第1話 起因を呼ぶ者
自分のことを知っている人はお久しぶりです。
そうでない人ははじめまして。博麗まんじゅうこと鋼鉄侍です。
以前、『異世界?へぇ、異世界か……、ってはぁ⁉』を掲載させていただいていましたが、こちらの事情で掲載を中止させていただいていました。
しかし、その私事もある程度の収束が見えたので、執筆活動を再開させていただきます。
相変わらず更新が遅く、拙い文章ではありますが、よろしくお願いします。
――何があっても譲れないものがあった。
――誰にも渡せないものがあった。
――たとえ、自分が犠牲になったとしても、守りたいものがあった。
――それがどんなに愚かだったとしても守り抜かねばならないものがあった。
――周りからなんと言われようとやらなければならないことがあった。
――自分に任された使命があった。
――この手で拾えたものがあった。
――手の内から滑り落ちてゆくものがあった。
――知りえた真実があった。
――闇に葬られた過去があった。
――背負わねばならないものがあった。
――捨てなければならないものがあった。
――ずっと走り続けてきた記憶があった。
――虫食いのように綻びた想いがあった。
――己が生きた証を守り続けなければならなかった。
――たとえ、それがどんなに救いようのないものだったとしても……。
§
始まりはいったいいつだったのだろう? いつの間にか世界の歯車はゆっくりとずれ始め、あるべき姿から遠ざかろうとしていた。
あるべきモノが無く、いないはずの異形の者たちが姿を現す。それは、世界の巫女たる私から見れば異様としかいえない光景だった。
脳に伝わる世界の様相は刻一刻と変化している。こうしている間にも、世界は道を外れ、光無き闇へと突き進んでいるかのようだ。
今、脳裏に映っているのはとある村の様子だった。村の畑を荒らす狼の様をした異形たち、そしてそれに立ち向かう二人の男女の姿。
だが、男女たちはすでに満身創痍。男は全身に傷を負い、服はボロボロになっている。女は腰が抜けて立てないのか、地面にへたり込んでがちがちと歯を鳴らしていた。二人とも立っているのもやっとといった有様だ。
異形の一匹が女に飛び掛かる。男は手に持っているクワで女をかばうけれども、振りかぶった一撃は虚しく空をかいた。
その隙を見逃す異形たちではない。たちまち女に飛び掛かり、その肉を食いちぎらんと喉笛に噛みつく。
そこで私は無理やり世界とのリンクを断ち切った。強烈な負荷が脳にかかり、脳を内側から圧迫される。全身がねじ切れるような感覚と脳天をたたきつけるような衝撃が私を襲った。
「…………ァ!! ……ぅ!?」
思わずその場に倒れ込む。激痛はまだ続く。
痛みに苛まれる私をあざ笑うかのごとく、痛みの波が私に押し寄せた。あまりの痛みに精神がばらばらになってしまいそうになる。
「…………ッ!」
歯を食いしばり、耐える。今できることは大人しく痛みが引くのを待つだけだ。
全身が引き裂かれるかのような感覚はしばらくした後にあっけなく消えていった。
ゆっくりと立ちあがり、軽く頭を振る。少し体がふらつくけれど、しばらくたてばまた元の通りになる。
今一度、世界と切断する前の映像を思い出す。間違いなく、あの映像にあった女と男は助からないだろう。
幾度となく見慣れた光景だった。世界全体を見渡すことができる私にとってみれば、これは当たり前の光景でしかない。どこででも異形が湧き、村を襲う。多くの人が亡くなる光景をこの目に、この脳に焼き付けてきた。
初めて世界とリンクした時には絶えず吐き気を催していたが、今はそんなことはない。人が亡くなる寸前で体が勝手にリンクを拒絶してしまうからだ。
結果として私は何度もこの痛みを味わってきた。けれども何度味わってもこの感覚だけは慣れない。いや、慣れるはずもない……。
瞼を上げゆっくりと上を見上げれば、そこには純白の祭壇と女神像があった。慈愛に満ちた表情で両手を広げいてる像は、まるですべてを受け入れるかのごとくそこにある。
女神アルテミア、それがこの像の元となった神の名だ。
かつてこの世界を創造し、今もなおこの世界を見守っているとも言われている。
しかし、人々の前にその姿を現すことはない。なぜならそれは世界の破滅を意味するからだといわれている。
なぜそういわれているのか。それはいまだに謎とされており、多くの考古学者や研究者たちがその真実を解き明かすため、日々研究を重ねているらしい。
後ろを振り向けば、市民たちが座るための長椅子が置かれている。
ここは王都シュヴァイツの中心に位置する教会。数多くの人々が、亡き人を弔うために訪ねては涙を流す、悲しき末路の集う場所。その名を【涙碧苑】と呼ぶ。
この教会は世界有数の第一級教会でもある。第一級というのは、簡単に言ってしまえば教会としてのランクが高いという話だ。
それ故に、この教会にはとある巨大なステンドグラスが飾られている。
視線を前に戻し、上を見上げればそこには絢爛なステンドグラスがある。聖剣とそれを手にする男の姿が描かれた巨大な一枚絵。
男は剣を天高く掲げ、その瞳は黒い雲海よりのぞく女神を射抜いている。
それはとある英雄譚をモチーフにして作られたものだ。この国の人間のみならず、世界の誰もが知るお伽話。
――空に輝く凶星、光の丘に落っこちた。
――大地に落ちた凶星、闇より獣を生み出した。
――闇より出でし獣たち、世界に不浄をばらまいた。
――世界は不浄に覆われて、女神はそれに涙する。
――消えし灯は崩れゆき、純白の鏡は果てに消え、闇を照らすものはそこになし。
――黒き秩序に蝕まれ、希望は絶望に変わりゆく。
――全てが零に消えるとき、剣とともに勇者は現れん……。
それを口ずさむと、私はほぅと息を吐いた。
昔はその勇者に恋焦がれていたものだ。【世界の巫女】が勇者を支える存在だと知った時、死にもの狂いでそれに目指し、今に至ったのも、世界を救ってくれる勇者に影響を受けたからに他ならない。
だが、現実はどうだ?
世界が荒れ果て、人々が苦しみに溺れていても、勇者は一向に姿を現さない。それどころか、自分が勇者だと戯言を言い始める阿呆まで出る始末だ。破滅の危機を迎えているというのに、一切のアクションすらない。
この悪夢のような時代が始まってからもう数年余り。国々は異形を放置したまま戦争を繰り返し、人々は疲弊しきっている。
いつかは来てくれる、いつかは現れてくれる。そう信じて随分経った。今ではもうそう思うことすら馬鹿らしい。
もう一度だけ、ステンドグラスを見上げた後、ゆっくりと私は振り返った。
「…………。勇者、か……」
何もできないことはとうの昔に痛感している。私にできることはただ世界を視、勇者が現れるのを待つことだけだ。
何もできないならば……、せめて勇者の出現くらいは……。
そう考えて、頭を振る。
「勇者なんて……、馬鹿みたい……」
そう呟いて、私は教会を後にする。
教会の扉は重厚な音を響かせ、外へと開いていく。その先には、いつもと同じようにある街の姿。
まだ早い時間のせいか、通りに人の姿は少ない。時間がたてばじきにここも活気づくだろう。変わらぬ景色がまるで皮肉のようだ。いずれ終わりを迎えるであろうその時を知らずに、あり続ける日常。
願わくば……、いつまでもこの景色のままありますように。
そう、叶わぬ願いを抱いて私は空を見上げた。
⁇⁇…世界を見渡すことができる能力を持つ少女。自身のことを【世界の巫女】と称している。
7/13 誤字を修正。
2014/05/05 本文改稿