Chapter 03 『Whispers in the Concrete』
放課後の廃ビル。
コンクリートの打ちっぱなしの壁は、かつてここにあったであろう命の営みの痕跡をすべて消し去り、今はただ無機質な沈黙を響かせている。
床に散らばったガラス片が、誰かの足元で軋む音を立てた。窓ガラスは割れ、壁には意味不明なスプレーアートがいくつも刻まれている。風が吹き抜けるたびに、剥き出しの鉄骨が、まるでこの建物の断末魔のように低く唸った。
ここは、都市が見捨てた死骸。忘れられた者たちのための玉座だ。
その中央に、三人の少女が集っていた。
金髪のマユが、埃をかぶったスチールの机に女王のように腰掛けている。脚を組み、口元にはすべてを見下すような余裕の笑み。
青黒い長髪のレイナは、壁にもたれながらスマホの画面を滑らせている。その冷たい光が彼女の顔を亡霊のように照らし、世界のすべてをデータとしてしか見ていない瞳を際立たせる。
赤いポニーテールのアヤネは、フードを被ったまま床に体育座りをしている。だがその姿勢とは裏腹に、口元に刻まれた獰猛な笑みと、闇の中で爛々と燃える眼光は、常に獲物を探す肉食獣のそれだった。
「で、どうする? あの二人のこと」
マユが最初に口を開いた。声はひそやかで、それでいてこの廃墟の空気を支配する絶対的な響きを持っている。
「ヒトミのこと? またひとりで歌ってたじゃん、あの痛い歌。ウケる」
レイナは画面から目を離さずに鼻で笑う。指先ひとつで誰かの人生を炎上させられることを知っている者の、冷え切った侮蔑がそこにはあった。
「アタシ的には、面白くなってきたトコだけど」
アヤネがバネのように立ち上がり、コンクリートの柱を蹴った。乾いた衝撃音が響く。
「孤独で、弱そうで、でも妙に芯がある。……最高じゃん。叩き折るのが、一番楽しいタイプ」
「折るか、飼うか」
マユは短くまとめた。
「問題はもう一人の方。あの緑髪の転校生……芽衣子。あいつのせいで、私たちの“庭”が少し荒らされた。これは、躾が必要ってこと」
三人の視線が重なった瞬間、レイナがスマホの画面を消し、その黒い鏡面に映る自分を見て口元を歪めた。
「じゃ、決めよっか。いつもの“宣告”で。あいつらに、どんな“教育”が相応しいか」
静寂を裂くように、レイナの言葉がビートを刻み始める。
レイナ(スマホをマイクのように掲げて)
「Yo, check it! ひとりカラオケ、孤独のSHOW
昭和の歌声、デジタルゴースト
IPアドレス特定、秒で終了
アンタの“聖域”、こっからが炎上
匿名アカで噂をSPRAY
過去の黒歴史、根こそぎ EXPOSE
デマとコラージュ、マルウェアより凶暴
逃げ場はないぜ? 思考回路はショート
デジタルタトゥー、一生モンだぜ?
電子の海で、溺れて消えな!」
アヤネ(フードを脱ぎ捨て、拳を鳴らしながら)
「Ha! アタシのヴァース、拳がDOPE
暴力こそリアル、ネットはSCOPEの外
その目つき、ちょっと気に入らない
どこまで耐える? 試したいじゃない
肋骨ドラムキット、悲鳴はハイハット
アタシの衝動、止められないBAD HABIT
泣き声サンプリング、絶望でスクラッチ
再起不能まで追い込むのがジャスティス
その芯の強さ、へし折ってやるよ
アスファルトに咲け、絶望の華!」
マユ(机を指先で叩き、冷徹なビートを刻みながら)
「Check it, check it… 私がディレクター、盤上のQUEEN
お前らのラップ、ただの茶番劇
レイナは毒牙、アヤネは爪
二人を操り、私が全てを掴む
ヒトミは素材、未完成のドール
魂に鎖、与えるのが私のルール
緑のノイズ(芽衣子)もまとめて調教
私のシナリオ、邪魔させない NO MORE
この街の法則、私が“正義”
ひれ伏しなさい、それがアンタのセオリー」
三人の声が重なり、コンクリートの壁に呪いのように反響する。
それは単なる言葉遊びではない。彼女たちの歪んだ美学に基づいた、これから行われる破壊行為の宣誓だった。廃墟は今や、悪意に満ちたアンダーグラウンドのステージへと変貌していた。
笑い声とライムが渦を巻く。
その宣告の先にいるのは、まだ何も知らない少女――ヒトミ。
そして、その背後で静かに揺らめく、一つの緑の炎。
それが、次にこの場所で繰り広げられる“本物のフリースタイル”の狼煙になることを、まだ誰も知らない。
(to be continued…)




