第1話 白霧坂殺人事件 第7章 浮かび上がる職員名簿
倉庫から署に戻ると、夕方の光が窓を赤く染めていた。
冬の日は短い。
事件の影だけが、時間とは無関係に長く伸びていく。
藤井はデスクに資料を広げながら言った。
「チョークを扱う職業……やっぱり学校関係者が中心ですね。
市内の小中高、合わせて二十校。
教員・職員を含めると、ざっと三百人以上……」
「多いな」
矢代はコートを脱ぎながら、淡々と答えた。
「だが、全員を調べる必要はない。
“白霧坂に近い学校”に絞れ」
藤井は地図を開き、坂の周辺を指でなぞった。
「白霧坂から徒歩圏内の学校は……
市立白霧中学校、白霧第三小学校、そして——」
藤井は指を止めた。
「白霧坂のすぐ上にある……“白霧予備校”」
矢代はわずかに目を細めた。
「予備校か。
夜遅くまで授業がある。
白霧坂を通る職員も多いだろう」
藤井は頷いた。
「しかも、予備校の裏手には倉庫があります。
あの倉庫と繋がっている可能性も……」
「十分にある」
矢代は椅子に座り、腕を組んだ。
「藤井。
白霧予備校の職員名簿を取り寄せろ。
特に——」
「“倉庫の鍵を持っている人物”ですね」
藤井はすでに電話を取り始めていた。
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三十分後、職員名簿が届いた。
藤井がプリントを机に広げる。
「白霧予備校の職員は二十七名。
そのうち、倉庫の鍵を持っているのは……三名です」
矢代は身を乗り出した。
「三名?」
「はい。
施設管理担当の男性職員が二名。
そして——」
藤井は紙を指で叩いた。
「数学講師の女性が一名」
矢代は眉を上げた。
「講師が倉庫の鍵を?」
「予備校の備品管理を兼任しているそうです。
数学科の主任講師で、勤務歴は八年。
名前は——」
藤井は紙を読み上げた。
「佐伯美咲」
矢代は静かに目を閉じた。
「……そう来たか」
藤井は言葉を失った。
「え……佐伯さんが……?
でも、彼女は被害者に“気をつけてください”って言われて……
むしろ狙われていた側じゃ……?」
矢代は首を振った。
「藤井。
事件は“見えている形”が真実とは限らない。
むしろ、見えている形が“偽装”であることの方が多い」
藤井は唾を飲み込んだ。
「じゃあ……佐伯さんが犯人……?」
「まだ断定はできない。
だが、三宅浩一が“観察していた”理由が変わる」
矢代は名簿を指で叩いた。
「三宅は佐伯美咲を守ろうとしていたのではなく——
“監視していた”可能性がある」
藤井は震える声で言った。
「じゃあ……三宅さんは、佐伯さんの“秘密”に気づいた……?」
「その可能性は高い」
矢代は立ち上がり、コートを手に取った。
「藤井。
白霧予備校に行くぞ。
佐伯美咲の“もう一つの顔”を確かめる」
藤井は慌てて立ち上がった。
「でも……彼女は病院に勤務してるって……」
「病院は“本業”だ。
予備校は“副業”。
どちらが本当の顔かは、まだわからない」
矢代は爽やかに微笑んだ。
「事件は重い。
だが、謎は軽やかだ。
そして——」
コートを羽織りながら、静かに言った。
「真相は、いつも“二つの顔”の境界にある」
署の外に出ると、夜の気配が街を包み始めていた。
白霧坂の上にある予備校の窓に、淡い光が灯っている。
その光は、まるで“真相への道標”のように見えた。




