表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: TOKYO SICKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

Chapter 05 『CHAΩS ― 歪の火』

授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。だが、その音は鼓膜に届いた瞬間、神経を直接削るような金属音と共に逆回転を始める。時計の針が狂ったように高速で逆回りし、教室の空気が肺から強制的に吸い出されていくような感覚。

時間は進むのではない。世界の法則が、巨大な爪で乱暴に引き裂かれていく。



「……え?」



ヒトミが呟くと、窓ガラスに映った自分が三秒遅れて、無音で嘲笑い返す。その唇は、笑うというより、左右に醜く裂けているように見えた。



黒板の文字が蠢き、ざわめき始める。チョークの粉が意思を持った虫のように集まり、文章を形成していく。



「Whispers in the Concrete… コンクリートがお前の孤独を啜る」


誰の声だ? いや、声ではない。教室そのものが、地鳴りのような重低音でラップを刻んでいる。地獄の釜の底から響くような、不吉なビート。



机と椅子が、ギチギチと音を立てて足を変形させ、捕食者のようにヒトミを包囲し始める。

そして、その包囲網の中から、四拍子の呪いが物理的な衝撃となってヒトミを襲った。




Bang / Slang / Chain / Stain

(叩き壊し/罵り/鎖に繋ぎ/汚してやる)




それはもはや言葉ではなく、魂に直接焼き付けられる烙印だった。

レイナの影が、ピクセルノイズを撒き散らしながら三重に重なる。まるでグリッチを起こしたゲームキャラクターだ。その口から発せられる声は、何百もの悪意あるSNSコメントが合成されたかのような、耳障りな合成音声だった。

アヤネの笑い声は、骨が砕ける乾いた音だけをサンプリングして、無限にループしている。

そして玉座に座るマユの姿は、冷たい大理石の彫像のように微動だにしない。ただ、その見開かれた瞳だけが、ヒトミの心を隅々まで検閲するように、じっとりと見つめていた。



「「「ヒトミ、お前の歌は昭和のレクイエム」」」



三人の声が、歪んだハーモニーとなって空間を圧迫する。



「「「私達はネオンで燃える瓦礫のストロング」」」

彼女たちが嘲笑と共に口ずさんでいるのは、ヒトミがノートに書き溜めた、誰にも見せたことのないはずの歌詞の断片だった。聖域を、土足で踏み荒らされる感覚。





「『堕ちて、落ちて、墜ちて』?――ダサすぎ!」



「そんなスタイルじゃ、この瓦礫ガッコウじゃ笑えない!」



――その瞬間、天井の蛍光灯がガラスの絶叫をあげて爆ぜ、絶対的な暗闇が落ちてきた。


挿絵(By みてみん)


いや、違う。

暗闇の中から、一体の怪物が現れた。

それは、レイナの姿をしていた。だが、その顔は捕食者のように歪み、背後には彼女自身の巨大な影が、まるで悪意そのものが実体化したかのように聳え立っている。

そして、その影が握っていたのは……


――バチバチと青白い火花を散らす、剥き出しの蛍光灯。鈍器のように、光る棍棒のように。


絶望がヒトミを飲み込もうとした、その時。

彼女の手が、意思とは関係なく動いた。ポケットを探り、あのライターを握りしめる。それは祈りであり、たった一筋の反逆だった。



緑の炎が、その狂気を切り裂いた。

ヒトミの手から、意思を持ったようにライターが飛び出し、空中で火を灯す。

熱はない。ただ空間を焼き、悪夢の法則そのものを燃やしていく、原初の光。

炎の中から現れたのは、芽衣子だった。

だが、普段の彼女ではない。瞳は感情のないエメラルドの光を放つだけで、その口元は全てを拒絶するように固く結ばれている。髪は、まるで燃え盛る海藻のように、静かに、しかし激しく逆立っていた。

悪夢のどこかから、囁きが聞こえた。




「……冥子めいこ




それは、冥府の神に与えられるべき名前。

冥子の緑の炎が、レイナの影ごと蛍光灯を焼き尽くす。

壁が溶け落ち、教室は夜の街へと変貌した。錆びた廃墟、川面に滲むネオン、墓石のように立ち並ぶ無数のビル群。

だが次の瞬間、世界は安っぽい折り紙のようにくしゃりと畳まれ、再び同じ教室の、同じ机の前に引き戻される。ループ。ループ。ループ。景色が、音が、思考が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。

視界が二重、三重にブレて、ヒトミの精神は悲鳴をあげる。

だが、そのノイズの奥から、はっきりと一つの声を聞いた。

それは、冥子の声。いや、昨夜、路地裏で聞いた芽衣子の声。



「いいえ……私は」



挿絵(By みてみん)



それは、この混沌に対する拒絶か。あるいは、ここからの誕生の宣言か。

ヒトミのポケットの中で、いつの間にか戻っていた緑のライターが、火傷しそうなほどに熱を帯びる。それは、この悪夢がただの夢ではないことを証明する、確かな感触だった。

これは、誰かが自分に見せている、“啓示”なのか。

次に瞼を開ければ、またあの教室か。


それとも……


――全く知らない、静まり返った図書館の本棚の間か。


そして映像は


――まるで腐敗したフィルムが映写機で焼き切れるように、白い光点だけを残して




――ブツリと途切れた。




(to be continued…)



挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ