:西の偽善者と感情論6
展開が早いんです。
犬神が街に来てから二十年以上の月日が経っているらしい。犬神はイース達の前に現れた初日から、街のすぐ外れにある洞窟の奥に身を置き、そこから微動だにしないらしい。
「……っつー話だったか?」
「はい」
「冒頭でモノローグ任されたのはいいんだが、不安でな…」
「主人、ですからそういう生々しい話は暁さんとしてください」
ギドは後頭部を掻く。そして二人は顔を上げた。
目の前には、今にも吸い込まれそうな洞窟の入口。奥は闇が広がっている。
ギドが真っ暗な穴を見つめていると、いきなり煉影がギドの腕を両手で引き寄せ、抱いた。
「ぎゃぁ!!?」
裏声のなんともだらしない悲鳴を上げるギド、それは見事に洞窟の中に木霊する。しかしこれも、女性恐怖症な彼にとっては仕方のない事である。
ギドは少し足を遠くに置きながら、煉影を見る。彼女の顔は、真っ青であった。視線を足に向けると、微かに震えている。手には、力強さは感じられないが、必死にギドにしがみついているように感じた。
「お、おい、煉影。大丈夫か…? 具合悪そうだぞ」
「…!? あ、いえ、ただ、物凄い妖気を感じて……。すみません」
僅かに声が震えている。「大丈夫だ」と肩を抱くことや、頭を撫でて落ち着かせる事こそギドにとっては難しいが、足を前に出せば、煉影は付いてくる。それを知っているギドは、黙って洞窟の中へ入っていった。
進んでから10分、ギドはまだ薄暗い洞窟の中で足を止める。
「……? どうしました?」
「あぁ、ちょっと待ってろ。………やっぱり反応したか……」
「あ、古書が光って……」
二人がギドのコートの裾の方に目を向けると、そこから青白い光が漏れている。それからしばらくしてその光は徐々に消えていった。
「近いのか…? この洞窟、思ったより長い距離は無さそうだし……。煉影、どうだ?」
「はい、だんだん強くなってきました」
煉影は更に強くギドの腕を抱く。
「うわぁ!!?」
しかし限界だったらしい。ギドは半ば強引に腕を引き抜き、距離をとろうとして岩肌に背中をぶつける。
「だ、大丈夫ですか、主人!」
「う、うわぁ! 頼む煉影、それ以上近づかないでくれ! これ以上甘えられたら、俺の何かが終わる! 朽ちる!」
煉影は俯き、目を伏せる。ギドは一言「あ…」と、漏らし、煉影を見る。
いくら女性恐怖症とはいえ、年頃の女の子にはかなり傷付く言葉を言ってしまったと、自分の中で反省すると、煉影にゆっくり歩み寄る。
「ご、ごめん、煉影。言い過ぎた…」
「え、主人、なに謝罪なんてしてるんです? らしくないですね、というか、むしろ気持ち悪いです」
「…………」
「主人?」
「……なぁ、洞窟の前の所からやり直したいから戻らないか?」
「主人、ロールプレイングゲームじゃないんですからセーブデータなんてありませんし、セーブポイントもありませんよ。馬鹿ですか、貴方は」
更に10分、二人は足を止めた。
「着いたか……」
煉影は身構える。
大きく開けたドーム形の明るい部屋に出た二人の前には、山のように大きい白い塊があった。塊は大きな台の上で丸くなり、その台の左右では蝋燭が揺らぐ。
白い塊、正体は犬神である。
『ん……、そこにいるのは誰だ……』
白い塊、犬神は喋ると、頭を上に上げる。金を宿した瞳は大きく見開き、年老いているのか、顎の先には髭が長くのびている。圧倒的な妖気と存在感に、見とれていると、その金色の瞳が、二人をとらえる。
『見ぬ顔だな…、そちら……』
「……!? あ、あぁ、初めまして、犬神様。私は帝国組織の者で名はギド・ディス・エース、こちらはお付きの煉影。なんでもここに、獣人化する街があると聞きまして、ここがその獣人化する理由のゴールだったようで……」
『私をほふりに来たのか』
「まずはお話しを…」
ギドは煉影に合図をすると、煉影はコートの中から鎖鎌を出すと、自分の後ろに投げる。ギドも二丁拳銃をホルスターごと自分の横に投げ捨てた。そして犬神を見て手を上に上げる。
「このとおり、丸腰です。我々の話を聞いてくれませんか…?」
『よかろう、そこに座れ』
「まず、何故あの街の人間に、人柱狩りをさせたのか」
『私も初めからこの様な姿だった訳ではない。元は普通の飼い犬だ。が、この洞窟に捨てられたのだ、あの街の人間に」
犬神は尾を揺らす。
『その先はよく思い出せん。気付いたら、人の血肉を喰らっていたのだ。多くの人の血肉を喰らい、血の味を覚えた頃、身体が大きくなっていってな。その内、人の身体を通じて呪いを掛けられるようになったのだ。それが今の街の姿になった由縁だろう。……奴等に人柱を狩らせたのは、私もこの姿になった原因の支配下にあったのだ』
「原因……?」
鸚鵡返しに聞き返すと、犬神は続ける。
『私もよく解らんのだがな。人を狩り続けなけ、人の魂を身に込めなければ、私は開放されないという声を聞いたのだ。私はここから出ようとすると、結界に邪魔されてな、仕方なく、あの街の人間に復讐も兼ねて呪いをかけ、今に至るのだ』
「なるほど……」
ギドは顎に手を添え、聞いたことをまとめる。
どうやら犬神は、元はあの街の人間に飼われていた犬だったが、この洞窟に捨てられて後、人を襲い始め、ついには人の身体を通じて呪いを掛けられるようになった。そして自分がこうなった『原因』に、魂を身に取り込めなければ、開放されない、と。
『復讐しようとしたのが、間違いだったのだろうか、若造よ』
犬神の問い掛けに顔を上げる。
『虫の良い話だが、私はもう疲れた……。だが、呪いの解き方が解らんのだ、この様な事はもう終わりにしたい、若造よ、どうにかならんか、そこの女子は、私と同じ類いに見えるが……』
煉影はピクリと反応すると、ギドに目配せをする。ギドは尻目に確認すると、小さく頷く。
「聞きましょう、犬神殿。貴方は元の姿に戻りたいのですね」
『あぁ』
「しかし、貴方が多くの命を奪ったのもまた事実。どう償うおつもりですか?」
支配されていたとはいえ、 奪われた命は全て犬神の中で、生きる礎となっている。それは取り返しのつかないものだ。ギドは犬神の返答を待った。
『私を奴等の前に突き出してほしい、頼めるか、若造よ』
その言葉に、その先犬神が何をするか解ったのか、ギドは笑う。
「承知」
ギドはコートの中から鎖に縛られた古書を出すと、犬神の腹が青白く光る。その次に、鎖は派手に音を立てて壊れ、ページがその回りに巻き起こる風に捲られていく。
「まずは、小賢しい『原因』を始末ぜ。安心しろ、お前のいたことは、帝国が責任持って語り継いでやる」
煉影の治癒術のおかげで助かった街の連中達は、人間へと姿を戻し、その場でギド達の帰りを待っていた。
「お、おい、あれ……」
一人の声に皆が一斉に同じ方向を向く。その先には、煉影とギド、そしてその手には、白い犬の首を掴んで帰ってきた。
「た、旅の人……。それは……」
イースと街の連中が走り寄ると、ギドは白い犬をイース達に放り投げた。
「な……」
「安心しろ、あんたらはもう、犬の姿にゃぁならねぇ。これがそのげん…」
「クラハ……」
イースが犬に呟くと、犬の頭を撫でた。
「クラハ…。間違いない……、生きてたのか…」
「ま、まさか、犬を洞窟に捨てたのって…」
「あんたなのか? イース君」
イースは静かに頷くと、クラハと呼ばれた犬を抱き締めた。それを見て回りの連中は『よかったな』などの言葉をかけている。
「この犬は、訳有りで捨てたんです?」
「えぇ。クラハがまだ子犬だった頃、街が襲われて、クラハだけでも逃がそうと捨てざるを得なかったのです。こいつは家族なんです、俺達の……あれ……」
イースが顔を上げると、もうそこには二人の姿はなかった。
遠くでバイクのエンジン音が聞こえ、曇天の空に消えていった。
夕方、久しぶりの太陽に照らされ、空気を吸い込む。
「よろしかったんですか? 言わなくて」
「ぎゃぁ!!」
普段は鼬の姿で後ろの荷物の中にいるのだが、今はギドの腰回りに腕を巻き付けている。なんとも恨めしい絵面なのだが、野郎は残念ながら女性恐怖症。
「な、なぁ煉影、こんなヘタレと一緒にスリップ起こして死にたくなかったら、すぐに姿を戻しなさい。つか、勝手に解くなよ!」
「聞きたかったんです。どうなんです?」
「…言う気が失せただけだ。知らなくて良いことなんて、この世に腐る程あるからな」
「優しいんですね」
「勘違いすんな。…要らねぇ親切を押し付けただけだよ」
煉影は更に引っ付く。
「何処にいきます?」
「更に西だ。うまいモン喰える所に泊まりたいかな」
「私も諭吉が欲しいです!」
「黙れ」
・ギド・ディス・エース 『Record』記録師ver.古書
犬神 新規登録 確認完了
direction west end...
南の人は少々癖があるので、気を付けて下さい。




