:南の秘密主義者と劣等感
偽善者以上の変態です。
南の空は雨だった。
雨と言っても小雨というのが正しいだろう。荒野の真ん中には、黒いバイクが置かれている。その先にに歩く、二つの影。
黒いロングコートは雨に打たれ、中に着ている白いシャツも濡れ、病弱を感じさせる色白い肌が透けて見える。黒のストレートパンツとウェスタンブーツで包んでいる。身体の線は基本細く、顔も控えめだ。濡れて額に張り付いた群青の髪の毛の下の瞳は黒い。とくにといった特徴はない青年だ。
その横を歩く、長身の青年は、黒い着物に身を包み、何やら呪符の書かれた白いボロボロのマフラーを首に巻き、口元が見えない。足元は下駄を履いていて、素足が雨に濡れる。銀色の髪は青年の右目を隠している。目は表情の読めない灰青をしている。
「暁、何故歩かねばならぬのだ? 鉄の馬が遠ざかっていくぞ」
着物の青年が、暁と呼ぶロングコートの青年に声をかける。青年は笑う。
「プハッ、鉄の馬だって嫌だなぁ凩。バイクだよ、黒バイク。いいや、この先から火薬の臭いがするんだよ、ちょっと気になってね」
拍子抜けな口調でいう、暁と呼ばれた青年。凩と呼ばれた青年は、目を細める。
「火薬だと……? 雨の中嗅覚が効くとは、卿の頭は確かか?」
「待ってよ凩、なんで臭いがするって言ってんのに、僕の頭の心配をするんだい?」
「暁、某は常時卿の頭に気を配っておるのだ。少しは感謝をしてほしいものだな」
「あっははぁ、喧嘩売ってるのかい凩。ありがた迷惑と等しいぜ、それ」
犬猿の仲を思わせる会話だが、暁は笑っている。笑顔を絶やさないで、上を向いて笑っていた。
「お、見えた。……あの消し炭、なんだろうね」
暁が足を止める。凩も見つめるその先には、確かに消し炭と言うに相応しい光景があった。黒い組み木から細い白い煙が上がっている。どうやら雨か消火活動で鎮火されたばかりらしいと見える。
「あれは村か? 随分な有り様だな」
「確かに。家事をしてたらうっかりお鍋の火が回って、家から家へと電線のように渡り、いつの間にか村を包み込む勢いにまで……!!」
「黙れ、暁。行くぞ」
「ねぇ、僕さ一応君の主なん」
「暁」
「はぁい、人使いが荒いなぁ」
煤けた家々に囲まれると、僅かに熱気を感じる。人の姿が奥に点々と見え、近くにいる人間を見たところ、生気を失っている目をしている。周辺に綺麗な家が無いのを見ると、村は全焼してしまったようだ。
二人は更に奥に進む。
「これはまた酷いな……。家はほぼ消し炭状態か……」
「ねぇ凩。…少し話を聞いてみようか」
「お、おい、暁」
暁は木々を踏み潰し、一人の茶髪の少女に近寄る。
「やぁやぁお嬢さん、つかぬことをお聞きしますが……」
「いやぁ!!!」
少女は突如悲鳴を上げ、手元にあった真っ黒い木片を掴み、振り回す。暁は笑顔一つ変えずに、バックステップでかわす。
「いや、いやぁ!! 来ないで、化け物、こっちに来ないでぇ!!!」
泣きながら喉を全力で震わし、少女は立ち上がると、木片をがむしゃらに振り回す。
「暁! 先程の間合いでどうやって童を刺激したのだ!」
「やだな凩。僕は女の子にはソフトに接する……よっと!」
空気が抜けるような音を立てて木々が壊れる。暁はかわしながら少女の手を見ると、そこからは血が流れていた。
「……凩、鉄の馬の所までいって、荷物取ってきてくれるかい」
「…黒バイクであろう」
「そうそう、覚えた…?」
「嘗めるな。待っていろ、持ってくる」
「はぁい、頼む……よっと、お嬢さん、だから危ないよ」
さすがに少女の体力ではいくら木片であっても重いことに変わりなく、少女は鼻息を荒立て、獣のような目でニコニコ笑っている暁を睨み付け、木片を強く握りしめる。煤で汚れた足で、ゆっくり距離を縮める。
「来ないで、いや……!! ごめんなさい、だからもうやめてぇ……!!」
「ところでお嬢さん、今日の下着は何色だい……?」
「………!!?」
暁は口の真ん中に指をそえて笑う。少女は木片を振りかぶり、悲鳴と共に降り下ろした。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「種類はなんだい? ローライズ? ヒモ? ボーイレッグ?」
軽やかにかわしながら、その場に合わない質問をする。
「いやぁ! いやぁぁぁぁ!!!」
「それともドロワーズ? ……おやおや、まさかなんともけしからん黒のガーターかい?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
少女が降り下ろした木片をかわし、その手を涼しい顔で掴むと、手首のあるところを圧迫する。
「……う、うぅ……! あ……!」
少女は木片を離してしまう。暁はその耳元で囁いた。
「あのねお嬢さん、よぉく考えてみて? 化け物が初対面の女の子にいきなり下着の色聞いたり、ましてや下着の種類をあんな悠長に言えるはずないでしょ? とりあえず、落ち着いて、ね…? 僕はただの根なし草だよ、もれなく変態のね」
「更に馬鹿がおまけでつくぞ、童よ」
頼まれた荷物を暁の頭に置きながら凩が割ってはいってくる。
「やぁ、早かってね凩」
「卿を一時でも一人にすると、ろくな事がないからな」
「またそうやって辛口な事を言う。君は口調だけに飽きたらず、性格もお堅いんだから」「御託はいい、童に事を話せ」
暁は一端目を伏せると、少女を見る。
「お嬢さん、もちろん君の下着の種類、色も知りたいよ。そりゃもう喉から手が出るほ………。でもそれより今知りたいのは、なにがあったか、君が化け物と言ったのは、なんなのか、教えてくれる? 僕は安芸ノ須木暁、こちらは凩。よろしくね」




