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ユークロニア  作者: 鋼鉄侍
第1章 森の賢者
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第3話 世界の水先案内人


 俺の目の前に映る世界。それが自分の見た夢のものと一致したと思うと、気味が悪くなる。

 夢なんかじゃない。あの、扉に触れたときの痛みは紛れもなく現実だ。それ故に、意識が現実を否定したがった。

 この吹き抜ける風も、踏みしめた地面も、地上を照らす太陽も、すべてが幻想ではなく現実。

 だけど……、今は何も情報がない。誰か人に会えればいいんだが……。

 靄がかかっていたはずの後方は、ただの石崖にすり替わっている。そもそもここはどこなんだ?

 今の景色から考えるに、今の自分がかなりの高度のところにいることは予想できる。ひとまずは歩いてみるのが得策か。


「随分と急な崖だな」


 降りれそうなところがないかと探してみる。しかし、不幸なことにこの周囲は絶壁に囲まれているエリアのようだ。そっと下を覗いた時に、心臓がキュッと締め付けられた。

 となれば、別の手段を講じる必要がある。

 ここは逆転の発想だ。降りるための道を探すんじゃない、道を探すために降りるんだ。


「ってそれができないから今悩んでいるんだろう」


 思わずセルフ突っ込み。こんなわけの分からない場所に来て俺は相当動揺していたらしい。今の思考プロセスはさすがに自分でもどうかと思った。

 本当にどうしよう。今の状況を打破できなければ何も行動のしようがない。


「人が都合よく現れてくれないものか……」

「私でよければ力になるが?」

「そうそう、こんな風に都合よく誰かいれば……へ?」


 バッと横を向く。そこにはいつの間に現れたのか、翡翠のローブを纏った女性が立っていた。

 身に纏うローブと同じ色の瞳、風にたなびく白色の長髪。年齢は20歳あたりだろうか? 長身の割にやせ気味で、頬が少しこけているようだ。

 それに、彼女の耳は俺と違って少しピンと尖っている。まるで、ファンタジーや漫画なんかに出てくる妖精のようだ。

 彼女はどうだと言わんばかりにこちらを向き、軽く首を傾げた。


 あからさまに怪しい。思わずそんな感想を抱いてしまう。

 いきなりどこから現れたのかとか、本当に人間なのかとか、その恰好はなんなのかとか聞きたいことは山ほどあったが、まず俺の口を割って出てきたのはそれらのどれでもなかった。


「あんた誰だ?」


 おそらく、誰もが思うであろう疑問。それが俺の発した会話の第一声だった。

 女性は不思議そうな顔で自分の顔を指差した。いや、あんた以外そこには誰もいないだろう。もしかしてあれか? 見えちゃいけないものとか見える人なのか、この人は。

 女性はしばらく沈黙を続けた後、ようやくその口を開いた。


「私は…そうだな、通りすがりの魔法使いとでも名乗っておこうか」

「魔法使いぃ?」


 素っ頓狂な声が響き渡る。彼女は無表情のままでコクリと頷いた。


「ああ。偶々通りかかった所に君がいたのでね。何やら困った様子だったから声をかけたのだが…迷惑だっか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが…」


 どうやらこの人は随分なお人よしらしい。

 助けてくれることに関しては万々歳だ。素姓は全く知れないし、服装も結構怪しいが、こんな優しい人なんだ。どうせなら、好意に甘えさせてもらおう。


「助けてくれるなら助かる。実は何も分からないままここに放り出されて困ってたんだ」

「……物剥ぎにやられたのか?」

「いや違う。なんて言ったら分からないけど…気がついたらここにいたんだ」

「ふむ……。どこかに行くあては?」

「全然ない。それどころか俺はここがどこかすらも分からないんだ」


 俺がそう言うと、女性は少し考え込んだ後に「よし」と意気込みの声を漏らした。


「なら、ひとまず私の家に来ないか? 丁度すぐ近くなんだ」

「分かった」


 俺が了承の返事を返すと、女性はローブの中から一つの笛を取り出した。

 その形はまるで動物の角。サイとかが持っているような形で色は乳白色に近い。そのところどころに筆で描きいれたのか風を表現するような線が描かれている。

 女性は大きく息を吸うと、その笛を口に当て思い切り息を吐き出した。

 ピーーッ……! ーー…! ……。

 甲高い音が崖に響き渡る。それは幾度も木霊してゆっくりと空に溶けていった。


 綺麗な音だった。清水のように澄み渡る一つの波。

 ぶれのなく、どこからでも聞くことのできそうな音色。それは一体何を呼ぶというのだろう? まるで呼ばれることが必然であったかのようにそれは俺たちの前に現れた。


『■■■■-―――』


 それは竜だった。純白の輝きを放ち、黒い紋様の描かれた一対の翼が青い空によく映える。

 大きさはあの夢で見たものよりは小さい。それでも人間である俺たちと比べればとてつもない大きさだ。いや、そもそもあの夢で見たものがけた違いだったのだろう。

 それはゆっくりと羽ばたいて俺たちを見まわした後、地面へと降り立った。赤い瞳と目があったが竜はさしたる興味もなさそうにフイと視線を逸らした。

 女性が竜の首元を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。気持ちよさそうに目を細める姿はまるで猫のようだ。


「よし、乗ってくれ」

「……こんなのどう乗るんだよ?」


 そもそもこんなののどこに乗ればいいのか。今まで竜に乗るどころか存在すら見なかった俺に竜の乗り方など分かるはずもない。

 女性は「まぁ、見ていろ」と言うと、軽やかにジャンプして竜の背に飛び乗った。

 今度は君の番だとでも言いたげにクイクイと手招きをする。同じように背に乗れとでも言いたいのろう。だが、待ってほしい。地面から竜の背までは優に5メートルを超えている。そんなところに易々と上ることができるだろうか? いやできるはずもない。

 女性はそれをたやすくやってのけたが、特別身体能力が高いわけでもない俺に同じ芸道ができるわけがない。


「どうした? 早く来い。それとも乗れないのか?」

「いや、どう考えても無理があるんだが……」

「ふぅ…、やれやれ。竜の騎乗は初歩の初歩のはずなんだがな」


 女性は大きくため息を吐くと、再びローブの中を探り始めた。そして次に出てきたのは、女性の身長を軽く超える長さの杖。明らかに纏っていたローブよりも大きいというのに、先程までの女性のローブは突っ張っていた様子はない。

 「女の子には秘密がいっぱいなんです」と、昔沙耶に言われたことがあるが、幾ら何でもこれはそのレベルを超えている。

 いや、ひょっとするとマジックなのかもしれない。そう、実は凄腕のマジシャンで……。


「    …  」


 女性は二言呟くと、その手に持つ杖の先端を俺に向けた。

 すると、不思議なことに突然の浮遊感が俺を襲った。視線を自分の体に下ろすと、驚くことに俺の足は地面から離れていた。それどころかゆっくりと上昇を続けている。

 重力という物理現象を完璧に無視したその事態になんとなく俺はそれの正体を悟る。


「よっと…」


 女性がひょいっと杖を軽く上へ掲げると、急に視界がぶれ、気が付けば俺は竜の背中に収まっていた。


「しっかり掴まってるんだぞ。いけ、アンジェ!」

「■■■! ■■■――!!」


 バサッと大きく翼を羽ばたかせ、竜は強く地面を蹴った。

 その反動が俺たちを襲う。強力なGが体にかかり、体を倒さざるを得なくなる。前に座る女性は見れば、彼女はぴんぴんとした姿でそこにあった。

 竜は少しの動作で方向転換をすると、実に楽しそうな鳴き声を上げて空へと飛びだした。

 俺がいたあの場所はとても急な山だったらしい。俺がいた地点からふもとまで絶壁が続いていた。

 段々と遠くなる眼下の大地を見つめながらとんでもない場所に来たものだと、大きくため息を吐いたのだった。




§




 それは部屋で窓の外を眺めていた時のことだった。

 祈りを済ませた後の私は、きまって自室から外の景色を眺める。今日という日も例外ではなく、ぼんやりとしながら、窓越しに外を見つめていた。

 その時、コンコンと扉がノックされる音が室内に響く。私はちらと扉に視線をやって、一言「どうぞ」とだけ言った。


「し、失礼します、お嬢様」


 遠慮がちに開かれた扉の影から姿を現したのは、付き人のリースだった。

 肩で切り揃えられた緋色の髪、その身に纏うは黒を色調とした地味な付き人の服。胸元に小さくリボンが飾られてあるものの、その服に合わせられた時点でその魅力は半減している。

 眠たげなたれ目が一瞬私を捉えて、すぐに逸らされる。青色の瞳に私を映さず、赤い絨毯の敷かれた床を映していた。


「どうしたの? 何か用?」

「い、いえ、その……」


 段々と尻すぼみになっていく声。彼女の悪い癖だ。彼女とは10年と数年あまり過ごしているものの、その弱気な態度が変わったことはない。

 いつも何かに怯えるようにびくびくとしている。怖がるべきものがない時でも、彼女はその態度を崩したことはない。


「安心なさい。ここにあなたの怖がるものはないわ」


 そう言葉をかけてやる。いつの頃からこの言葉が癖になってしまったのだろう。

 リースは小さく頷くだけだった。


「それで、何があったの?」

「それが……、お嬢様に御来客です」

「私に?」


 さて、今日の予定に来客なんてあったかしら。一度頭の中のスケジュールをチェックする。しかし、今日、この時間に来客の予定はない。

 突然の訪問ということなのだろう。

 できれば、前々から連絡をいれておいて欲しいものだ。


「まったく……、どこの誰が来たのかしら」

「今応接間でお待ちになっていただいています。なので、お嬢様にはそちらに……」



「その必要はないよ」



 入り口から声が飛ぶ。聞き覚えのある声だ。できることなら、もう聞きたくもない男の声。

 嫌々ながらもそちらに目を向ける。すると、自分では格好をつけているつもりなのか、扉に背を預け、腕を組む青年の姿があった。

 明るみのある金髪を粗野に乱しており、鷹のような眼差しが私たち二人を射抜いている。


「来客って、あなたのことだったのね、ランスロット・オルディン。よくもまぁずけずけと淑女の部屋に入れるものね、この常識知らず」

「はっはっは! 分かっていないね世界の巫女、いや、皇女リリー・シュヴァイツ。世界がまだ僕に追いついていないだけなのさ」

「世界があなたに追いつくのは世界が滅んだとしてもあり得ないから安心していいわ」


 減らず口の減らない男だ。こちらがいくら罵詈雑言を吐こうが、皮肉を飛ばそうが、飄々とした態度で軽く受け流す。その様子がとても腹立たしい。

 部屋の外からはドタバタと何人かの慌ただしい足音が聞こえる。この男のことだ、行く手を阻むメイドたちを尽くかわしてきたのだろう。


「つれないな、僕たちの仲じゃないか。僕の妻らしく『おかえりなさいませ、あ・な・た!』くらい言ってみたらどうだい?」


 私からの言葉を待つかのように両手を広げ、笑いかけるランスロット。私はそれを無視してフイと顔を逸らした。

 こんな男の妻になるなんて死んでもお断りだ。そんなことをするぐらいなら、邪竜の退治をしていた方がよっぽど有意義だと言える自信がある。


「おかえりくださいませ、クソ王子。あんなの親が勝手に決めたことよ。それに従う気はないわ」

「やれやれ、強情なお嬢さんだ。手篭めにするには時間がかかりそうだね」

「それで、わざわざ私の部屋まで来た理由はなんなのかしら? くだらない理由なら閉め出すわよ」


 そう言うと、ランスロットはまるで怖いとも思っていない癖に、震え上がるふりをした。その様が非常にかんさわる。


「なに、愛しの妻が何をしているのかと思ってね。実はただ遊びに来ただけなんだ」

「リース、クソ王子がお帰りみたいだから、お見送りをしてさしあげて」

「え、え…!? で、ですが……!?」

「いや、いいよリース君。妻に追い払われた夫は悲しく去ろうじゃないか」


 その言い方だとまるでわたしが悪いみたいじゃない。

 そう言おうとして、踏み出された私の足はピタリと固まったように止められた。

 私の意思に反し、勝手に脳が世界とのリンクを始める。繋げているのは私じゃない。世界が私に繋げている…!

 その速度は異常。世界にとって私の存在など、多量に存在する有象無象の一つでしかない。そんなものに遠慮をするなど馬鹿げている。

 その結果として、世界は通常2時間かけて取得する情報をたった一瞬のうちに私の脳に焼き付けた。


「……ァ……!?」

「お嬢様!?」

「どうしたリリー君!!」


 2人の声が遠い。

 上限を遥かに超えた情報は、無情にも神経を焼き尽くす。意識は既に現実にはない。私の意識は世界より送られる情報の海の中で溺れていた。


 意識が沈んでいく――――どこへいくと言うの?

 身体うけざらにひびが入る――――からだが……苦しい。

 存在カタチが崩れていく――――耳鳴りが鳴り止まない。

 飲まれる…――――何に?

 消える……――――どうして?


 たない。このままでは壊れる。

 まるでその目に焼き付けろと言わんばかりに、リンクの切断は拒否されている。

 いくら世界の巫女であろうと、所詮はただの小さな存在。世界うみへ放り出されればそれに飲まれるのは明らかな事実だ。


 怖い。このまま自分が消えてしまうのかと思うと、たまらなく怖くなる。壊れてしまえばそこで終わりだ。私の辿る結末など廃業処分ジャンクヤードに他ならない。

 知らず知らずの内に手を伸ばす。助けを求める私の声が誰かに聞こえるはずもない。

 当然の話だ。今の私の意識は私の中にあるのだから。


 伸ばされた手が掴まれないと知ってなお、私の無意識は助けを求めた。

 それは無意識の生存本能が働いた証拠。もとより期待などしていない。

 混濁していく意識の中、私の手は唐突に誰かに掴まれた。


「――――え?」


 グイッと引っ張り上げられる感覚。薄れていた意識が一気に覚醒した。

 私の手を掴むそれはどんどんと世界(うみ)の底から引き上げる。まるでそれが自らの使命だといわんばかり。

 浮上していく自分。その世界(うみ)の境界線を越えたとき……。


「――――――――!!」


 私はすべてを理解し、現実に浮上した。


「お嬢……様?」


 リースが心配そうに言う。ランスロットも厳しい顔つきで私のことを見ていた。

 壁の時計を見てみる。リンク寸前には見ていないものの、以前見たときからそれほど時間は経っていない。恐らく、時間にしてたった数秒の出来事だったのだろう。

 手を軽く握って開いてみる。体の動きは正常だ。どこにも異常は見られない。


「……なんでもないわ。大丈夫よ、リース」

「しかし…!」

「私が大丈夫と言ったら、大丈夫なのよ。どこにも異常はないわ」

「……お嬢様がそう仰るのでしたら」


 私が言葉を重ねてようやくリースは引き下がった。無理もない。あんなことが突然起きれば心配するのも道理だ。


「それより、そこの礼儀知らずはいつ帰ってくれるのかしら?」

「あ…いや、なに。僕の愛するリリー君が急に謎の発作を起こしたからね。心配するのは当然じゃないのかな?」


 ランスロットは我に返ったようにいつもの緩みきった顔に戻ると、いつもの口調で笑いかけた。

 フンとそれに鼻を鳴らして答えてやると、ランスロットはくるりと私たちに背中を向ける。


「さて、今度こそ本当にお暇させてもらうよ。やることを思い出したからね。では、失礼する」


 靴音も高らかに部屋を去るランスロット。おかしい……。

 てっきりなんやかんやで部屋に留まると思っていたので、好都合だ。

 その音が聞こえなくなってから、私は隣にいるリースに告げる。


「リース、外出の準備をなさい。これから出かけるわよ。あとクレスにも声をかけておいて」

「お、お嬢様!? いったいどうしたのですか? そ、それに外出って……!」

「いいから早く。他に取られたら厄介なことになるわ」

「と、とるっていったい何をですかぁ!?」



「決まってるわ……。この世界に現れた勇者よ……!」



????……魔法使いを名乗る女性。魔法らしき技術を使い、ところどころ妖精のような容姿を持つ。


アンジェ……魔法使いと名乗る女性に呼び出された純白の竜。随分と女性に懐いており、翼に黒い紋様が描かれている。


リリー・シュヴァイツ……世界の巫女であり、皇女でもある少女。世界を見通すことのできる、リンクの能力を持つ。


リース……リリーの専属の付き人。弱気でいつも何かに怯えている。


ランスロット・オルディン……リリーと婚約をしている青年。まだ若いながらも王子としての実力を有している。


クレス……????


7/14 誤字を修正。

7/29 後書き欄にクレスを追加。

9/17 誤字を修正。

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