様な光景を見せ付け、悠長に喋りだす。
「ありがとう、鬼女さん。こんな最期をくれるなんて、僕は未練なく死ねそうだ。だから、僕にもお礼をさせて……?」
突然の殺気。エナは後ろを振り返ろうとすると、視界が勢いよく横に流れると同時に、身体が悲鳴を上げながら、壁に叩き付けられた。
「……!? ……!!!?」
いきなりの事に、衝撃で落ちてきた木の破片の中で驚いた。目を自分の居た位置に戻すと、そこには下駄と、鈍色に輝く刃が見えた。目線を上げると、長い前髪の隙間から覗く鋭い目に、エナの身体は硬直した。
「童よ。いくら馬鹿でもな、こいつに手を掛けた分は高く付くぞ」
鬼もあっけらかんとしている。暁は咳き込みながら、また喋りだした。
「僕からのお礼は、君達と同族でも、上手の、『本物の鬼』からの鉄槌……♪ 凩、解放……!」
小屋が吹き飛ぶぐらいの突風。目を庇うエナと鬼達。年期の入った小屋は軋み始め、突風が止むと、小屋は壊れ、その場の者達の頭上には、小雨が降り注いだ。
エナが目を開けると、それは一気に見開かれる。
銀髪の中に見える角。鈍い光を放つ灰青の瞳。破れて露出した肩から腕にかけて、呪文か何かのタトゥーが刻まれている。そして呪符のマフラーは外れ、羽衣のように浮力を持ち、腕からサラシで巻かれた腹の前でゆったりとクロスしている。そしてその手には、身長と同じぐらいの大太刀が握られていた。
「同族などと抜かすな暁。虫酸が走ってならん……」
「ごめんね。でも助かったよ。流石は僕の従者。さぁ、後始末は頼んだよ…?」
「愚問だな。久しぶりに暴れられるのだ、卿に言われずとも、そのつもりだ」
凩が剣を構える。エナは鬼の支えで立ち上がる。目は暁を見ていた。暁は手を広げ、怪しく笑う。
「さぁさ。鉄槌を下そうじゃないか。罰の元、君は消されることを望むかい? それとも語られる事を望むかい? 決めるのは、示すのは、君達、存在無き者だよ……」




