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ユークロニア  作者: 鋼鉄侍
第1章 森の賢者
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第4話 突きつけられた事実




 慣れない空の旅というのは、よほど神経を使うらしい。時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けば俺たちの乗る竜は空から大地へと降り立った。

 軽い地響きが起き、木の幹に止まっていた鳥が驚いて一斉に飛び立っていった。


「よっ…と」


 女性は事もなげに地面へと飛び降り、竜の頭を優しくなでる。竜はそれを受け入れていた。



「ありがとう、アンジェ。お疲れ様」

「■■ー。■■■」


 竜は軽く鳴くと、ふるふると体を震わせた。必然的に俺はそれに振り回され、体は宙を舞い、地面と熱烈な接吻を交わすこととなる。

 俺を投げ出したことを気にする様子もなく、竜は飛び立った時と同じように青い空へと消えて行った。

 くらくらとする感覚を何とか持ち直し、しっかりと立ち上がる。俺が再び空を見上げた時には、もう竜の姿はなく、いくつかの白い雲の浮かぶ空があるだけだ。


 俺が連れてこられたのはとある古風な木造の小屋。その大きさは普通の民家に負けるとも劣らない。しかし、それは小屋と表現するには少しばかり大きいだろう。


「さて、まずは中に入ってくれ。飲み物はすぐに用意しよう」

「あ、ああ」


 扉を開け、中に入る。俺も女性に続き、中へと足を踏み入れる……が、その瞬間俺は即座に回れ右をして扉を思い切り閉めた。


「お、おいおい。何がどうした? 何か不満でもあったか?」


 扉を開け、女性がおどおどしながらひょっこりと顔を出した。その顔は俺がなぜそんなことをしたのかを本当に不思議がっている表情だった。

 確かに、ただの一軒の小屋だったなら俺だってこんなことはしない。だが、だ……。


「いくらなんでも片づけぐらいはしろよ!」


 風で静かに開いた扉の隙間から、中の様子が否が応でも目に入る。

 小屋の中はまるでゴミ屋敷。踏む場所がないどころか、部屋の中から異臭がする。物はあちらこちらに散乱し、本当にここが民家なのかどうかすらも疑わしい。

 鼻をつまみながら、何とか中に入り、机の空いている場所に手をかける。すると、ぬるりと嫌な感触が手に伝わり、俺は顔をひきつらせた。


「そ、そんなに散らかってるか? 私的には片付いている方だと思うんだが……」

「液状化した物体が机の上にある時点で十分片付いてない! あんたこんな中でよく生活できるな!?」

「それはいつもレンが片づけてくれるからなんだ。レンはすごいぞ! あっという間に部屋をもとの状態にまで戻してくれるからな。魔法の研究をする私には大助かりだ」


 鼻高々に話す女性はゴミをかき分けながら台所と思しき場所――物で場所が埋まっていてそこがどこなのかが判別できない――へと向かう。

 おそらく茶か何かを振る舞うつもりなんだろうが、この部屋で飲むのはあまりにも茶に失礼というものだ。そもそも、こんな汚い部屋で食事をしようなんて思うことすらおこがましい。

 女性はがさごそと何かを探している様子だ。ゴミの塊を避け、女性によって作られた道を辿って女性の隣までたどりついた。その頃には、女性も目当てのものを見つけたらしく、ほくほくと満足げな様子だ。


 女性が手にしているのは一応ティーポット。なぜ一応なのか? それはその外見に原因がある。

 通常、ティーポットというのは様々な形、色、模様がある。たいていは白いものを思い浮かべることが多いが、他にも黒色や黄色、緑色なんてものもある。

 だがしかし、目の前にあるものは目にいい色とは言えやしない。暗緑色とでもいうべきか。しかも、その表面はわさわさとした毛のような何かが生え出ている。


「あんた、まさかそれで……?」

「ああ、以前知人にもらったやつでな。しばらく使ってなかったが、軽く洗えばどうということはないだろう」

「はい没収」

「なに!?」


 没収された理由がまるで分からないとでも言いたげに、女性は眉を寄せた。

 奪い返そうとしてくる女性からティーポットを守りつつ――処分すべきものを取り合うというのも随分変な光景だが…――、じりじりと後ろに後退する。


「あんた、このカビが生えまくったティーポットで茶を振舞う気か?」

「む? それはカビだったのか…」

「カビの存在も分からないのかよ!?」

「書物でしか見たことがなくてな」


 俺の手に持つものにカビが生えていると分かった瞬間、それを忌避するかのように、しっしっと手で追い払った。さっきまで自分も持っていたくせに……。

 カビの生えた部分に触れないようにしながら、静かに机にそれを置く。

 その瞬間、ブワッと埃が舞う。もうそこが俺の限界だった。


「…………ぞ…」

「どうした?」

「掃除するぞ!」


 その言葉を告げると、女性はあからさまに顔をしかめ、不満げに眉根を寄せた。


「掃除などしなくとも生きていけるだろう? 少なくとも私は大丈夫だぞ?」

「あんたは馬鹿か! どこにカビと埃が充満するような家に住むアホがいるんだ!?」

「まぁ、ここに一人…」

「屁理屈言うなよ!?」


 女性は何が何でも掃除がしたくないらしく、ぶーぶーとブーイングしていた。と、そこで急に女性がピタッと動きを止めた。

 彼女はしばらく考えるような仕種をした後、パチンと指を鳴らした。


「何やったんだ?」

「じきに分かる。まぁ数秒待っていてくれ」


 女性の言われたままに数秒間待つ俺。しかし、数分間が経っても何も起こらず、さすがの俺も女性に疑念の視線を向けた。

 女性はおかしいなとばかりに首をひねり、もう一度指を鳴らした。もちろん、結果は同じである。


「……何かの合図か?」

「合図というか、呼び鈴というか……。本当ならこれでレンが来るはずなんだが」


 さらに首をひねる女性。そのレンというのが誰なのかは知らないが、そんな指パッチンで来るのだろうか? マンガか何かじゃないんだからそんなもので人が来るはずもない。


「ん? あぁ、そういえばお使いに行かせたような気がするな…」


 ポンと納得したように手を叩く。レンという少女に同情しながら、俺は箒を探すべく、意思を決してゴミの山へと足を踏み入れた。


「とっとと箒を持て。せめて日が暮れるまでにキッチンとこの部屋だけでも片づけるぞ」


 大げさにため息を吐く女性にそう言い、俺たちはくつろぎの場を確保すべく掃除を始めたのだった。



§




 レンという少女は非常によくできた獣人の少女である。

 はしばみ色のショートヘアとその隙間からちょこんと生えた猫耳が特徴的で、おっとりとした雰囲気を纏っている。

 それ故、周囲からも何かやらかしたりしないかと心配され気味ではあるが、大抵はそれも杞憂に終わる。


 今日も今日とて街を歩いている最中に複数人の男に声をかけられたが、なんとか躱して放置してきた。もっとも、あまりにしつこい輩は彼女自身の手でボロ雑巾にしてしまったが……。

 そんな彼女は今買ってきたものが大量に入っているバッグを手に、自身の仕えるマスターの元へと急いでいる。

 十年近く仕えてきて分かったことだが、彼女のマスターはまず無駄なことをしない。それには、普通の生命活動に必要な食事や、女性には必須であるはずの湯浴み、髪の櫛入れなども含まれる。


 そもそも自分がこんなにしっかりしたのも全てはマスターのせいなのだ。そう思うと、彼女は何時の間にか首を縦に振っていた。

 以前、「あまりにズボラな性格だと結婚できませんよ」とお説教をしてみたものの、「私の結婚相手は研究だから気にするな」と真面目顏で返された時には、流石の彼女も呆れ果てた。


 そんな性格だからこそ、ここ数日マスターの家にいなかったことが非常に心配なのだ。

 走っても半日はかかる遠くの街へ配達へ行かねばならなかったのだが、その道中に何度もマスターのことが気になった。

 きちんとご飯を食べているのだろうか? 掃除はしているのだろうか? そんな想いがぐるぐると頭の中で渦巻きながら、結局はため息一つで思考を断ち切る。そんのことを何度やったかも分からない。


 せめて早く戻ろうと配達先へ向かうも、何かのゴタゴタがあったらしく二日間も待ちぼうけ。おかげですっかり観光を楽しんでしまった。彼女の持つバッグの中身は、実は半分がお土産だったりもする。

 おまけにナンパと思しき男の集団に声をかけられて、レンの機嫌は急降下していった。


 そして、時間軸は今に至り、こうして急いでいる。

 マスターのことだ。今頃部屋はとんでもないことになっているだろう。彼女はそう考えてぶるりと身震いした。

 過去のゴミの山で埋め尽くされた部屋を想像して冷や汗をかく。もう二度とあんな事態はごめんである。


 そうはいっても、マスターが掃除などするはずもない。彼女はそう考え直してため息を吐いた。

 そんなこんなを考えていると、ようやく彼女の家であり、マスターの家である小屋へと到着した。

 半ば緊張しながらその扉の掴みを握る。この一枚の板の向こうには恐らく、この世のものとは思えないほどの景色が待ち受けていることだろう。

 レンは覚悟を決め、ぐっとそれを握り、一気に扉を開けた。


「ただいま戻りましたマスター! 部屋を掃除しますから外…に……」


 部屋の中を見た瞬間、彼女の言葉は尻窄みになっていく。

 何故ならそこには……。


「ん? ああ。おかえり、レン。いやぁ、綺麗な部屋というのも中々快適なものだね」


 洒落た内装の部屋で、見知らぬ男と優雅にお茶会を楽しむ、自らのマスターの姿があったのだから。



§




「どうしたレン? 何かおかしいところでもあったか?」


 女性はそんな言葉で扉から入ってきた少女を迎えた。対する少女はというと、口をぽかんと開いたまま俺たちを凝視していた。その瞳に映る感情はまさに驚愕。

 そんなにもこうして二人でお茶を楽しんでいるのがおかしかったのだろうか? ありえないものを見たかのように、少女は何度も瞬きし、ごしごしと目を擦っている。


「ま、マスター! これは一体どういうことですか!?」


 少女は正気を取り戻したかのように女性に掴みかからんばかりの勢いで詰めよる。マスターと呼ぶあたり、彼女は女性のお手伝いか何からしい。


「む、それは部屋に対してか? それともそこの少年に関してか?」

「二つともです!」


 興奮する少女をどうどうとなだめ、彼女は紅茶の注がれたカップを差し出した。無論、俺の入れたものだ。

 少女は躊躇いながらもそれを受け取り、口をつける。最初は警戒するように口に含むだけだったが、次の瞬間にはぐびっと呷り、その中身を飲み干していた。

 少女が満足げな表情を見せる。


「どうだ? そこの少年が入れたものだが……中々うまいだろう?」

「はい! 私やマスターが入れるものよりよっぽどおいしいです!」

「…………。まぁいい、今は私も上機嫌だからな」


 女性の眉がぴくりと跳ね上がったが、少女は気にすることなく、朗らかな笑みを浮かべたまま紅茶の余韻に浸っていた。


「さてと、詳しい自己紹介がまだだったな少年。君の名前は?」

「そういうもんって普通自分から名乗るもんじゃないのか?」

「人の名前を聞くときはまず自分からという格言を君は知らんのか?」


 それを言ったら結局あんたから自己紹介しなきゃならないんじゃないのかとか、さり気なく自分のことは棚に上げてるよなとか突っ込みたいことは山ほどあるけど、事態がややこしくなりそうなので敢えてその言葉を飲み込む。


「俺の名前は赤桐冬斗、普通の男子高校生だ。さっきまで学校から帰っていたはずなのに気が付いたら見覚えのない崖にいた」

「コウコウセイ? それは何かの肩書か何かか?」


 まぁ、肩書と言えば肩書なのだろう。大したものでもないが。


「それより君の名前は変だな……。アカギ、リフユト? アカ、ギリフユト?」

「フ・ユ・トだ!」

「そこが名前か!?」

「それぐらいわかるだろ!?」

「いや、分からん。例えば、私の名前はまぁニーナ・フォン・アレステーゼというんだが、私の場合名前はニーナになる。この時、アレステーゼは家名で、フォンはミドルネームだ」


 あ、今やっと女性の名前が分かった。


「だが君の場合はアカギリフユトと一続きになっているんだ。それで名前が分かりにくい。それに、名前がフユトなら、名乗るときにはフユト・アカギリと名乗るのが普通じゃないか?」

「日本人だったら誰でもこう名乗るよ。普通は苗字、家名が先に来るさ」

「ニホンジン? なんだ、それは?」

「いや、さすがにニホンジンくらいは……」

「…………?」

「…………」


 かみ合っているようでかみ合ってない会話。お互いの認識の齟齬が生み出した結果だ。

 それ以前に俺は一つだけ失念をしていた。それはここが本当に俺の知る世界なのかどうかということだ。

 忘れていたが俺は何よりも早く確認しなければならないことがあった。


「なあ、世界地図ってあるか?」

「あるにはあるが……、そんなものどうする気だ?」

「ちょっと確認したいことがある」

「ふむ……。レン、すまないが、私の部屋からとってきてくれないか? 棚に置いてあるはずだから」

「はーい」


 今まで会話を眺めていた少女が手に提げたバッグを台所のカウンターに置き、部屋をぱたぱたと出て行った。途中で聞こえた派手な物音と悲鳴はきっと気のせいだろう。

 数分後には、よれよれになりながらも地図を持った少女が現れる。ニーナにそれを渡す時に、彼女の髪についた埃が目に入った。それを取ろうと手を伸ばすと、少女はびくりと体を強張らせる。不思議に思いながらも、とりあえずゴミを取るだけとってやる。

 俺が再びニーナのほうを向いたとき、机にあったお茶会セットは脇によけられ、大きな世界地図が広げられていた。ニーナはそれを感慨もなく眺めている。


 俺はその全体像を見渡し、呻きを漏らす。

 それはできれば当たってほしくはなかった予想。いや、叶うならばと思っていた理想の裏にあった現実。

 あの(ドラゴン)や魔法のような何かを見た時からある程度の覚悟はしていた。ここまでずっと意地を張ったのはそれを認めたくなかったから。


 その世界地図には――――、俺の知るはずの世界ではない、全く未知の世界が描かれていた。

 大陸の位置が変わり、俺の世界の原型など留めてもいない。さらに、日本と思しき島国など、目を皿のようにして探してもどこにも見つからなかった。いや、見つかるはずもないことは必然的だ。

 この地図が偽物だと叫び散らすことはとても簡単だ。それはこの現実を認めるよりもよっぽど楽な選択肢。だが、この地図以外にも証拠がある以上、俺は認めなければならない。


 とんでもない事態だ。誰がこんなことになることを予想できただろう? いや、たとえどんな人物だってこんなことは予想できなかったはずだ。まして、一介の高校生である俺などなおさらな話だ。

 混乱する思考と、それでいてどこか冷静な感情。その二つは俺の中でせめぎ合えど、一つだけ共通した確かな答えがある。



 それはこの世界が俺の知ることのない・・・・・・・・・全く未知の異世界・・・・・・・・だということだった。




ニーナ・フォン・アレステーゼ……魔法使いを名乗る女性。魔法らしき技術を使い、ところどころ妖精のような容姿を持つ。家事が大の苦手。というか嫌い。


レン……はしばみ色の髪と猫の耳が特徴的な獣人の少女。ニーナをマスターに持ち、その手伝いをすべく奔走する。家事スキルは高い。



7/31 改稿


8/17 改稿。レンの髪色 緋色→はしばみ色


12/5 改稿


2013/09/05 誤字修正

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