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混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: ハレルヤ/TOKYO SICKS


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Chapter 21 『ZERO VALUE PARADOX -現代における無垢の価格変動について -』


反町芽衣子は熱く語る──






テディベア。

クマのぬいぐるみなんざ、子供のオモチャか、あるいは空っぽの女が抱くアクセサリー。そう思うだろ?







……違うんだよ。







あれは、孤独を抱えきれなくなった奴が、最後に掴む「沈黙の相棒」だ。







食っちまいたいほどの虚無感や、言葉にならない怒りを、あの擦り切れた毛皮と、何も映さないガラスの目が、ただ黙って吸い取ってくれる。




言葉を吐かねぇ代わりに、全部聞いてくれる。




街角でスプレー缶を振り回して、意味のないタギングを壁に残す連中より、よっぽど忠実な共犯者だ。





――I’m friends with the monster that’s under my bed――





昔、そんな曲があった。ベッドの下の怪物と友達だ、と。

私にとっちゃ、ベッドの下なんざどうでもいい。本当の怪物は、ベッドの上の、隣に誰もいないっていう、その“空白”そのものだ。





テディベアは、安い布と、化学繊維の綿でできてる。





けど――その、誰でも手に入れられる“チープさ”こそが、命綱になる夜がある。





見栄も嘘も、ブランドタグも、SNSの“いいね”の数も全部剥がれ落ちて、最後に残るのは、「独りの夜に、抱きしめられるかどうか」。ただ、それだけだ。




挿絵(By みてみん)




ヴィヴィアン・ウエストウッドが、上等な制服を切り裂いて、タータンチェックを“反逆の武器”にしたみたいに、無垢なものを反転させて、その意味をハッキングするのがパンクの流儀だ。




その延長線上に、90年代の裏原カルチャーがあって……気づけば、テディベアすら“ストリート”に引きずり下ろされてた。





ベアブリックなんて、まさにその象徴。

無機質なクマの形に、アートとアイロニーを塗りたくって、投機と信仰の対象に化けさせる。





ぬいぐるみは柔らかい? ああ、柔らかいさ。



だが、その柔らかさは、孤独という名の鋭利な刃を包み隠すための“鞘”でもある。

テディベアは、甘さの仮面をかぶったモンスター

──そして、私にとっては、もう一人の自分だ。





熊は、獣でもあり、神でもある。


山を荒らす恐怖の対象であり、森の主として祀られるトーテムでもある。


かつて『イオマンテ』で、その魂を神の国へ送り返したように、本来は畏れ敬うべき“カムイ”だ。



だからこそ、この『からっぽの街』の連中は皆、心のどこかで熊を欲しがってんだ。




制御不能な暴力と、すがりつきたい孤独の間に挟まってる存在

──それが、熊さんなんだよ。






……別に、テディベアを抱いて寝るほど、私は病んじゃいない。





ただ──見てると、腹の底が、少しだけ落ち着く。


カフェインでも、タバコでもない。もっとダサくて、もっと原始的な安定剤。

くだらねぇ。





……でも、まあ、それくらいいいじゃないか。





都会の路地裏。

ポップな熊の看板――《REAB》。


ショーウィンドウには、やたらと丸っこくて、計算され尽くした愛嬌を振りまくベアたちが並んでいる。目は黒いガラス玉で、笑ってんだか、泣いてんだか、全くわからない表情。それが、逆に人の心を掴んで離さない。




店先には、すでに長蛇の列。

並んでいるのは、死んだ魚のような目をした転売屋、スマホの画面の中だけで息を吐いて生きているインスタグラマー、古着とハイブランドをめちゃくちゃに組み合わせた文脈なしの若者たち。

ストリートと“カワイイ”が渋滞を起こし、欲望の熱気で、空気はもうカオスだ。




芽衣子は、その列の最後尾で、腕を組みながら鼻を鳴らした。





「……なんだよ、ケバブ屋かと思ったぜ」




すると、横に並んでいた金髪の女が、待ってましたとばかりに食いついてきた。



「ち、ちがいますよ! 《REAB》! 今、いっちばんバズってるベア専門店ですから!」



里見コガネ。




金に汚れた髪を無理やりカールさせ、流行りのブランドロゴをこれみよがしに着こなした、典型的な東京のハイエナ。



挿絵(By みてみん)






芽衣子は、彼女を一瞥もせず、吐き捨てる。





「……くだらねぇ名前」





「いや〜、これ一個ゲットできれば即2万ですから! くだらなくないですよ、全然!」





芽衣子は、心底うんざりしたように鼻で笑った。





「……はぁ? クマに値札つけて自慢かよ。金で買える反骨心パンクなんざ、ただのコスプレだ」





その時。

列の前方、店のガラス越しに、ふと見慣れた横顔が視界に入り、芽衣子の足が止まる。






(……あれは)






静かにベアを手に取り、まるで学術論文でも読むかのように、真剣な顔で縫い目を確かめている少女。

ユリナ。




挿絵(By みてみん)





“ヤミガタリ”の舎弟のインテリ眼鏡。






芽衣子と目が合った瞬間


――ユリナの肩が、ビクッと大きく震えた。



普段は冷静沈着な彼女が、見る見るうちに頬を赤く染めていく。





「……お前、ここで何やってんだ」



芽衣子が、面白そうに笑う。


ユリナは慌てて視線をそらし、ベアを棚に戻そうとする。



「……こ、これは、研究です。現代消費社会における、記号的価値の変遷に関するフィールドワーク。知的考察の一環ですよ」



(……最悪。よりによって、あの転校生に見られるなんて。私の“知的でクールなイメージ”が、この綿の塊のせいで、完全に崩壊する…!)






挿絵(By みてみん)





ユリナは内心、絶叫していた。




ガラス越しに、二人の間に奇妙な空気が流れる。


外では、コガネがまだ大声を張り上げている。




「おっしゃ! 限定タグ付きはマジ神! これで今月の支払いイケるっしょ!」





芽衣子は、ユリナから視線を戻し、ため息をひとつ。


「……やっぱこの街、くだらねぇ奴ばっかだな。クマの本質的な価値を、誰もわかってねえ」



その言葉に、ユリナが反応した。







「……わかっていないのは、そこの女性の方ですね」







ユリナは、コガネが手にしているベアを、ガラス越しに冷たく睨みつけた。


「そのタグはホワイトではなく、アイボリー。初版復刻はステッチが二重ですが、それは量産型の単線。ボタンアイの反射角も仕様と異なります。……結論として、その個体に二万円の市場価値は、ゼロです」


早口で、しかしあくまで丁寧な口調で畳みかけるユリナに、コガネは目を白黒させる。




「な、なに言ってるんですか、このメガネ!」




芽衣子は、思わず吹き出しそうになるのを、わざとらしい咳払いで誤魔化した。



「……ぷっ、げほっ。おいメガネ、暴走すんな。早口すぎて、転売屋がフリーズしてんぞ」


ユリナは、ハッと我に返り、真っ赤になって眼鏡を直す。





「わ、私は…ただ、客観的な事実を提示しただけです!」





コガネは、引き攣った笑顔のままスマホを操作し、フリマアプリの画面を突きつけてきた。



「ほら見ろ! 出品したら、もう♡10件も“いいね”付いてんだわ!」



その瞬間。

ユリナの指先が、ポケットの奥で、そっと小型のデバイスを撫でた。






ピッ――。

コガネのスマホ画面が一瞬フリーズし、♡の数が、まるで幻だったかのようにゼロに戻る。


「……は? え、えっ? なんで、全部消えてるの!?」




コガネが、顔面蒼白で更新を連打する。


ユリナは、別のベアをそっと胸に抱きしめながら、無表情で呟いた。




「……ただの通信エラー(バグ)ではないでしょうか?」



挿絵(By みてみん)




芽衣子は、その一部始終を横目で見て、もう一度、鼻で笑った。



「……くだらねえ」



だが、その口調の奥に、ほんの少しだけ、楽しそうな色が滲んでいた。




(……最悪。なぜ私がテディベアなどを手にしている時に…! 私の“研究”は、本当は趣味。いえ、趣味以上に執着…。クマの縫い目を追いかけていると、心が落ち着く。それをこの女に知られたら…もう、“格好いい知的な私”ではいられません…!)




ユリナは、赤面しながら立ち尽くす。




芽衣子は、自分の目当てだったタータンチェックのベアを手に入れ、袋をぶら下げて店を出た。

そして、すれ違いざま、ユリナにだけ聞こえる声で、ぼそりと呟いた。




「……メガネもクマ、買いに来たのか。――奇遇だな、私もなんだよ」




レジの奥。

店員の女性――ヒナが、ニコニコと客を見送っている。


何も知らない、ただの可愛い店員のはずなのに、その笑顔に、どこか全てを見透かすような、不気味な余韻が漂っていた。





挿絵(By みてみん)






夜の都会。


「REAB」の袋を下げた客たちが行き交う。

看板のクマがネオンに照らされて、にやりと、獲物を見つけたかのように笑っているように見えた。




その列の端で、里見コガネがスマホを握りしめ、低く呟く。



「なんで急にバグんだよ…あのメガネ女が来てからだよな…?」




挿絵(By みてみん)





クマの影に沈むコガネの顔は、少しだけ“ダークサイド”に堕ちていた。

街の灯りがゆらめき、闇と光が混じる。

日常の一コマのはずなのに──どこか“何かが始まる匂い”がする、そんな夜の断片だった。







(to be continued…)





挿絵(By みてみん)




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