表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: TOKYO SICKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/18

Chapter 04 『Green Flame Rising』

挿絵(By みてみん)


竜胆学園女子高等部の空気は、朝から錆と安い香水の匂いがした。


チョークの粉が舞う教室、誰かのけたたましい笑い声、机に彫られた無数の傷。そんなありふれた風景の一つ一つが、ここは“楽園”ではなく“檻”なのだと物語っている。

ヒトミは机に肘をつき、ポケットに収めたプラスチックの感触を確かめていた。



(あれは……幻じゃなかった)



昨夜、指先で灯した緑色の炎。熱を感じさせず、ただ静かに闇を吸込むように輝いていた冷たい光。その残像が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。

あれは、武器だと彼女は言った。

この、弱肉強食が唯一のルールである竜胆学園で、自分に何と戦えというのだろう。



「――マジかよ、この竜胆ウチに転校生?」



「好んで地獄に来るとか、イカれてんじゃねえの」

「それとも、よっぽど腕に自信があんだろ」



そんな囁きが、教室という名の縄張りの中を、血の匂いに気づいた獣のように駆け巡っていた。ヒトミはその輪にはいない。いつも通り、誰の縄張りにも触れないよう、ただ息を殺しているだけだ。



カラリ、と教室のドアが開く。

人生に諦めきった顔をした担任が、死んだ魚のような目で言った。



「はい、席つけー。どうせ聞いてもいねえだろうが、HR始めるぞ。その前に、紹介する。今日から新しい仲間だ。……入れ。自己紹介しろ」


――足音。


挿絵(By みてみん)



静かで、一定のリズムを刻む、迷いのない音。

その音だけで、教室中の獣たちが一斉に口を閉じ、獲物を見定める目になった。




現れた少女を見て、ヒトミは息をのんだ。




竜胆学園の制服に刺繍された“竜胆りんどう”の花。その紫が色褪せて見えるほど、彼女の髪は鮮烈な緑だった。まるで静止した炎。その奥で揺れる瞳は、昨夜、自分の指先で灯った火種そのものだった。




彼女がそこに立つだけで、教室の序列が、空気が、一瞬にしてリセットされる。温度が数度下がり、代わりに肌を刺すような闘争心と好奇が満ちていく。



「……反町芽衣子そりまち めいこ、です」



短く、低く、しかし教室の隅々まで染み渡るような声。

そう名乗った瞬間、教室の時間が止まった。


まるで、この学園の絶対的な女王であるマユですら、その存在を測りかねて息を潜めているかのようだった。


その静寂を破ったのは、無言の反応だった。

窓際で腕を組んでいたレイナが、初めてスマホから顔を上げた。その口角が、解析不能なバグを見つけたハッカーのように、僅かに吊り上がる。




マユは隣の席のアヤネにだけ聞こえるように「……へえ」と呟き、その目は新しい玩具を見つけたように愉悦に細められた。




挿絵(By みてみん)




そして、一番後ろの席で机に肘をついていたアヤネが、初めて獰猛な笑みを消し、

真顔で芽衣子を、その首筋を、体幹を、拳を握る指の長さを、値踏みするように見つめている。



ヒトミだけが、動くこともできずに固まっていた。

昨夜の路地裏。緑の炎。そして、今目の前に立つ少女の姿。

バラバラだったピースが、脳内で強制的に一つの絵を完成させる。

胸の奥が、あの冷たいはずの炎で焼かれるように、熱くなった。



「じゃあ、反町の席は……」



担任が面倒臭そうに教室を見渡す。空いている席は一つしかない。



「ああ、あそこだ。宮沢の隣」



宮沢。



それは、ヒトミの苗字だった。


教室中の視線が、一斉にヒトミへと突き刺さる。


“なぜ、あいつの隣に?”


“マユたちが目を付けてる雑魚だろ?” “面白いことになりそうじゃん”


好奇、侮蔑、愉悦。様々な感情の視線が、槍のように降り注ぐ。


その集中砲火の中、芽衣子は再び静かに歩き出した。


誰と目を合わせるでもなく、まっすぐにヒトミの隣の空席へ向かう。

ガタリ、と芽衣子の椅子が床を擦る音。


それは偶然か、必然か。


もはや、ヒトミにそれを考える余裕はなかった。

隣に座った芽衣子から、消毒液のような、それでいてどこか甘い、不思議な匂いがした。


挿絵(By みてみん)



「その沈黙、燃やしてあげる」



耳元で、囁くような、しかし燃えるマグマのような熱を帯びた声が聞こえた。

ヒトミが驚いて隣を見ると、芽衣子はまっすぐ前を向いたまま、唇の端だけで続けた。




「……あんたの“本当の歌”にするために」



ヒトミは、はい、とも、いいえ、とも答えられない。

声が、鼓膜を通り越して脳に直接焼き付く。


隣に座る少女は、何事もなかったかのように教科書を開いている。その横顔を、見ることができない。視線を少しでも動かせば、あの緑の瞳と目が合ってしまいそうで、全身が硬直する。


消毒液と甘い匂い。静かな呼吸音。すぐ隣にある圧倒的な“異物”。



『沈黙を燃やす』?



『本当の歌』?



私の、あの誰にも見せたことのないノートの中身を、この人は知っているとでもいうのか?

思考がまとまらない。心臓の音だけがうるさい。



何とか平静を装って、鞄から教科書を取り出そうとする。けれど、指先が言うことを聞かない。震える手で掴んだ教科書が、ガタ、と音を立てて机の角にぶつかった。



小さな音。


なのに、教室中の視線がその音源に集中したのが、肌でわかった。


マユの嘲笑う気配。


レイナの冷たい視線。


アヤネの面白がる気配。





ポケットの中のライターが、まるで心臓と共鳴するように、熱を帯びていく気がした。

逃げられない。

もう、隅で息を潜めているだけの『宮沢ヒトミ』ではいられない。

緑の炎は、私のすぐ隣で、静かに燃え上がってしまったのだから。



(to be continued…)



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ