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混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: ハレルヤ/TOKYO SICKS


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Chapter 25 『断層交響』




――白い。














挿絵(By みてみん)














ただ、ひたすらに、白い。

音がない。匂いもない。重力さえも、希薄に感じる。

なのに、何かが“鳴っている”気がした。






――地鳴りのような、低く、長い、持続音。






ビルの地下深く、あるいは、誰かの記憶の最深部で、芽衣子は、再び“現実”へと墜落していた。

光も、音も、ここでは粘性を持ち、まるで水の中のように、幾重もの“層”を成して流れている。






夢の中で咲き乱れていた、血のように赤いリコリスの花は、もうどこにも咲いていない。

代わりに、どこか遠くで、錆びた配管を水が流れる音が、まるで壮大な交響曲の第一楽章のように、静かに、しかし執拗に響いていた。




芽衣子


「……交響? 笑わせんな。

これはただの、現実が軋むノイズだろ」




――けれど、その“ノイズ”こそが、芽衣子がまだ“ここ”に存在している、唯一の証だった。







視界の輪郭が、ゆっくりと溶けていく。

壁も、天井も、床も、全てが一瞬だけ、古いフィルムのコマのように透けて、その向こう側にある、別の景色と重なって見えた。





芽衣子

「……ここ、どこだ?」

















挿絵(By みてみん)











芽衣子は、自分の声が、コンマ数秒遅れて、すぐ隣から返ってくるのを聞いた。

反響でも、残響でもない。







まるで、誰かが自分の声を完璧に模倣コピーして、少しだけズラして再送信リピートしているような、奇妙で、不快な聴覚のズレ。







少しずつ、純白の世界に、色が戻ってくる。

黒く焦げた床の染み。




散らばった、血のような赤い彼岸花リコリスの花弁。

そして、壊れた電子回路のように、黒い影が、白い光を無数に引き裂いていた。







そして、その中心に――

ヒトミと、レイナが倒れていた。

まるで、戦いの果てに力尽きた、二体の壊れた人形のように。










挿絵(By みてみん)









芽衣子


「……は?」





芽衣子は、一歩、踏み出す。

床が、軋んだ。





いや、違う。床の下が、鳴った。

低い“うねり”が、まるで巨大な生き物のように地の底から這い上がり、彼女の鼓膜の裏で、直接、共鳴する。



“――どちらも、まだ終わっていない”







誰の声でもなかった。

けれど、確かに“世界”そのものが、そう囁いた気がした。




芽衣子


「……ふざけんなよ。終わったろ、もう」







だが、その声もまた、別の誰かの声――少しだけ若い、自分自身の声――と重なって、ズレて返ってきた。





「――終わってない。まだ、鳴ってる」




白い世界の残光が、再び、音になろうとしていた。

空気が、震えている。

何の音かわからない。ただ、どこか遠くで、誰かが、この世界そのものを、巨大な太鼓のように、ゆっくりと、しかし力強く叩いている。



芽衣子


「……おい、マジで何だよこれ。地震か?」




一歩踏み出すたびに、足元の世界が、物理的に“ズレる”。

壁と床の境界線が合わない。視界の奥で、色が、前後に、左右に、僅かに揺れている。





芽衣子


「……いや、違う。これ…やっぱり、ただのノイズだ。

……え、待て、わかんねぇ。ほんっとに、わかんねぇって!」



言葉が途切れ、頭の中に、直接“誰か”の声が、ノイズと共に差し込まれる。








『再送信……受信層、崩壊……』

『祈り(POETRY)、科学(CHEMISTRY)、同一信号(EQUAL SIGN)に収束……』







芽衣子


「はあ!? なんの設定を語ってやがんだ、てめえは!」






声を荒げた瞬間、倒れていたヒトミの髪が、ふわりと、無重力のように浮き上がった。

レイナの指先が、ぴくりと痙攣した。

二人の周囲から、まるで彼女たちが呼吸しているかのように、白い光の粒子が、ゆっくりと舞い上がる。




芽衣子


「……っ、ふざけんな。もう休んでろよ、二人とも…!」





床のひび割れから、低音が、霧のように滲み出す。

ゴゴゴゴゴ……





地の底の、世界の断層が、ついに“交響”を始めていた。


芽衣子


「……もう、やめろよ。

現実が、壊れるだろうが…!」





空気が、完全に反転する。視界が、水面のように、大きく波打った。

――それでも、音は、止まらなかった。










【SOUND OFF】










静寂。










白い残光の中、ヒトミとレイナは、眠るように倒れている。

芽衣子は、ゆっくりと膝をつき、まるで墓守のように、二人の間に座り込んだ。





……空気が、震えている。

鼓膜の裏に、誰かが、そっと息を吹きかけるような、微かな感覚。

次の瞬間、壊れたスピーカーが、一度だけ「カッ」と、小さな悲鳴をあげた。

そして、













――ポーン……。















あまりにも純粋で、あまりにも静かな、低いピアノの一音が、空間のどこかで、波紋のようなものを描いた。




それは、アルヴォ・ペルト《鏡の中の鏡》。

ゆっくりと、音が、光の粒を纏いながら、この白い部屋を漂い始める。

ミニマルなピアノの旋律と、それを追いかけるヴァイオリンの長い音が、交互に、そして永遠に、揺れながら、白い部屋を満たしていく。



芽衣子


「……誰が、流してんだよ、これ」


自身のスマホの画面は、蜘蛛の巣のように割れている。

この空間に、音源らしきものは、何もない。

けれど、確かに、“世界”そのものが、この鎮魂歌レクイエムを再生していた。






アルヴォ・ペルトの《鏡の中の鏡》。



その音は、壁に反射し、また戻ってくる。

その、永遠に続くかのような往復が、この白い世界の幾重にも重なった“層”を、一枚一枚、優しく、しかし確実に撫でるように震わせていた。


芽衣子は、目を閉じる。

息を吸うたびに、光と音が、肺の中で混ざり合っていく。

自分の脈拍が、ピアノの、あの正確無比なテンポに、完全に同調していくのを感じる。



――再送信。



――受信層、共鳴。





誰かの声が、曲の、あの静謐な隙間に、囁きのように入り込んでくる。

それは、ヒトミか。レイナか。あるいは、この世界そのものか。








芽衣子


「……もういいよ。喋んな。

今だけは、音だけで、いい」





その言葉が、世界のスイッチだったかのように、音が、完全に止まる。

静寂が、一瞬だけ、“本物”になる。
















……だが、次の瞬間。

















まるで、地の底から、巨大な哀しみがせり上がってくるかのように、ストリングスの重低音が、この白い世界の空気を引き裂いた。



マックス・リヒター、《On the Nature of Daylight》。



まるで、誰かの、忘れ去られた記憶を、一枚一枚、乱暴に剥がしていくように、ヴァイオリンが、すすり泣きを始める。


静かに、しかし、確実に。







芽衣子


「……これ、聴いたことある…。

昔…ニュースで流れてた大災害の…いや、違う。夢か…?」



その旋律に触れた瞬間、彼女の頬を、何かが、すっと伝った。

それが涙だと気づくのに、数秒かかった。








“――哀しみが、音の形を取って、再構築されていく”

“――思想の死骸が、純粋な情動の形を取り戻していく”







リヒターの、あまりにも人間的な旋律が、壊れたリコリスサーキットのデジタルな残響を、ゆっくりと浄化していく。









倒れていたヒトミの指が、ピクリとわずかに動く。

レイナの唇が、名前のない言葉を紡ぎかけて、止まる。










芽衣子


「……なんだよ、二人して。

DJごっこかよ」







笑おうとした。だが、声は震え、嗚咽に近かった。


涙と共に漏れた、その歪んだ笑い声が、ストリングスの波に吸い込まれていく。

その音が、世界の断層を、優しく叩いた。




音楽は、ゆっくりと、しかし確実に、フェードアウトしていく。


ストリングスの、あまりに美しい余韻が、夜の中に溶けていく。


――そして、沈黙。


……と、思われた。


その、完全な沈黙の底から、また、一音。

ピアノが、まるで、月の裏側から届く“誰かの息遣い”のように、流れ始める。













――クロード・ドビュッシー、《月の光》。


外の夜が、急に、深くなる。

割れた窓の向こうに、淡く、青白い月が浮かんでいるのが見えた。

光は、氷のように冷たいのに、音は、どうしようもなく、やさしい。





芽衣子


「……月の裏側から、聞こえてんじゃねえか、これ」




ピアノの旋律に合わせて、この白い部屋の空気が、ゆっくりと青く染まっていく。


倒れていたヒトミの髪が、ふわりと、静電気のように浮き上がる。


レイナの頬に、月の光が、涙の跡のように宿る。


世界そのものが、“交響”している。





――思想と肉体の層、共振。

――世界の断層、活性化。




床が、わずかに、浮遊感を帯びる。

空気が反転し、上下の感覚が、曖昧になっていく。





芽衣子


「……ちょ、ちょっと待てって。

マジで、何を始めてんだよ、お前らは…?」




音は、止まらない。

ピアノが、どこまでも静かに、しかし、抗いようもなく、世界を侵食していく。



そして、最後の和音が、鳴り響いた、その瞬間――



世界が、息を呑んだ。

全ての音が、消える。

白。

無音。



……それでも、芽衣子は、聴いてしまった。

“何かが、まだ、鳴り続けている”音を。







誰の声でもない。

だが、確かに、この世界が、まだ夢を見続けている音。




芽衣子


「……終わって、ねえのかよ」








白い世界。時間が止まっている。



ヒトミとレイナは倒れ、芽衣子だけが、その悪夢のような静寂の中で、動くことができた。



芽衣子



「……おい。マジで起きろって…。もう、腹いっぱいだ」



返事はない。



けれど、空気が、わずかに“笑った”気がした。

どこからか差し込む月の光が、ゆっくりと、倒れているレイナの顔を撫でる。






その唇が、かすかに、動いた。


「……負けたのは、私です」




芽衣子


「……あ?」





光が、瞬いた。

ピアノの残響が一瞬だけ戻り、世界が、心臓のように脈動する。






「ですが――」


レイナの瞳が、ゆっくりと開かれる。










その虹彩の奥に、もはや人間のものとは思えない、無数の数式と、青い光が渦を巻いていた。

そして、その奥の闇に、『無限(∞)』を象る、八本の尾のような幻影が確かに揺れていた











「忘れたのですか? 私は――」

「『ヤミガタリ』の、一部でしかない、と」










芽衣子


「……ヤミガタリ…」







レイナ


「闇は、死なない。

語りが途絶えた瞬間に、次の“層”が生まれ、新たな“物語”が始まるのです」







床が、鳴った。

白い世界の底から、音が、黒いインクのように滲み出してくる。

低い重低音が、空間をたわませ、ヒトミの髪が、ふわりと浮いた。

ショートした配線が焼けるような、ひどく甘ったるいオゾンの匂いが、鼻腔を殴りつけた。











レイナ


「……科学も、祈りも、全ては私たちの“物語”の、断片にすぎません。

ヤミガタリは、信号でも、祈りでもない。

――世界を再構築するための、呼吸そのものなのです」







芽衣子


「……てめえ、一体、何を言って…」



レイナは、もはやレイナではない“何か”は、静かに、そして美しく笑う。


光が、その笑みに溶け、彼女の声が、純粋な“音”へと変わっていく。










「あなたの祈りは、終わりました。

次は、私たちが、現実を動かす番です」



彼女の手が、ゆっくりと、床に触れる。

そこから、黒い“音”が、稲妻のように走った。




リコリスサーキットの、美しい残骸が、その黒い音に汚染され、再び、禍々しく脈動を始めた。

















ドクン。

ゴォォォォ……。














世界の断層が、鳴っている。

音が、“生きている”ことを、証明している。







芽衣子


「……なあ。今のお前は…一体、誰なんだよ」









レイナ


「――ヤミガタリの、声  再構_築_開始開始開始開始―― 繧、繧コ繝翫ユ繝ャ繧ュ繝阪す繧ケ」






挿絵(By みてみん)












その言葉と同時に、

白い世界が、黒い音に飲み込まれ、完全に、消えた。

(暗転)





(to be continued…)











挿絵(By みてみん)










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