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幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる 〜ネガティブ男子がポジティブな美少女幼馴染を振り向かせるラブコメ〜  作者: 十色
第二章

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第26話 葵のご褒美【1】

 あれから。


 泊まらせてもらうことにした僕は、葵につきっきりで勉強を教えた。


 今度はウサギの絵を描いたり、人生のお勉強やらをしたいなどと駄々をこねることはなかった。


 教科書と、それと僕に対して、真剣な眼差しでしっかりと向き合ってくれた。真面目に。そして真摯に。


 これで赤点を取ってしまったら仕方がないと思える程に。


 *   *   *


「ふうー、さすがに疲れたね」


 僕は両手を絡ませて、それをそのまま天井に掲げるようにして背伸びをする。三時間ノンストップで勉強を教えるというのも、案外疲れるものだ。


「葵もお疲れ様。あれだけ集中したらやっぱり疲れたでしょ?」


「……………………」


 声をかけたんだけど、無言。


 葵はローテーブルに突っ伏したまま動かなくなってしまった。『返事がない。ただの屍のようだ』って感じ。人間って、限界の限界を迎えるとこうなっちゃうんだ。


(今、何時なんだろう)


 部屋に掛けてある時計を確認した。いつの間にか、もう午後二十二時を過ぎていた。あのウサギを描きまくってた時間が長すぎた。もっと早く気付くべきだった。時間は有限だから。


 とりあえず。僕はお風呂をお借りすることにしよう。明日も学校があるし、そろそろ寝る準備に入った方がいい。


「ねえ葵? 申し訳ないけどお風呂をお借りするね。それで、僕の寝巻きなんだけど――」


 そこまで言ったところで、僕は袖口をギュッと掴まれてしまった。ローテーブルに突っ伏したままの葵に。


「……うび」


「え? なんて言ったの? 声が小さくて聞き取れなかったんだけど」


「ご……ご褒美、前払いしてもらえない……かな」


 テーブルに突っ伏しながらのたったその一言で、僕の心臓が早鐘を打った。


「そのご褒美は、あ、あれじゃん。期末試験で赤点を取らなかったらって話だったじゃん」


「分かってる。分かってるけど……あの……ま、前払いさせてくれないかな?」


 テーブルに突っ伏したままの理由がやっと分かった。実際に疲れもあるだろうけど、それ以上に見られたくないんだ。今、真っ赤になっているであろう自分の顔を。


「そ、そう言われても……」


「憂くん。ちょっと待ってて」


 僕に顔を見られないようにしながら、葵は一度自分の部屋を出ていった。その間、僕は何度も深呼吸を繰り返す。少しでも気持ちを落ち着けることに集中し、考えるために。


「も、待ってきた……」


 ドアを開けて入ってきた葵が手で抱えてるそれを見て、僕は唖然。


「は? ちょ……寝巻きは分かるんだけど、なんで葵がそんなものを持ってるわけ?」


「こ、この前、憂くんのお母さんから一緒にお借りしてきたの」


 葵が手に持っていたのは僕の寝巻き。それと、学校のプールの授業で履く男子用のスクール水着だった。


「ちなみにさ。母さんになんて言ってそれ借りてきたの?」


「えっと……憂くんがプールの授業で履く水着を忘れちゃったみたいだから取りに来ました、って言ったの。そしたら憂くんのお母さんが渡してくれた」


 母さん! 女子高生に簡単に騙されてどうするのさ! 不自然極まりな……くはないか。親切な幼馴染ねえくらいにしか思わないはず。長い付き合いだから、母さんも葵のことを信用しきっている。それに、僕は結構抜けてるからよく忘れ物もしちゃったりするし。十分あり得る話だ。


「お願い、憂くん。前払いを……。なんだったら、利息を付けてお返ししますので」


「利息って……。どんなふうにそれをつけようと考えてるの?」


 それを聞いて、葵は恥ずかしそうに顔を赤らめた。一体、どんな利息を付けようと考えてるのか問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。


 でも――


「お願い、憂くん。もしご褒美を前払いしてくれたら、私、もっと頑張れると思うの」


 葵の柔弱な表情を見ていたら、何も言い返すことができなかった。


 柔弱。弱気。寂しさ。憂い。色んな感情が入り混じった、葵の表情。断るに断れない。


 恋人だからだろうか。それとも、これが父性というものなのだろうか。僕自身も、自分が抱いている感情を理解できないでいた。


 でも、ひとつだけ確かなことがある。


 僕は葵の望みを叶えてあげたいと、強く想っているということを。


「――分かったよ。いいよ、前払い」


「本当!? 本当に叶えてくれるの!?」


「男に二言はない……くはない」


「えー、なんでー。二言はないってはっきり言ってよー」


「はっきりって言われてもなあ……。というかお前、さっきよりずっと元気になってない? 前払いする必要ないんじゃない?」


「あ、えーと……。ご、ゴホッゴホッ。きゅ、急に持病のアレが」


 持病のアレってなんだよ。お前、これまで一度も風邪で欠席したことがない健康優良児じゃないか。今回だって無理やり僕が学校を休ませただけだし。


「はあー……。分かった。分かりました。その代わり! 絶対に。ぜーったいに葵も水着を着てくること! それだけは約束してよね!」


「はい(小声)」


「なんでそんなに声が小さいのさ……」


 葵前払いを希望したご褒美。


 それは、僕と一緒にお風呂に入りたいというものだった。


 まだお互い小さかった子供の頃のように。



『第26話 葵のご褒美【1】』

 終わり

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