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混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: ハレルヤ/TOKYO SICKS


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Chapter 26 『イズナ・テレキネシス』






無音。


白い残響が、ゆっくりと、しかし確実に、“震え”へと変わっていく。


――音は、まだ死んでいなかった。










沈黙の、そのさらに奥底で、微細な“揺れ”が芽生える。

空間の粒子が、まるで目覚めるかのように震え、無数の細い光の線となって、虚空を縫い合わせていく。











ドクン。










それは、心臓の鼓動にも似ていた。

けれど、それは、もはや誰の鼓動でもない。



この崩壊したはずの世界そのものが、再び、自らの意志で拍動を始めたのだ。



光が、霧のように滲み始める。

空間が、再び“層”を持ちはじめ、何かが、ゆっくりと、その形を取り戻していく。










――尾。


闇よりも深い、青黒い、巨大な尾が、一本。

また、一本。



宙を漂う光の粒子が、その八つの尾の形を象るように、美しく、そして不気味に揺らめき出す。




その中心で、一人の少女が、立っていた。

白い残響の中で、彼女の髪が、まるで液体のように、重力を無視してほどけていく。

現実そのものが、彼女の存在を核として、“曲がって”いるかのようだった。




「……これが、“感じる”ということ――ですか」





挿絵(By みてみん)










イズナの声が、空気に触れた、その瞬間。

周囲の重力が、完全に反転した。







床に落ちていた瓦礫や、砕けたガラスの破片が、音もなく、ゆっくりと宙へと舞い上がる。

八つの尾の先端が、淡く、青白く発光する。





まるで、八つの異なる感情が、一つずつ、その意識を取り戻していくようだった。






「思想は、滅びました。論理は、詩に敗れた」






彼女は、まるで他人事のように、自らの敗北を語る。






「ですが――“知覚”は、まだ、ここにいます」







彼女の指先が、ほんのわずかに、動く。







その瞬間、宙に舞っていた机の残骸が、音もなく、しかし高速で集結し、完璧な球体へと、その形を組み替えた。





重力が、彼女の思考に従って、その法則を、形を変えていく。

それこそが、都市伝説の奥に隠されていた真実。






イズナ・テレキネシス。





イズナの瞳が、淡く、紫色に光る。

その奥で、八本の狐の尾のような光が、確かに揺れていた。






挿絵(By みてみん)






「宮沢ヒトミ。反町芽衣子」






彼女は、初めて、その名を呼んだ。





「あなたたちが“語った”その場所へ――今度は、私が、“届く”番です」










八つの尾が、一斉に、眩い光を放つ。

空気が、水面のように波打ち、目の前の景色が、千枚の鏡のように、粉々に砕け散った。


――そして、世界は、彼女の意志によって、再構築を始めた。












空気が、裂けた。

視界の端で、色が、光が、反転する。

芽衣子が一歩踏み出すより、早く。

不可視の“音”が、衝撃波となって、彼女を殴りつけてきた。




鼓膜が破れた、と思った。

でも、違う。

世界の方が、破れていた。











「――っ、ぐあッ!」










背後の壁が、まるで生き物のように、波のように歪み、その勢いのまま、芽衣子の身体を叩きつける。







床に落ちた瞬間、背骨の奥まで、高圧電流のような激痛が走った。





イズナ


「……見えます。

あなたたちの“痛み”も、“怒り”も、“希望”という名の信号も。

全て、感じていますよ」






彼女の背後で、八つの尾が、扇のように、八方向に広がり、空間そのものをたわませる。

彼女の手が、まるでバレエダンサーのように、軽く、優雅に動くだけで、部屋中の瓦礫という瓦礫が、機関銃の弾丸のように、一斉に芽衣子へと襲いかかる。





芽衣子


「ッざけんな……!

これは、もう、戦いじゃねえ……!」








拳を握る。だが、空気が、鉛のように重い。

まるで、“重力”そのものが、彼女の存在を、この世界から押し潰そうとしているかのようだった。



ドンッ。







視界が、一瞬、黒く塗りつぶされる。

天井が軋み、床が、さらに粉砕される。

レイナの視線が、まるで“神経を直接焼くレーザー”のように、芽衣子の身体を貫いた。



イズナ


「痛みは、まだ残っています。

ですが、もう“恐怖”ではありません。

これは……ただの、“観測”です」








芽衣子


「観測、だと…? ふざけ…るなッ!」









床を蹴り、銃弾のように突っ込む。

だが、次の瞬間――

何もないはずの空間に、殴られた。



見えない壁。



いや、違う。空気が、空間が、彼女の敵意を“感知”し、殴り返してきたのだ。

レイナの思考が、この場の物理法則を、リアルタイムで“再計算”し、力学を、因果律を、自在にねじ曲げている。






「あ゛ッッ!」






肩が、ありえない方向に砕け、机の破片に叩きつけられる。

世界が、上下を、前後を、完全に失う。

呼吸も、痛覚も、思考も、全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。







イズナの瞳が、妖しく光り、八つの尾の先端が、ゆっくりと旋回する。

重力が、完全に反転した。

部屋中の全ての破片が、上空へ――いや、違う。彼女の意識の中心へと、まるでブラックホールのように、吸い込まれていく。






「……人間の“形”なんて、

本当に、脆いものですね」









空が、逆さまに落ちてきた。

天井と床の境界線が完全に破れ、血のように赤い花弁が、まるで天国からの雨のように、降り注いでくる。







挿絵(By みてみん)







赤――曼珠沙華。


燃えるような彼岸花の花びらが、重力を無視して、ゆっくりと、ゆっくりと、空へと舞い上がっていた。



芽衣子は、その光景を、理解することができなかった。

何もかもが、上に、落ちていく。






「……な、なんだよ、これ……ッ!」






空間が、まるで濡れた雑巾のように、ぐにゃりと歪む。

そのたびに、全身の骨が、軋むような悲鳴をあげた。

息をするだけで、見えない力に肺が圧迫され、潰れそうになる。






その世界の中心に立つレイナは、動かない。

ただ、静かに、八つの青黒い尾を揺らしているだけ。

まるで、彼女自身が、この狂った世界の、不動の極点であるかのように。







八つの尾が、同時に、そして微細に、震えた。

音が、空気を裂く。


それは、もはや“声”ではない。

人間の可聴領域を超えた、魂に直接響く、純粋な“周波数”。








「――層が、鳴っている……」



芽衣子の脳裏に、直接、ノイズが響き渡った。

金属が、永遠に擦れ続けるような、不快な音。

血液が、血管の中を逆流していくような、おぞましい感覚。

足元の地面が、水面のように波打ち、そこから、目に見える“重力の輪”が、次々と立ち上ってくる。








挿絵(By みてみん)











芽衣子


「おい、やめろッ……!

これ以上やったら、この世界が、本当に壊れるぞッ!」





イズナは、その悲痛な叫びを聞いて、初めて、美しく笑った。

その笑みは、あまりにも冷たく、あまりにも、神々しかった。




「壊れる?

いいえ――これは、“再構築”ですよ」



その言葉が、引き金だった。


瞬間、八つの尾が、一斉に炸裂した。

空気が、ガラスのように砕け散り、周囲の瓦礫が、全て、空へと吸い込まれていく。

重力が、完全に、反転した。

芽衣子の身体が、抗う術もなく、無理矢理に、宙へと吊り上げられていく。









「う、あぁああああッッ!!」










背骨が、軋む。視界が、赤く、滲む。

口の端から零れた血が、まるで昇天する魂のように、それすらも空へと昇っていく。

痛みの感覚すら、全てが“上向き”に引っ張られていた。



イズナの周囲で、八つの尾が、惑星の軌道のように、優雅な円を描く。

青、紫、黒、そして、白。

その光が混ざり合い、この空間の物理法則の“層”を、リアルタイムで“再計算”していく。









挿絵(By みてみん)









「……痛いですか、反町芽衣子?」







その声は、音ではない。

芽衣子の脳の奥に直接届く、思考の波動。

彼女の恐怖、怒り、痛みの全てをリアルタイムで解析し、それを完璧に再現して送り返す、究極の“知覚の暴力”。






芽衣子


「……っ、黙れ……!」






拳を握り、宙を蹴る。最後の反撃。

だが、踏み込んだ瞬間、空間そのものが、彼女の存在を“拒絶”した。

拳が、イズナに届く、その直前に、世界が、音を立てて、折れた。









パキィィィィィン――。



巨大な鏡を、内側から叩き割るような、甲高い音。

芽衣子の身体が、凄まじい反動で弾き飛ばされる。



背中が、見えない壁に叩きつけられ、そのまま、床に叩き落とされる。



全身の骨が、悲鳴を上げた。口から、ごぼりと、赤い血塊がこぼれ落ちた。



イズナ


「……力は、理論ではありません。

想いでもない。

これは、“私が感じた分だけ、現実が曲がる”という、ただそれだけの、新しい法則です」





八つの尾のうちの一本が、まるで指揮者のタクトのように、ゆっくりと、地に向かう。

床が、静かに揺れ、足元から、無数の曼珠沙華が、一斉に咲き乱れた。

その赤が、まるで世界の血管のように、この白い空間を、瞬く間に塗り替えていく。





芽衣子は、血の海の中で、震えながらも、笑った。

その目は、まだ、死んでいなかった。



「……クソが。

感じすぎだろ……てめえは」





イズナの表情が、その言葉を聞いて、一瞬だけ、変わった。

ほんの、わずかに――迷い。


「……感じることを、私は、間違えたのでしょうか」








その、たった一言の、自問。

それが、この完璧な世界の、最初のバグだった。


瞬間、八つの尾の動きが、止まった。

世界の全てが、一拍、完全に、静止する。


――そして、その静止こそが、次なる“崩壊”の、始まりの合図だった。




音が、逆流する。

舞い上がっていた曼珠沙華の花弁が、上昇を止め、黒い灰となって、ゆっくりと落ちてくる。

空が、黒く、沈んでいく。




――その一瞬だけ、

“イズナ”は、ただの少女、レイナに戻っていた。






静寂。






風が、一度だけ、この狂った世界を優しく吹き抜ける。

血のように赤かった曼珠沙華の花弁が一枚、まるで世界の涙のように、逆さに、ゆっくりと落ちていった。





イズナの肩が、わずかに震えている。

彼女を怪物たらしめていた、八つの青黒い尾の光は、ほとんど消えかけていた。

世界は、静止したまま。






「……怖い」






その声は、もう脳に直接響く波動ではなかった。

か細く、震え、そして、どうしようもなく人間的な、一人の少女の声だった。






「全部、感じすぎて……。ヒトミの祈りも、芽衣子の怒りも、この世界の痛みも、全部…全部が流れ込んできて…壊れそうで……」







その声は、もう震えてはいなかった。

むしろ、全ての感情を受け入れ、その果てに辿り着いた、諦めにも似た、静謐さを帯びていた。



イズナは、ゆっくりと顔を上げる。

その瞳の奥に、再び、紫の光が灯る。

けれど、今度の光は、怒りでも、狂気でも、科学的な好奇心でもない――“理解”の光だった。


「……そうですね。

感じることを、恐れて、どうするというのですか」



彼女は、ゆっくりと、天に向かって右手を掲げた。

その指先に、微かな群青色の光が集まり、その軌跡が、虚空に、一つの“文字”を描いていく。






――「闇」。







黒い光で描かれたその漢字が、ゆっくりと揺れながら、この白い世界の中心に漂う。




「闇は、拒絶ではありません。

ただ、まだ形のない、“語り”なのです」




イズナの声が、世界を、優しく包み込んでいく。

白い残響が、再び色を取り戻し、足元から、無数の曼珠沙華が咲き乱れる。


しかし、今度の花は、血のような赤ではなかった。

夜の最も深い時間を切り取ったような、静かで、美しい、群青色の花々だった。






「そうか。

これが、“ヤミガタリ”――

語られるのを待っている、闇。

終わりではなく、次なる物語が生まれる、循環の入り口」



イズナは、微かに、そして穏やかに、笑う。

その笑みには、もう、恐怖も、痛みも、孤独さえもなかった。



八つの尾が、再び、ゆっくりと開く。

だが、今度は、暴力的な威圧感はない。

それぞれが、静かな呼吸のように、寄せては返す波のように、彼女の背後で、柔らかく揺れていた。




「……感じることが怖いなら、

語ればいい。

声にすれば、闇は、形になるのです」





尾の先が、光の筆となって、空間に、新たな文字を描き始める。

群青色の曼珠沙華の花弁が、その文字を飾り、浮かび上がらせていく。



“ヤミガタリ”。



「私は、もうどこにも戻りません。

ただ、全ての物語が生まれる場所へ、始まりへ、“還る”だけです」






彼女が、静かに一歩を踏み出すと、

空気が、優しく震えた。

この世界を隔てていた、現実との断層が、静かに、閉じていく。



空間が閉じていくその瞬間――イズナの意識の深層で、ひどく懐かしい声の残響が、微かに響いた。




マユの声。


『……レイナ……いや、イズナ…それで、いい』



イズナ


「……ええ、マユ。

私は、“ヤミガタリ”の声になる。

物語の闇に還り――そして、“次”を、語りましょう」









白い光と、群青色の闇が、完全に混ざり合い、世界が、ゆっくりとフェードアウトしていく。








その声が消えた瞬間、世界は、完全な無音になった。

風もない。

自分の呼吸の音すら、なかった。





芽衣子の瞼が、ゆっくりと開かれた。


全身の、骨が軋むような痛みが、遅れて、しかし容赦なく押し寄せる。

でも、それ以上に――胸の中が、どうしようもなく、冷たい。




周囲は、静まり返っていた。

割れた机も、粉々になった床も、全てが“在るのに、存在していない”かのように、現実感を失っている。









「……レイナ…?」





声は、届かない。

この世界の空気が、音という概念を、拒絶していた。

まるで、世界が、音の存在そのものを、忘れてしまったみたいに。






芽衣子は、ゆっくりと、膝をついた。

先ほどまで流れていたはずの、自分の血の跡は、どこにもなかった。

代わりに、足元には、一輪だけ、群青色の曼珠沙華が、咲いていた。




その花に、そっと触れようとした、その瞬間。

花弁が、まるでデジタルの“データの欠片”のように、音もなく崩れ、指の隙間から、サラサラと零れ落ちていった。



「……何も……残って、ねえじゃねえか」




口に出した自分の声が、やけに遠く、他人事のように聞こえた。













芽衣子


「なあ……てめえは、本当に、それで満足して還ったのかよ」



答えは、なかった。

空には、ただ、群青色の光の残滓だけが、星のように瞬いている。



「……勝手に、置いていくなよ」



その言葉が、音にならないまま、空気に消える。

返事のない、空っぽの世界で、

彼女は、乾いた笑いを、漏らした。



「はは……。結局、『全部感じる』とか言って、私を置き去りにしていくのかよ」




目の奥が、焼けるように熱い。

でも、涙は、一滴も出ない。

泣くという、あまりにも人間的な動作を、もう、身体が忘れてしまっていた。






「……じゃあ、私は、これから、何を感じりゃいいんだよ」






風が、吹いた。



最後の、群青色の花弁が一枚、空へと舞い上がる。

それが、夜の闇に完全に吸い込まれるまで、

芽衣子は、ただ、静かに、それを見つめていた。




そして――まるで、自分自身に言い聞かせるかのように、微かに、呟いた。




「……“何も感じない”ってのも、地獄だな」







挿絵(By みてみん)









(暗転)



(to be continued…)







挿絵(By みてみん)

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