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混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: ハレルヤ/TOKYO SICKS


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Chapter 28 『ジザニオン ― ZIZANION』



無音。

灰色の風景。

時間は、まだ、選ばれていない。
















――芽衣子。











……(息)……











「……どこだ、ここは」












声が出た、はずだった。

だが、空気が、振動しない。

口から放たれたはずの言葉が、まるで極低温で凍りついた粉雪みたいに、形を保ったまま、その場で、静止した。



















……(沈黙)……

















痛みは、ある。

骨の軋む、あの確かな感覚は、まだ残っている。

でも、痛みの“音”が、ない。

血が流れても、その鉄の匂いが、ない。











……(歩く)……













足音は、出ない。

地面を、踏む。

感触は、ある。

でも、その“着地の証-拠”が、踏みしめたそばから、まるで存在しなかったかのように、消えていく。












「生きてるって……こういうことなのか?」












いや、違う。

これじゃ、ただの“残骸”だ。

生命活動の、エコープラン。







視界の端で、灰色の花が、咲いている。

赤でも、白でも、黒でもない。

色という概念そのものを忘れてしまったかのような、曼珠沙華。








芽衣子は、ゆっくりと、それに歩み寄る。








「……きれいだな」







(息を、吸う)

(吸ったはずの空気が、肺に、来ない)






「でも、何の匂いもしねぇ」







It’s beautiful,

but it doesn’t smell like anything.









言葉が、翻訳をやめた。

日本語と英語が、この灰色の地平の上で、境界線を失い、一つの、意味を持つ前の“息”へと、還っていく。







「――ああ。

ここ、そういう世界なんだな」














































……(長い、長い沈黙)……







彼女が歩いてきたはずの道には、足跡も、残らない。

風が吹いたはずの場所には、そのくぼみも、戻らない。

ただ、自分の影だけが、何も持たずに、音もなく、歩いている。










「……生きるって、何だ?」


「生きてるって、どんな感触だったんだ?」








遠い昔に読んだ、詩人の声が、

遠く、灰色の空の、その裏側で、こだまする。











“――いま生きているということ”









その、あまりにも有名で、あまりにも力強い言葉の続きを、

今の芽衣子は、どうしても、思い出すことが、できなかった。













「いま、“感じない”ということ」

















彼女が、そう、この世界の真理を口にした、その瞬間。

胸の奥に、止まっていたはずの場所に、“鼓動の代わり”が、生まれた。












(低く、深く、そしてどこまでも続く、ノイズ)












……ジ…………







世界の、全ての灰が、

ほんの、ほんの少しだけ、震えた。






芽衣子が、息を、吐く。

その、か細い吐息が、

この章で、この世界で、初めての“音”になった。







灰色の地面。

足跡のつかない、一本道。

遠くで、静かな、静かな地鳴り。










芽衣子は、うつむく。






そして、自分の呼吸を、数え始めた。

















「ひと、ふた、みっつ…」
















――数。その、あまりにも無機質な概念だけが、この世界で、まだ、生きている。







「なあ。

どこまで行っても、何も、変わりゃしねえな」











声が、落ちる。





声が、落ちる音も、ない。






ただ、地平線の、そのさらに奥で、言葉だったものの死骸が、燐光のように、微かに光っている。

















……(沈黙)……













「そういや――」


彼女は、ふと、立ち止まる。

足元に、何かがあった。





灰色の、無限に続くはずだった地面の間から、小さな、しかし確かな“芽”が出ている。





それは、色を持たない麦だった。










茎の先に実った穂は、紫でも、緑でもない。ただ、“毒”のような、透明な光を宿して、静かに揺れていた。







「……麦か?

いや、違う。

これは――毒麦だ」











彼女は、吸い寄せられるように、その芽に手を伸ばす。

指先が、その透明な穂に触れた、その瞬間。

芽衣子の指に、忘れかけていた“熱”が、奔流のように、走った。










(息)












「……まだ、生きてる…」














熱。

そして、匂い。焦げた紙と、インクの、懐かしい匂い。

風の通り道。

この世界の、閉ざされていた記憶の回線が、ほんの一瞬だけ、開いた。











「毒麦…。

なんで、こんな、何もない場所に」
















毒麦は、音も立てずに、その穂を震わせる。

空気のない、この虚無の世界で、それでも、確かに、揺れている。











「お前、生きる気なんか、ねえくせに。

なんで、芽ぇ出してんだ」














(間)














「……ああ。

そうか。

私も、同じか」







その、自己認識が、世界のスイッチだった。

灰色の空が――初めて、微かな“音”を、返した。






(低く、しかし確かな、脈動)

















……ジ……ザ……ニ……オン……

















「……聞こえた。

なあ、今の……音、だよな」











彼女は、空を見る。


空は、まだ返事をしない。





けれど、その“沈黙の厚み”が、先ほどとは、明らかに変わっている。

まるで、この世界そのものが、芽衣子の声を、たった一秒だけ、録音し、そして再生したかのような、奇妙な感覚。









「毒麦。お前、

根っこの方で、あいつと、つながってんのか」











麦は、答えない。

しかし、芽衣子の影が、ほんの少しだけ、長く伸びた。










伸びるということは、

光が、戻ってきたということ。



そして、光とは――意味の、再起動だった。








彼女は、ゆっくりと、その毒麦の前に、しゃがみこんだ。

その芽に、そっと、頬を寄せる。

その、あまりにも優しく、あまりにも不器-用な動作のすべてが、“祈り”に近い形をしていた。







「なあ。

“感じる”ってのは、毒なんだな」














(沈黙)















「でも、その毒がなくなったら、

私は、もう、“誰か”じゃ、なくなっちまう」












その言葉を吐くたびに、

この世界の、絶対的な“無音”が、ひと粒、またひと粒と、剥がれていく。







言葉は、毒だ。

でも、その毒だけが、ここに“生”があったという、唯一の証拠になる。











(長い、長い沈黙)

「……私も、毒麦になるよ」








彼女の掌の上で、毒麦が、ゆっくりと、しかし力強く、光り始めた。

光は、まだ温度を持たず、

温度は、まだ匂いを持たず、

匂いは、まだ言葉を持たない。










それでも、その光は、確かに、息をしていた。




芽衣子は、ゆっくりと立ち上がる。

彼女の背後で、毒麦が、風のない風に、揺れている。

その揺れ方が、まるで、この世界の、最初の「呼吸」のように見えた。








「なあ、谷川 俊太郎。

 “生きる”って言葉は、

 ほんとは“腐る”の延長線なんじゃねぇのか?」










(微かな笑い)

(涙は出ない)
















「でも、それでいい。

 腐るなら、匂え。

 匂うなら、残せ。

 残るなら――それが、生きてる証拠だ。」



















……(沈黙)……


















遠くの灰色の地平に、

黒い線がひとつ、またひとつ。

それはまるで“譜線”のように並んでいく。












「あぁ……やっと、世界が音になる。」

















(息)

ジ……ザ……ニオン……



再送信されてくる、その音。


それは、もはや単なるノイズではなかった。

それは、鼓動に似て、詩に似て、そして、孤独の、そのさらに続きに、確かに鳴り響いた、最初の“約束”だった。

















灰色の空。

地平線が、ほんのわずかに、呼吸をしている。

音は、まだ完全には、戻ってはいない。









芽衣子は、立ち尽くしていた。

先ほどまで、その掌の上で、確かに光っていたはずの毒麦が、指の隙間から、砂のように、さらさらとこぼれ落ちていく。













「あーあ、また枯れた。

でも……あたたかかったな」













その灰が、地面に落ちる、そのたびに。

パチン、と、静電気のような、小さな音が生まれた。

それが、この世界の“始まりのクリック音”だった。

(低音が、さらに、近づいてくる)





















ジ……ザ……ニ……オン……





















芽衣子


「……戻ってこいよ。

アタシの、“聞こえる世界”」













――その、祈りとも、命令ともつかない言葉が、引き金だった。












空が、裂けた。

音のない、白い稲妻。

光だけが、この虚無の世界で、何度も、何度も、反響する。









そして、

その、眩い光の中心から、九つの影が、ゆらりと、現れた。

白と黒の、その狭間で、光が、千切れ、そして、再構成されていく。







「……レイナ、じゃ、ねえな」




芽衣子が、そう呟いた瞬間。

彼女の周囲の灰が、まるで鉄粉のように、一斉に、宙へと浮き上がった。

その中心に、“彼女”は、立っていた。







イズナ。























挿絵(By みてみん)



















青く光る九つの尾。狐の耳。そして、人間の少女の形をした、“現象”。

その目は、もはや“個”としての感情を映してはいない。この世界の、全ての“層”そのものだった。









ひとつの瞳の中に、千の記憶と、千の数式が、猛烈な速度で、回転している。









イズナ


「――観測者、反町芽衣子」











声が、届いた。

いや、違う。“言葉が、物理的な質量を持って、彼女を押し潰した”。












芽衣子は、思わず、片膝をつく。

頭の中で、何千もの音が、同時に、鳴り響く。

どの音も、違う言語。

どの言語も、ただ一つの問いを、投げかけている。

“お前は、なぜ、ここにいる?”と。









芽衣子


「……てめえ、一体、何なんだよ。

レイナの、残響か?

それとも、“ヤミガタリ”の、実体か?」






イズナの唇が、かすかに動く。

その仕草は、人間の少女のものだった。

だが、そこから響いた声は、“距離”という感情を、一切持っていなかった。








イズナ


「――両方です。そして、どちらでもありません。

私は、あなたの“観測”によって、ここに在る」







芽衣子


「……私の?」






イズナ


「あなたが、“感じること”を、捨てなかったから。

あなたが、この虚無の中で、再び“詩”を紡ごうとしたから。

だから、私は、形になったのです」














(沈黙)











芽衣子の拳が、震える。

それは、怒りでも、恐怖でもなく――絶対的な“理解”だった。










「……ってことは、よ」









彼女は、ゆっくりと、しかし、確かな意志を持って、立ち上がる。



「私が、もう一度、“感じる”ことを選べば、

お前を、消せるってことだな?」







イズナは、初めて、笑った。

その笑みは、人の形をした、完全な方程式のように、どこまでも滑らかで、どこまでも、美しかった。








イズナ

「否定も、肯定も、どちらも“音”になります。

選ぶといい。


――どちらの旋律を、この世界に“響かせる”のかを」














芽衣子は、完全に、立ち上がった。

彼女の周囲の灰が、風を思い出し、再び、舞い上がる。

先ほど枯れたはずの、毒麦の種が、その風の中で、青白い光を放って、漂っている。








「私は、“腐ってでも、生きる”」





その瞬間、芽衣子の足元に、緑色の、音の円環が、走った。

ジザニオンが、彼女の意志に、応答する。

音が、再び、色を持ちはじめる。





















(低音→高音→そして、多層的なシンフォニーへ)

灰色の空が、一気に反転する。

黒が白になり、白が、“夜の、そのさらに裏側”へと、沈んでいく。








イズナ


「……再送信、確認しました」






芽衣子


「うるせえんだよ、その、他人事みてえな言い方」






拳を、握る。

それは、もはや、物理の拳ではない。

それは、“詩の拳”。

言葉そのものが、打撃となって、この世界の法則を、殴りつける。








「私は、まだ、“感じる”。

それが、どんな地獄みたいな毒でも、構わねえ!」






芽衣子が、叫ぶ。



その、声にならない叫びが、この世界の脆い“構文”を、根源から乱した。

イズナの周囲の空間が、蜘蛛の巣のように、パキパキと音を立ててひび割れていく。

彼女の背後で、九本の尾が、一斉に広がり、壊れゆく空間そのものを、必死にたわませ、維持しようとする。





音の、衝突。








芽衣子の「感じる」という意志と、イズナの「観測する」という法則。

光の層が、灰色の花を溶かし、青白い毒麦の種を燃やす。

その、世界の終末のような光景の中で、芽衣子の足元にだけ、たった一輪、燃え残った麦があった。







イズナ


「それが、あなたの“詩”ですか」


芽衣子


「違ぇよ。

これが、“痛みの、定義”だ」


二人の間に、最後の再送信の波紋が、立ち上る。

灰色の世界が、その振動を取り戻し、初めて、“現実”という名を、思い出した。













(閃光。

灰色の粒子が、全て、宙に浮かび上がる。

色と、音の、境界線が、完全に溶けていく)


イズナの九つの尾が、光の粒子となって、霧散していく。

その、あまりにも美しい残響が、この空間の全てを覆い尽くす。

世界が、一瞬だけ、純粋な“白”になる。






その中で――芽衣子は、見た。



「……なんだ、これ」



灰色の粒子が消え去った、その間に、無数の“光”が、残っていた。

けれど、それは、ただの光じゃない。

その光は、確かな“輪郭”を持っていた。





指先ほどの、小さな光の粒が、

一秒ごとに、重なり、繋がり、形を、覚えていく。








(低く、しかし、連続する、デジタルなノイズ音)

ジ……ジジ……ジザ……






「名前を、呼んでる…?」





光の粒が、震え、

音が、文字になり、

文字が、線を描き、

線が――骨格になる。



それは、光でも、人でも、ましてや、ただの武器でもない。

“音の姿をした、存在”だった。



ジザニオン。








身体を持たない、身体。

それでも、そこには、確かな体温のような、生命の律動があった。





「……聞こえる。

私の、中じゃねえ。“外”で、鳴ってる」









挿絵(By みてみん)









芽衣子の声に反応するように、

ジザニオンの光の輪郭が、一度だけ、心臓のように、脈を打った。




その脈動のたびに、この灰色の世界の“色”が、少しずつ、戻ってくる。

灰→銀→蒼→ そして、緑へ。






「……お前、ただの音じゃ、ねえんだな。

もう、ここに“在る”んだ」






ジザニオンは、答えない。

けれど、その沈黙が、確かな「うなずき」の形をしていた。





そのとき――芽衣子は、気づく。

自分の影と、ジザニオンの影が、

ゆっくりと、寸分の狂いもなく、“重なっていく”。






同じリズム、同じ鼓動。

まるで、“痛みを、二人で、分け合うように”。





「……ああ、そうか。

お前、ずっと、私の中に、いたんだな」





ゆっくりと、掌を、その光の存在へと、伸ばす。

その瞬間、ジザニオンの光が、まるで帰る場所を見つけたかのように、彼女の掌へと、吸い込まれていった。

冷たくも、熱くもない。

ただ、懐かしい、“生”の匂いがした。









イズナ(声だけが、残響のように響く)


「……融合、完了しました」







芽衣子


「うるせえ…。

これは、融合じゃねえ。“帰還”だ」







(音が、再び、静まる)

(世界が、もう一度、深く、息を吸う)

「これが……“在る”ってことか」






足元に、たった一輪だけ残った、あの毒麦が、静かに、揺れている。

その、透明だった茎の先に、小さな、しかし、決して消えない、緑色の光が、宿っていた。

それは、ジザニオンの、魂の残滓。






「生きてる限り、腐る。

腐る限り、匂う。

匂う限り、世界は、また動き出す」






そして、芽衣子は、静かに、目を閉じた。

ジザニオンの、微かな呼吸が、

彼女の胸の奥で、完全に、同期していく。






(背景音:脈動 → 無音 → そして、力強い、一つの脈動へ)




――“感じること”が、再び、武器になる。

(画面、ゆっくりと、しかし、希望の光を残して、暗転)

(最後のノイズが、低く、しかし、確かなメロディとなって、流れる)




(to be continued…)










挿絵(By みてみん)



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