第1話 白霧坂殺人事件 第9章 対峙
扉が静かに開いた。
廊下の蛍光灯の光が差し込み、その中に立っていたのは——
白衣ではなく、私服姿の佐伯美咲だった。
昼間の病院で見た時よりも、表情は硬い。
だが、その瞳だけは妙に澄んでいた。
「……どうして、ここに?」
佐伯は小さく息を呑み、二人を見つめた。
藤井が慌てて言う。
「佐伯さん、あなたにお話を——」
「わかっています」
佐伯は静かに部屋へ入ってきた。
その動きには怯えも焦りもなく、むしろ覚悟のようなものがあった。
矢代はパソコンの画面を指差した。
「これは、あなたが保存した映像ですね」
佐伯は一瞬だけ目を伏せ、そして頷いた。
「……はい。
白霧坂の防犯カメラの映像です。
私が……保存しました」
藤井は驚いた。
「どうしてそんなことを……?」
佐伯は机の端に手を置き、深く息を吸った。
「三宅さんが……“見られている”と言っていたからです。
私も、誰かに見られている気がして……
怖くて……
だから、坂の映像を確認するようになりました」
矢代は淡々と尋ねた。
「では、事件当日の映像を見たのは?」
「……はい。
三宅さんが倒れているのを見て……
すぐに警察に通報しようと思いました。
でも……」
佐伯は唇を噛んだ。
「怖かったんです。
私が何か疑われるんじゃないかって……」
藤井は困惑した。
「疑われる?
どうして……?」
佐伯は震える声で言った。
「だって……
三宅さんは、私のことをずっと見ていた。
私の行動を記録していた。
それを知っていたのは……私だけでしたから」
矢代は佐伯の表情をじっと見つめた。
「佐伯さん。
あなたは三宅浩一を“避けていた”と言った。
だが——
彼があなたを観察していた理由を、本当に知らない?」
佐伯は目を見開いた。
「……どういう意味ですか?」
矢代はパソコンの画面を閉じ、静かに言った。
「三宅浩一は、あなたを守ろうとしていた可能性がある。
あなたの周囲に“危険な人物”がいると警告した。
その人物が誰なのか——
あなたは心当たりがあるはずだ」
佐伯の肩がわずかに震えた。
沈黙。
藤井が息を呑む。
「佐伯さん……?」
佐伯はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、恐怖と、そして決意が混ざっていた。
「……一人だけ……います」
矢代は頷いた。
「誰ですか?」
佐伯は震える声で言った。
「白霧予備校の……
施設管理担当の男性です。
名前は——」
その瞬間、廊下の奥で何かが倒れる音がした。
藤井が振り返る。
「今の音……!」
矢代は即座に動いた。
「藤井、佐伯さんを守れ。
俺は廊下を確認する」
藤井は佐伯の前に立ち、矢代は廊下へ飛び出した。
廊下は静まり返っている。
だが——
階段の方へ続く足音が、微かに響いていた。
逃げている。
矢代は走り出した。
「藤井!
犯人が動いた!」
その声は、夜の予備校の廊下に鋭く響いた。




