異世界蔵鼠、料理を振る舞う
「いやだからボクは思うわけよ。これはわざわざ似たような名前をつけた方が悪いだろうって!マシシと聞いたらこっちはねぇ、魔の獅子……ライオンを思いつくんだよ。とてつもなく凶暴なライオンをね……想像するんだよォ!」
※マシシ……山岳地帯に棲む魔族。魔王軍につかえていたものもいたが、現代では野生化した。テラースでいう、猪に類似した種族であるため、以降、魔猪と記す。
「ライオン……それはパンテイラ・レオンの祖先ではなくて?」
「パン……なんだって?」
「獣人族の権威者。この前会ったでしょ?」
聴き馴染みのない名前にキヌゲは困惑してしました。
それもそのはず、キヌゲはこの世界に馴染むため、召喚時に言語が自動翻訳される加護を受けておりましたが、テラースとこの世界の言語の翻訳が複雑で、一部誤訳してしまうようでした。
ここは魔族領域の山岳地帯。
魔族の街から、アイヲン族という人種の街へ向かう道中の出来事。キヌゲは魔法使いのファウスタに昨晩の出来事を改めて説明していました。
「まぁだから、つまりだ、ファウスタさん。ボクは権威者によく似た魔物を想像したわけだ」
「そりゃ随分と恐ろしいものを想像したねぇ」
「そうだろぉ?恐ろしかったよぉボクは。そんなのが彷徨いているという場所を、このほぼ無防備な馬車で通ってるというもんだからね、ボクはもう気が気じゃなかったんだよ」
馬車には、数度の強襲を耐え凌ぐ軽微な結界が張られていましたが、キヌゲはそんなことを忘れていたようでした。
キヌゲは来た道をなぞり、山岳の中腹を指しました。その場所は、昨晩キヌゲたちが野宿した場所でした。
「それで昨日の夜中だ。お星様もよく見える場所でボクたちは野宿をしたね?」
「そうだね」
「そんなに危ない魔物は出ないだろうけど、一応マシシが出てくるから、警備役を1人ずつ交代しながら寝ようということになったね?みんなで」
キヌゲは、自身、ファウスタ、荷物番、馬車の運転手を順番に指しました。
「ボクはひとり起きてた時、マシシがいつどこから出ても問題ないよう警戒してたよ?戦うことは難しいけれども、君たちを精一杯起こそうと思ってね?そしたら草葉の影からガサガサガサと音がしたんだ。ボクはすぐに気がついたよ。もしかしたらマシシかもしれないと思ってね。けど、一旦起こすのはやめたさ。なにせ一昨日ボクは君たちを起こしすぎて怒られたところだからねぇ」
「アレはまぁ確かに、たまったもんじゃなかったですよ?こっちは十分に一度は起こされてましたから」
「あぁ、アレは悪かったと思うよ。だから今度はちゃんと見て、判断しようと思ったんだ。じーっと草むらを見てたらさ、なにかがこっちを見てたんだよ。ボクと同じくらいの大きさの、なにかがだ。ボクはすぐ起こしたね?みんな起きてくれー!って」
「そうだね……キヌゲがあまりにも必死に起こしてきましたから、すぐに警戒しましたよ」
ファウスタは笑うのを堪えながら返事しました。そうしてそのままキヌゲに尋ねました。
「それで、出てきたのはなんでしたか?」
「……ウリ坊だったね」
キヌゲはボソリと答えた。
ファウスタは堪えきれず、大きく笑いました。
昨晩、キヌゲが見たのは、少し離れた火に照らされ大きくなったシシの子供(テラースにおけるウリ坊)の影でした。
「キヌゲ、あの時は呆然と見てましたが……」
「しょうがないだろぉ!あの時はボクだってもうどうしようか困ってたんだから……!」
「しかも一応親シシがいるから離れましょうってなったのに、キヌゲ、腰を抜かして動けないって……っ!」
ファウスタはまた大きく笑いました。大きく笑いすぎて、むせてしまいました。
「こっちはねぇ!こんな知らない場所で知らない言葉を聞いて咀嚼しているんだからな、もう少し労ってもらってもいいんじゃないかなぁ!」
「すみません!すみません!」
ファウスタは笑いながら何度もキヌゲに謝っていました。
「しかしキヌゲ、それでいうならあなたも魔族の端くれではあるでしょう?クロハラ族の間じゃああなたは世界を救う救世主と言われているのですから。もう少ししっかりしてくれないと」
「しっかりしてくれないと言われてもねぇ……」
「そもそも、言葉が大変だと言うけれども、私たちと同じ大きさの有毛齧歯類なんて珍しいですが、あなたの世界では珍しくなかったんじゃありませんか?」
「……いや、存在しなかったけど」
「存在しなかったんだ……」
キヌゲ。
テラースの長さでいうところの、およそ百八十センチメートルほどの身長をもつハムスター。
キヌゲは魔王の命で、魔法使いと共に、世界を救う旅に出ていました。
「ならマシシも受け入れてよ。自分の存在がまず違和感あったんじゃないの?」
「いやぁ自分の身体は受け入れられるが……マシシはなぁ」
ガサガサッ!
「おぉおぉおぉ、物音!」
「森の方からですね」
ファウスタが立ち上がり、杖を手に取りました。
影から飛び出してきたのは、自然族の人間でした。
「み、水……」
「大丈夫かおい!」
荷物から水筒を取り出したキヌゲを、ファウスタが呼び止めました。
「待ってくださいキヌゲ!警戒を……」
「うわあああああ!魔族だあああああ!」
キヌゲを見た人間が、持っていた鞄を振り回しました。キヌゲは話を聞くよう説得しましたが聞いてくれず、人間が振り回していた鞄が顔面にめり込みました。
「ぐぇっ!」
キヌゲは人間に突きとばされ、後ろにすってん転びました。あわてて荷物番が人間を取り押さえました。
「キヌゲ……!大丈夫ですか?」
「あいててて……」
「命だけはご勘弁を〜〜〜!」
「落ち着け!とって食いやしねぇよ!」
キヌゲが人間にそう答えると、ほんのちょっぴりの揺れと共に、草木をかき分ける音が聞こえてきました。
なんだなんだと警戒したキヌゲたちの目の前に現れたのは、一匹の魔猪。それも、キヌゲたちと同じくらいの大きさをした大人の魔猪でした。
魔猪は口を大きく開き、叫びました。
「グオオオオオオオ!お腹がすいたのよおおおおおおおおおお!」
大人の女の人のような声で魔猪は叫びながら暴れてました。
「とって喰われるうぅ!お助けえぇーー!」
「うるせぇ!抱きついてくんな!」
取っ組み合うキヌゲと旅人を見た魔猪が二人に突進してきました。
キヌゲと旅人は、お互いを強く抱きしめ、突進してくる魔猪を見て叫びました。その時、二人と魔猪の間にファウスタが割り込み、魔猪に向けて光る壁を作りました。
六角形が集まってできた光る壁は、魔猪の突進による衝撃を揺れながら受け流しました。
「キヌゲ!はやく保存食を……!」
「わかった!」
キヌゲはその場からすぐに離れ、荷物の中から黒くて丸い食べ物を取り出しました。それは、山岳に生えるモンティス・セカレ(ライ麦の一種)で作った、ラピデス・パニスというパンでした。
キヌゲはそれを魔猪に向かって投げました。
魔猪は飛んでくるパンを口の中に入れました。
「……って硬いし酸っぱいじゃなーい!石を食べさせようとしたの?!」
魔猪はパンを吐き出して、ひどく怒りました。
「しまった、保存用のパンだからそのまま食べられないんだっけ!」
「キヌゲ〜!」
「ごめんて!」
バリアを張りながら、睨んできたファウスタに、キヌゲはひたすら謝りました。
「こうなったら作るしかないな……料理!」
「今から!?」
「そう、今から!頑張って耐えてくれ!」
「ぐぐぐ……なるべくはやく作ってくださいよ!」
ファウスタのもとに、荷物番と馬車の運転手も加勢します。
キヌゲは大きく頬を膨らませ、自分の口の中から鍋を取り出しました。
「うわっ汚っ」
「汚くないわい!煮沸消毒された状態で保管されてるわい!」
感想が漏れ出た旅人にキヌゲは言います。
これこそが、キヌゲの持つ能力の一つ。キヌゲの頬袋は、無数の調理器具や食器などを格納できる貯蔵庫でした。
物体全てが外に取り出されるまで、無菌のバリアで包まれるので、キヌゲの唾液まみれになることはありません。とても便利ですが、食べ物を入れて取り出すのは、見た目的に良くないと魔法使いに苦言を漏らされ、保管するのは器具や道具に限ることにしました。
キヌゲは荷物から水とバターを取り出しました。香辛料を探しましたが見つかりません。
「香辛料がなくなってる!いつのまに……まさか昨日、マシシを追い出そうと振りまいたからか!?」
「香辛料なら、ここら辺で生えてる場所を知ってる。少し待っててくれ!」
旅人はよろめきつつも立ち上がり、草むらの奥へ走って行きました。
キヌゲは頬から火打石を取り出し、自分の抜け毛を種に火をつけました。火を大きくしている間に、旅人が戻ってきました。
「こんなもんで良いか?」
旅人はキヌゲの目の前に香辛料を広げました。クミンに近い香辛料と、白い球根はニンニクのようでした。
「ありがとう!助かった!」
キヌゲは旅人にお礼を言い、香辛料を受け取りました。
クミンのような香辛料をすりつぶし、油を入れた鍋の中に入れました。その後、白い球根を割り、出てきた身を二粒、鍋に入れて潰しながら、香辛料と共に炒めます。
炒めてくうちに、鍋から刺激的な匂いが漂い始めました。
「いい匂いだ……腹が減ってくる……」
旅人が言いました。
「ほんとよ!もうお腹空いてしょうがないわぁ!」
魔猪の動きが一層、乱暴になりました。
「キヌゲ!まだ出来ませんか!?」
「まだだよ!スープ作るもの!」
「スープだって!?こんな非常時に!?」
「しょうがないでしょうよ!あのままだと食えたもんじゃないんだから!ふやかすしかないでしょうよ!
」
訴えるファウスタに対し、キヌゲも反論します。
「食べるようにしてももっとこう……手っ取り早いのにしてくれ!私らは防ぐことしか出来ないんだから!急いでよはやく!」
「やぁってるっての!黙って守ることに集中しなさいよアンタ!」
「作りながらよう喧嘩する……」
旅人はキヌゲたちに聞こえないよう、ボソリと呟きました。
キヌゲは旅人と協力しながらパンをちぎり、鍋に入れました。水を入れ、パンを潰しながらゆっくり煮込みます。
魔猪が暴れ、地面が揺れるなか、キヌゲはファウスタが大丈夫か、そして攻撃がこないかハラハラしていました。それでも手を抜かずにスープができるのを待ちます。
数分待ち、一番小さなパンのかけらがスープの中に溶けました。
キヌゲはもう一度鍋に香辛料を入れ、最後にバターを一欠片入れてかきまぜます。
「できた、できた!あともう少しだ!」
バターが溶けきったのを確認したキヌゲは、頬袋から食器を出し、スープを入れていきました。
鍋に残ったスープを持ち、ファウスタや魔猪の元へ駆け寄ります。
「待たせたな!食いねえ!」
キヌゲは魔猪の前に現れ、鍋を差し出しました。
魔猪はジロリとキヌゲを見ました。
「なんですって?」
「…………スープでございます。お召し上がりください」
キヌゲはそっと地面に鍋を置きました。
魔猪は匂いを嗅ぎ、一口だけ口に運びました。
「なによこれ!美味しいじゃない!」
魔猪は目を開き、鍋の中にあるスープにがっつきました。ファウスタたちは安堵し、構えを解きました。
「……安心したらお腹空いたな。どれ、私たちも食べますか」
ファウスタたちも、旅人からスープを受け取り、食べることにしました。
「これは……パンがほぐれて、食べられる!酸味もスープで薄まりつつも、バターや香辛料とよく合いますね」
ファウスタは感想を言いながら、スープをどんどん口に運びました。他のみんなもうんうん頷きながら、あっという間にスープを平らげました。
魔猪もすっかり満足した様子で、深く息を吐きました。
「もぉーお腹いっぱいになったわ。どうもありがとう、それに、暴れちゃってごめんなさい」
「いいってことさ。腹が減ったら余裕がなくなるもんな」
頭を下げた魔猪に、キヌゲは手を振って答えました。
「俺もごちそうさまでした。こんな優しい魔族、初めて会いました」
「こちらこそ、香辛料探してきてくれてありがとう」
キヌゲと旅人は、握手を交わしました。
キヌゲたちは魔猪を見送り、旅人と別れました。
「さて、私たちも行きましょうか。キヌゲ、いつまで座っているんですか?」
ファウスタがいつまでも地面に座っているキヌゲに聞くと、キヌゲは気まずそうに答えました。
「……腰が抜けて動けない」
「腰ぃ?なんでまた」
「魔猪に睨まれて……腰が抜けたの!」
「なぁにぃ!?……もう、しょうがないですねぇ」
ファウスタはキヌゲに手を差し伸べました。
「しまらないですね。全く」
「いやぁ……面目ない」
キヌゲはファウスタの手を取りました。
この物語は、料理をする人間と同じ大きさのゴールデンハムスターキヌゲと、攻撃魔法が使えない魔法使いファウスタが、ちょっとだけ言い争いつつも、共に手を取り合い、世界中にいるお腹の空いた人々や魔族を救う、そんな物語。
この先、どのような出来事が彼らに起きるのか。
次の物語は、またいつか。
【完】
異世界で書くならこんな感じだろうか。
啝賀です。
この度はお読みいただきありがとうございます。
さて、今回のお話は……一応、異世界転生ものなのでしょうか。短いお話なので、あまり転生要素とかはないかもしれません。言うて異世界ファンタジー?
突然魔王を名乗る方から翻訳と掲載の依頼を受けたので、翻訳させていただいた次第です。
人間と同じ大きさのハムスター……面白いですね。僕はハムスターが好きなので、そんな風になりたいと夢見た日もありました。
いつか本物のハムスターを家族に迎えるのが、僕の人生の目標です。
この物語も、いつか結末が来るのでしょうか。
次のお話でまたお会いしましょう。
啝賀でした。
衛生面?そこはまぁ、神……いや、魔王様の加護とかがあったのかもしれませんね。




