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わたくしのパンツ見てたわね! ②

章世はほっと胸をなで下ろして、志乃の構えに二、三つアドバイスを加えながら、バンカーの特徴やちょっとした蘊蓄を語り始める。坂を越えるための無理な構えで、先ほどよりもパンツは露わになっていたが、志乃が周りの視線さえ気にしなければ、ただテカテカの布が見えているだけだ。こうなると、いやらしくもなんともない。


そうそう、こういうのがやりたかったんだよね……章世と沙樹の間にも、温かく緩んだ空気が流れているのが分かった。


「ですから、クラブを砂に付けてはいけないんです。あくまで自己申告ではありますが、紳士淑女のスポーツでして、そこはきちんとした――」


「そうね。こうやって、淑女……淑女ね……でも、貴女たちは全然淑女じゃないわね! わたくしだけ打っているのも、隙だらけのパンツを見るためってことなの⁉ あぁっ、おかしいと思ったのよっ!」


……しかし、そのほんわかとした雰囲気も一瞬でかき消される。志乃は今にもボールを打とうと構えたまま静止していたアイアンをぶんと振り下ろして、バンカーの砂の上に叩き付けた。そしてまた見事な地団駄を踏む。


もちろん、紳士淑女のスポーツであるゴルフのプレー中にこんな蛮行があってはならない。できるなら、章世だって本当はきちんと注意したいところだろう。もう一度明らかにしておくが、ここは志乃の父にしっかりと世話になっているゴルフ場であり、このあと一葉と正恵がレーキでしっかりと砂を平してから先に進むので、なんとか許されているのである。


章世がまたなんとか志乃を宥めようと、砂に半分埋まったアイアンを取り出して手渡そうとする。しかし、彼女はその手を振り払うように再び章世に向かって叫んだ。


「さっきから、遠坂がわたくしの近くで一番じっくり見ていたわね! 今も下から狙うつもりで……あー、恐ろしいわっ!」


「み、見てませんよ! 高松さまの構え方に心からアドバイスさせていただこうと……」


「うるさいっ! 指導だの助言だのと、パンツをジロジロ見る言い訳ばかり。今日はルームメイトも一緒だというのに……そんな浅ましい視線を晒して、恥ずかしくないのかしら……」


掘り出したアイアンを抱えて立ち上がった章世が、何やら冷たい視線の気配を感じて思わず振り向く。後ろにはルームメイトの沙樹が立っていて、ほんのりと疑念が混ざった目で彼女を見ていた。いや、そんなわけないでしょ⁉ また前を向くと志乃が睨み付けて、後ろを向くと沙樹の困惑した視線が刺さる。いたたまれなくなった彼女は、後ずさりして沙樹が並ぶ列に戻った。


すると、すかさず沙樹が章世に耳を寄せて話し始める。


(ちょ、ちょっと。章世ちゃん……見てたの?)


(見てないって、沙樹。いや……ずっと見えてるけど。こんなの言いがかりにしても滅茶苦茶だって……)


「また……またやってる! 貴女――」


「「す、すみませ――」」


こそこそと話していた姿をまた咎められるのだと思っていた二人は、慌てて背筋を伸ばして謝罪の言葉を述べ始めたのだが、その声は志乃の耳には入らないまま空に吸い込まれる。彼女の指先は意外な方向を向いていた。


「やっぱり! 雅美も、わたくしのパンツ見てるっ!」


「い、いや……私は、別に……」


「ねぇ、雅美にだけは……本当のことを言ってほしいの。わたくし……ぐすっ、パンツを見たのを謝ってほしいわけじゃないわ。うぅ……見たのか、見てないのかだけ……知りたいだけ。ですから……ね? 後生ですから、ちゃんと教えてちょうだい」


なんでここで泣けるんだよ。章世と沙樹は、涙ぐんだ声で雅美に縋り付いて彼女を見上げる志乃の姿を見て、自分たちはこの高度すぎるデートを見せつけるためだけに呼ばれたのではないか、と思った。


そうでもなければ、志乃が幅の広いリボンを腰に巻き付けたのと変わらないスカートを履いて、あまつさえ髪を振り乱して怒り狂う理由を説明できなかったからだ。


一方の正恵は、そんな短いスカートを履いておいてよく自分のパンツにそこまで感情移入できるものだと、なんだか明後日の方向に感心していた。ここでは最も年下の彼女には、普段は話すこともない志乃が全く異なる思考回路を持っているとしか思えなかったのだ。


とうとう志乃の無茶な追及の犠牲になった雅美はしばらく黙っていたが、一葉のカメラと後輩三人の視線を向けられて、とうとう決心が付いたように口を開いた。


「……その……そうね。私も……志乃のパンツを見たわ」


「あああああやっぱり見てるっ! 幼稚部から知ってる女の子のパンツ見て、いやらしい気持ちになってる! 幼稚園児のパンチラ想像してるっ! このロリコン!」


雅美の振り絞った答えに割り込んで叫び出す志乃だったが、雅美はバンカーで暴れる幼馴染の姿に慌てる様子もない。志乃が矢継ぎ早に畳みかけたあと、さらにたっぷり沈黙が流れて、やっとまた言葉を返した。


「志乃……私、この学園には中学から入ったのだけど……」


「あら、そうだったかしら……もう幼馴染みたいな仲なんだから、幼稚部から一緒ってことにしときなさい!」


「……えぇ、分かったわ」


この二人って幼馴染じゃないのかよ。そして何が分かったんだよ。ゴシップにもならないどうでもいいトリビアだったが、それを聞いた章世は思わず力が抜けてその場にへたり込んでしまった。隣の沙樹にも、もはや章世の腕を支えてあげるような元気はない。その横で正恵は、雅美の沈黙の使い方に深く感心して小さく頷いていた。


――――――

――――

――


それから志乃をなんとか宥めて、バンカーでのプレーを一通り終えた彼女たちは、一度コース内の休憩所で身体を休めることにした。志乃はお花を摘みに行くと言ってこの場を離れていたが、休憩所のテーブルでは彼女のスカートの違和感について話す者はいない。もちろん、志乃がこの会話をいつどこで聞いているか分からなかったからである。


「みなさん、すっかりお疲れみたいですわね。……あら遠坂、何か気になることでもあった?」


「……いえ。高松さまのお美しさに、目を奪われていただけですわ」


「そうでしたの? しかし、わたくしなんてまだまだ道も半ばですわ。おーっほっほっほ!」


休憩所に戻ってきた志乃は、なぜか制服の胸がパンパンに盛り上がっていた。どうも、トイレで胸に布かスポンジを詰めて戻ってきたらしい。ここまで来ると誰にも理由は分からないが、同じように誰も気にする様子はなかった。未だに目の前でパンツが晒され続けているのに比べれば、大したことではなかったからだ。


「あとはパッティングだけですから、もう少し頑張りましょうね。久保田、小山」


「は、はい……」


「はい、頑張ります!」


彼女はそう告げると、四人が座るテーブルとは離れたベンチに腰を下ろす。まだ空いている椅子は残っているのに、と志乃に視線を向けると――彼女は大股を開いてスカートの中が丸見えになっていた。パンツが見えている、なんてこれまでの生ぬるい事故ではなく、巨乳の痴女がパンツを見せつける事案が起きたというほかない。


しかし志乃は、自分がそんな破廉恥な姿勢で話しているとは露ほども思わない平然とした態度である。


志乃の動きに合わせて、すかさず四人の視線はそれぞれの向きに逸れていった。慌てて下を向いて笑いを堪えたのは章世と沙樹。正恵の視線は雨漏りが染みた天井の模様に。雅美は志乃の足元を漂っていたが、最後は彼女の顔を見つめることにした。もちろん、一葉のカメラはそのまま志乃のパンツに向けられたままだ。


「あのねぇ、みなさん。もし朝礼で藤原先生のパンツが見えてしまったら、貴女たちはそうやって、いやらしい視線を向けるのかしら? そんなことしたら、学園中で大きな問題になるに決まっているわ」


「で、でも……私たちの誰かが同じように短いスカートでしたら、高松さまも見てしまいませんか? 中浜さまとか、私とか、沙樹とか……」


章世に志乃を説得しようというやる気が残っているのを見て、沙樹はもはや尊敬の念さえ覚えていた。沙樹がまだベッドで眠い目を擦るうちから、朝練に走り出していく章世に並外れた体力があるのは知っていたが、この習慣は先輩の理不尽な言葉にも折れない精神力に支えられてのことだと理解したのだ。


その姿を見た沙樹が拳をぎゅっと握る。私にだって、まだできることがあるかもしれない。


「そ、そうですよ。こんなに短いスカート、学園でも――」


「そんなの、見るわけないでしょう! 失礼ね! 話をはぐらかさないでちょうだい。とにかく、この学園の……紫風会の生徒はパンツを見る集団だなんて噂されたら……どうするおつもりなの?」


「……た、確かに、それは困りますけど……ねぇ、小山さん?」


「は、はい……でも、藤原先生もきっと、そんなスカートは――」


ダメだった。またたらい回しにしちゃってごめんね、小山ちゃん……と、沙樹が下を向いて黙り込む。小山は先輩の期待に応えようと、立ち上がって沙樹の主張を続けようとしたのだが、その声はまた志乃に遮られた。


「なるほどね……貴女たち、あくまでわたくしのパンツを見るおつもりだと。いいこと? わたくし、パンツを見てはいけないと言ってるわけではありません。視線の流れで見てしまうのは仕方ないことですからね。ねぇ、雅美?」


「え、えぇ……そうね」


「でも、今からパンツを見ますって顔をするのだけは、もうおやめなさい。視線の流れでパンツが入ってくるのは、仕方のないことだもの。見てもいいの……そういう意味ではね」


「そ、そうなんですね……勉強になります」


正恵はまだ、これがスタイリッシュなパンツの見せ方についての指導だと思っているかもしれない。そうでもなければ、こんな暴論から学べることなどないだろう。


「はい。それを踏まえて、ね……ちょっとみなさん、こちらを見てごらんなさい? ほら……」


彼女の指示に合わせて四人が志乃に視線を戻すと、今度は脚をぴったりと閉じる彼女の姿が目に入った。やっとパンツが見えなくなった志乃の姿を見て、彼女たちは日常を取り戻した束の間の安心感に包まれる。当たり前のことが、こんなに大事だったなんて――


「はい、残念でしたわね! もうパンツは見えませんわ!」


――そんなわけもない。パンツを見せない志乃の姿にまるで周囲が落胆しているような主張で、気付くと彼女たちに新たな濡れ衣が着せられていた。四人は思わず顔を見合わせる。


「な、なんなんですか……」


「パンツが見えなくてどう思ったの⁉ 言いなさいっ、遠坂!」


「いや、ですから……見えたというより見せられたというか……」


「言い訳はいいから、はっきりおっしゃいなさい!」


パンツが見えない高松さまの姿の方が安心します、と言うわけにもいくまい。先輩に向かってパンツが見えて不快だったなどと謗るのは、こんな状況でも失礼なことだ。


考え込む彼女の顔を、沙樹は心配そうに見つめている。章世が雅美に助けを求めようと視線を送ると、雅美は拳を握って励ますような表情で頷いた。……この人は、私が今から告白でもすると思っているんだろうか。


もうどうしようもない。章世が小さく呼吸をして、ぐっと腹に力を込める。これは彼女が全速力で走る前の習慣だった。


「……その、はい。見えなくて残念でした。申し訳ございません!」


「やっぱり! パンツが見えるのを期待していたんじゃない。本当にいやらしいったら……一葉、あれを用意なさい!」


志乃の呼びかけに大きく頷く一葉が、手元に抱えていたスケッチブックをパラパラとめくって目的のページを探す。残りの四人はきょとんとした表情で一葉の動きを見ることしかできない。


「実はね……貴女たちがここまでわたくしのパンツを何回見たか、調べてもらっていたのよ。一葉、結果をこの方たちに見せて差し上げなさい!」


一葉がカメラの下で示すスケッチブックには、今日の招待客である後輩の三人と、そして雅美の名前が正の字と共に並ぶ表が書かれていた。つまり、彼女たちが志乃のパンツを見ていた回数を書き付けていたらしい。それに気付いた章世と沙樹は、神妙さよりも面白さが上回った葬式の一場面のように、思わず下を向いて笑いを堪えている。


まずい、と思って口を押さえた二人だが、志乃はその様子には気付いていないようだった。


「……ほら、これが貴女たちがわたくしにいやらしい目線を向けていた回数よ。反省して、ちゃんとカメラに向かって宣言なさい!」


一葉が名前と回数を指差す。最初に書かれていたのは章世の名前だった。なんでいつも私から……と溜息をついた章世が、一葉の構えるカメラの前に立つ。


「私、遠坂は高松さまのパンツを……7回見ました」


「私、久保田は高松さまのパンツを、6回見ました」


「こ、小山正恵です。私は高松さまのパンツ、10回見ました」


「中浜雅美。私は志乃のパンツを……15回見てしまったわ」


なんで幼馴染が一番たくさん見てるんだよ。なんか小山ちゃんも意外と見てるし。そもそも私本当に7回も見たの……? 先陣を切ってパンツを見たなどと言わされたことを思い出して、章世は急に恥ずかしくなっていた。こういう破廉恥な罪を告白させる罰は、先頭の方に恥が集中するものである。


こうして四人の正直な告白を聞いた志乃は、すっきりとしたすがすがしい顔でその場をくるりと回った。外に出ればスキップで駆け回りそうな表情である。


「えぇ。みんなの気持ち、伝わったわ。ありがとう。最後に、みなさんで一緒に宣言してほしいの。貴女たち、わたくしの周りに並んでちょうだい」


四人は志乃を囲む記念写真のような構図でカメラの前に並んだ。しゃがみこんだ志乃のスカートからは、もちろんパンツがしっかりと見えたままだ。しかも、今の彼女は規格外の巨乳の持ち主である。


「じゃあ、最後に声を合わせて『志乃のパンツを見ました!』ってカメラに向かって笑顔で言うのよ? いいわね?」


四人が顔を見合わせる。章世と目が合った雅美は、また彼女に向かって頷いた。章世は助けを求めるように沙樹に視線を送るが、彼女も控えめに頷くだけだ。こんなこと、年少者の正恵に任せるわけにもいかない。だからって、なんで最後まで私が……という思いを飲み込んで「せーの……」と章世が小さな掛け声を上げると、みんなが息を吸う音がぴったりと合った。


「「「「私たち、志乃のパンツを見ましたー! わーっ!」」」」


そして、体育祭の応援合戦でも聞くことができないような大音声が隣のコースまで響く。その心のこもった宣言を左右の耳からしっかりと聞いて、志乃は目を瞑って何度も頷いていた。なぜか目尻には涙さえ浮かんでいる。


「後輩から名前を呼び捨てにされるのも、なかなかいいものね……うん。今回はこれで不問にいたしますけど、もう次はありませんからね。分かりましたこと?」


「「「はい、高松さま……」」」


「もう疲れたし、わたくしは先に帰りますわ。雅美、帰りの引率はお願いね?」


「えぇ、分かったわ」


「一葉も、もうカメラ止めていいわよ」


「……はいカットっ! オッケーで~す!」


一葉の朗らかな掛け声が疲れ切った彼女たちの間を駆け抜けて、とうとう撮影が終了する。まるで、ここまでが全てコントの一幕であったかのように。


章世と沙樹は緊張の糸が切れたように溜息をつくと、そのまま流れるように漏れ出す笑い声を聞いて互いに顔を見合わせた。それを見た正恵もクスクスと笑い始める。雅美はそんな彼女たちの姿を見て、今日の高松会をどうにか空中分解せずに終わりまで運べたことに安堵していた。


そんな彼女たちを尻目に、疲れたと主張する志乃の足取りは雲のように軽いままで、休憩所を出るとやはりスキップでコースを駆け出していくのだった。


これが、嵐のように過ぎ去った今回の高松会の一部始終である。


「その……みんな、ごめんなさい。志乃もいろいろ仕事を抱えてて、毎日ストレスが多いから……」


「そ、そうですよね……いや、私たちは大丈夫ですから。ね、沙樹?」


「はい。これで高松さまのストレスが晴れるのでしたら……」


「私も、一年生で高松会にお誘いいただいたというだけで、身に余る名誉ですので」


「で……志乃の巨乳パンチラ写真、みんなは欲しい? 私の分と一緒に、何枚か印刷しておくけど……」


「「「いや、いらないです……」」」


その夜、三人のLINEには雅美からみんなで撮った記念写真が送られてきた。いらないって言ったのに。

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