:序章
序章:
雨。
とある森の昼過ぎ。
大木の根本にその青年は座っていた。
歳は十代後半から二十歳。
膝を軽く越す黒のロングコート。足や手も、ストレートパンツや、グローブも愚で包まれている。中には白いシャツを着ていて、首にはゴーグルがかけている。色白い肌に目立つ黒髪は、雨の下に僅かな艶を見せ、その下にある藍色の瞳が、何も見えない前を見つめていた。
「………止みそうに…、ありませんね」
違う誰かの声が、雨の中に響く。か細い少年の声のような声だ。青年は瞳を木の後ろに動かす。
その後ろには、全身黒で覆われた人影があった。僅かに開いた目からは、青年に似た、青い瞳が地面を見つめ、その顔立ちはどこか幼い。歳は十代前半だと見える。顔以外は露出しておらず、顔と黒髪だけが雨に晒されていた。
「これから、どうなさいますか……」
そう聞いてきた。青年は、
「お前はどうしたい……?」
「質問を質問で返すとは…。どこまでも意地悪なお方だ………」
青年は小さく笑う。少年は溜め息をつくと、木に背もたれた。
「……僕はどこに行こうが、どこでなにをしようが知りません」
「そりゃぁ、そうだな」
「故に…………」
少年は青年のいる方に瞳を動かした。
「決めるのは貴方だ……」
それを聞くと青年は、高笑いし出した。少年はピクリと身体を反応させ、木の陰から身体を出し、青年を見た。
振り返った時、青年の高笑いは止んでいた。そのまま彼は立ち上がり、曇天の空を見上げた。雨粒は顔に当たり、頬を流れ、首を伝う。青年は、コートの裾から雨粒を放ちながら、少年の方を振り替える。
「駄目?」
「なにがですか?」
少年は小首を傾げる。
「今みたいに、たまには馬鹿やりながら、一日過ごすんだ。見ろよ、雨は止まない」
「どうでしょうか…」
「で、どう思う? 漸」
漸と呼ばれた少年は、再び木に寄り掛かる。
「……良いのではないでしょうか。実に貴方らしい……」
「俺らしい……か……」
青年は口の回りの雨水を舌で拭うと、大木の下からでる。両手を広げ、空に向かって笑った。
「本当に、一日馬鹿やって、過ごすおつもりですか?」
「……さあな」
すぐに両手を下ろす。
「俺は気分屋だからな……」
青年は微笑んだ。
「止まなくても、馬鹿やらずに、また、どこかに行くかも。あとは、さっきみたいに、ぼーっとしたり…な……」
呆れた。漸はそのような目で笑う青年を見る。
「…本当に、どうされるのですか。錯夜様」
錯夜と呼ばれた青年は、濡れた前髪を片手で上げる。
「……どうしようか。もう少し、考えてみる?」
雨はいつの間にか、小降りになっていた。