:西の偽善者と感情論3
路地を抜けた一角の家に、ギドと煉影はいた。人間へと姿を戻した犬神の青年の家である。青年は、二人の目の前に、お茶の入ったカップを置く。
「…あんた達のその服の胸部分のエンブレム……。政府の人間か…?」
「あぁ。…政府の犬だよ。帝国の番犬的位置にいるがな…?」
ギドは、湯気が立つお茶を見ながら言った。政府を敵視している『何者かである者』、犬神。先程まで敵意丸出しだった奴のお茶など飲めないと、頬杖をついた。
「君の名前を教えてくれる…?」
ギドは青年に問う。
「イースだ。イース・カウラルド。……この街は、お前のいう通り、犬神と化した人間達の街だ……」
青年ことイースは、掌を見ながら、控えめな声で言った。
「じゃぁ、俺も偽名だけど、自己紹介を。俺はギド・ディス・エース。こっちは従者の煉影。で、イース君。話というのは他でもない。……うちの従者の煉影だが、どんな下着が似合うとおもがはっ!!?」
煉影の拳がギドの後頭部に勢いよく叩き込まれた。、カップごと机にめり込み、机が軽く曲がり、イースのお茶が傾く。
「あっっつぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
熱湯同然のお茶を顔面にあび、絶叫しながら顔を押さえる。目が焼けるようだと、悲鳴混じりに聞こえてきそうだ。
「……!! 煉影! 痛い! 熱い! 痛熱い!! てめぇ、主にこんな事していいと思ってんのか!!?」
「貴方こそ、従者の女の子の下着について、なに赤の他人と話そうとするんですか!!?」
するとイース。
「で、今日は一体何色を…?」
「この思いを…、いっそ、ひと思いにぃぃ………!!!」
「待て煉影! 早まるな…!!」
鎖鎌を構える煉影。するとギド。
「…で、何色を?」
「ギぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃドぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
「……で、犬神はいつからこの街に……?」
ギドはひどい有り様だった。顔には無数の切り傷に、大きな痣。イースは冷や汗を流しながらギドを見た。
「え、えっと……。俺が物心つく前から。この街を抜けた先の洞窟に、白く、大きい二股の尾を持った犬神が眠っていると………」
「それが関連してるんですか!?」
煉影が片手でギドを押し退け、身を乗り出す。
「れ、煉影。…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!」
「で、他の街の人達はどこにいるんですか!?」
「もう、外に集まってますよ」
「「……!!?」」
イースは、カーテンに閉じられた窓に目を向ける。二人は離れ、すぐに口を閉じた。イースは声を小さくする。
「……大人しく、そのお茶を飲んで下さい……」
「なんですって……!?」
煉影はイースを睨む。イースは顔を下げた。ギドは、目を細めて笑った。
「……頼む。飲んでくれ……。危害はくわえん……!!」
「嫌だ……。と言ったら……?」
「悪いが、容赦はしない…!!!」
イースは立ち上がると、すぐに獣人へと姿を変え、その鋭い爪を、ギドの頭上に降り下ろす。ギドは、読み通りと玄関へと身体を転がしながら回避。煉影はその後を追い、ギドが立ち上がる前に玄関のドアを蹴り飛ばす。ギドがもう一度身体を転がし外に出て立ち上がると、周りには、イースと同じ姿をした犬神達が、囲っていた。
「おうおう。しつけのなってねぇワン公がこんなにいんのか。なかなかスリルあるねぇ……」
煉影は、後ろ手に鎖鎌を握る。犬神達は、じりじりと距離を縮めてくる。ギドは溜め息をついた。
「主人。解放の許可を下さい……」
「駄目だ。ここでネタバレは面白くない……。俺は焦らすのが好きなんでね……? 悪いが、もう少し引きずらせてもらうぜ」
「だからそう言う生々しい話はしないで下さい!!」
ギドは笑うと、コートの前を開けて、腿へ手を添える。
家からは、イースが目を血走らせて爪先をギドに向けた。
「旅の人……。殺されたくなければ、今すぐこの街から出ていけ。……こちらの胃袋におさまりたくなければ」
「ハ、ハハ………ッ。ハハハハハッ!! ハハハハハハッ。ハ、ハハッ、ハハハッ!!」
ギドはイースの忠告を遮りつつ、曇天の空に向かって高笑いし出した。イースは勿論、周りの犬神達も警戒心を解く。笑いが止むと同時に、ギドは頭をがくりと下げると、後ろを振り向き、イースをその青い瞳を上目にし、睨む。イースは怯み、その強面を情けない顔にした。
「………逃げろ? 誰にモノ言ってんだ……」
周りの犬神達が構えたその瞬間、ギドが腿から手を天空に向かって離す。その後、風の音さえも破る、鋭い音が鳴り響く。犬神達は耳を塞ぐ者もいれば、驚いて尻もちをつく者がいた。イースはギドの手に握っている物を見る。それは、細く黒い筒の先から、糸のような煙を出す黒い拳銃だった。
「…飛び道具は、敵と距離を取れるからな。……ヘタレの俺にはぴったりな品だよ。じゃ、メインイベントといきましょうか、しつけの悪いワン公共。下着の話でもしながら、俺がその頭、利口にしてやる……」




