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幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる 〜ネガティブ男子がポジティブな美少女幼馴染を振り向かせるラブコメ〜  作者: 十色
第二章

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第28話 葵のご褒美【3】

「ご、ごめん!」


 湯船に浸かりなおした僕は、何故かそう謝った。葵の姿を見ないように背を向けたままで。これ以上、『あの体』を見ていたら理性の針が振り切れてしまう。


 僕だって、これでも一応男だ。理性の箍が外れたら、何をしでかすか分かったものではない。


 葵を求めているとは言っても、僕はそのような形でお互いの体を重なることを望んではいない。


 それは葵も同じだろう。


「……憂くん、なんでそっち向いちゃうの?」


「べ、別に。葵こそ、すぐ僕の方を見ないようにしてたじゃん」


「そうだけど……」


 今にも消えてしまいそうな程に小さな声。それには色濃い寂しさと困惑が混ざり合いながら滲んでいた。


「い、一緒に入っちゃっていい?」


 浴室で反響する葵の声。それが僕をより緊張させ、いっそう体を固くさせた。


「う、うん。別にいいよ。約束だし」


「そ、それじゃお邪魔します」


 湯船が波を打ったことで、葵が入ってきたことが分かった。背を向けて葵を見ないようにしていたけど、なのに、それだけのことで僕の思考と心の余裕は全てを持っていかれてしまった。


 チラリ、と。少しだけ葵の様子を見やる。彼女もまた、僕と同じように湯船の中でコチラ側に背を向けていた。


 しばしの沈黙が生まれた。


 この狭い空間――いや、世界の中で。


 その沈黙にピリオドを打ったのは葵の方だった。


 そして伝わる。葵の緊張感が。


 浴室内の空気が張り詰めているのを感じる。酸素が薄くなってしまったかのようだ。呼吸ができなくなる程に。


 これから、僕達はここで何をしようとしているのだろう。


 そして葵は、どんな『ご褒美』を期待しているのだろうか。


 本当の意味での、『ご褒美』を。


 *   *   *


 湯船の中で、お互い背を向け合い、それぞれの体に体を預けるようにして、僕と葵はしばしの間言葉を発することはしなかった。


 僕達二人が生んだ、静寂。気恥ずかしさはあるけど、不思議と気まずさは感じなかった。むしろ、心地良い。


「――なんだかさ、懐かしいね」


「そうだね、懐かしい。小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったりしてたもんね」


「本当だよねえ。なんか遠い昔のことのように思えるよ。あの時は恥ずかしいとか、そんなこと全く感じなかったのにね」


「僕は少しだけ恥ずかしかったけどね。だってさ、葵の胸が少しずつ大き……」


 言ってから後悔した。これではせっかく心地よく感じていた空気の色が、また変わってしまうじゃないか。


 しかし、変わらなかった。


 空気も。


 そして、葵も。


「あははっ! あー、やっぱり見てたんだー。って、気付いてたけどね。あんなにじーっと見されてたら私じゃなくても気が付くって。女子って敏感だからさあ、そういう視線に」


「ご、ごめん……」


「ぜーんぜん。大丈夫、大丈夫! だってお互い様だから」


 ……お互い様?


「え? 葵? それどういう意味?」


「私も憂くんのしっかり見てたからさ。じっくりと。観察って感じかな?」


「はあ!? じ、じっくり? 観察!?」


「うん、そうだけど? 女子って意外とエッチなんだよ? 男子よりもずっと。だから今でも焼き付いているのですよ、この葵様の脳裏に」


 嘘だろ!? あの時の葵はそんなそぶりも何も見せなかったから全然気が付かなかった。しかし、まさかそんなことをしていたとは……。


「……して、葵さん? ど、どう思ったの? 『観察』の結果」


「うん。そこそこでした」


 それを聞いて、僕は湯船の中に顔半分まで沈め、ぶくぶくと浴槽に泡を作った。幼馴染でしかも女子にそこそことか言われると、なんかショック。


「……僕は葵のことを考えて、見たらダメだと思ったから一緒に入るのやめたのに」


「そうだねえ、それはお互いのためだったと思う。憂くんと一緒に入れなくなったのはちょっと寂しかったけど。でもそれ以来、ずっとエッチなことを考えるようになっちゃったなあ」


 意外だった。葵の口からそんな言葉が出てくるなんて。


 でも、よくよく考えてみたら当たり前なことなのかもしれない。女子の方が精神年齢の成熟度は男子よりもずっと早いと聞いていたから。


 だが、僕はそれを聞いた途端、葵に対してさっきよりもずっと大きく意識してしまうようになってしまった。


 せっかく少しずつ冷静になってきてたのに、一瞬でひっくり返った。まるで、オセロだ。一度隅を取られたら、ちょっとした一手で状況が一変してしまう。


(完全に後手に回っちゃったな)


 心の中で、そう呟く。


 換気扇の無機質な稼働音が、やけに大きく聞こえて仕方がなかった。


「ねえ憂くん? 背中、洗ってあげようか?」


「……いいよ、自分で洗えるから。もう子供じゃないんだからさ。それくらいできるよ」


「そっか。憂くん、もう子供じゃないんだ。私はまだ子供だから。成長できてないのかもね。いつまで経っても大人になれないでいるの」


「十分大人だよ」


 葵はかぶりを振った。


「それ、私の体を見て思ったんでしょ。このムッツリめ。私が言ってるのは精神的にってこと」


「精神的に?」


「そう。今日だって、憂くんがもし帰っちゃったらどうしようとか、寂しくなっちゃうとか、そんなことをずっと考えてたし」


 ふと、葵が以前言っていたことを思い出した。


『本当はね。落ち着かないんだ。誰もいない家に帰ってくるのが』


 あの時の葵からは、いつものポジティブさを全く感じなかった。


 でも、理解できた。確かにあの時の葵の言葉には寂しさや心細さという負の感情がいっぱいに詰まっていた。それはきっと、もう一人の『子供の葵』としての言葉だったんだと。


 ――僕も覚悟を決めよう。


 あえて、『子供』になるために。葵と同じ目線で話をするために。


「じゃあ、お願いするよ」


「え? 何を?」


「さっき言ってたこと。背中、洗ってくれるんでしょ」


 背中合わせでも、顔を見なくても、僕には分かった。


 葵が今、目を細めていることが。



『第28話 葵のご褒美【3】』

 終わり


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