Chapter 18 『一閃|PLEASURE ANTHEM』
夕闇の校庭に、二人の影が交錯していた。
アヤネの金属バットは、彼女自身の闘志によって紫色のオーラを纏い、芽衣子のジザニオンは、ヒトミの絶望を燃料にして緑の炎を激しく噴き上げていた。
その衝突は、もはや人間同士の喧嘩などという矮小なものではない。
「義理」という名の物理法則に縛られた獣と、「言葉」という名のバグから生まれた魔女。文明と野蛮、秩序と混沌が、互いの存在を賭けてぶつかり合う、異形の戦場だった。
ガアアアアアァァン――!!
再び、世界が悲鳴をあげた。
空気が裂け、校舎の窓ガラスが共振して砕け散り、遠くの地平線がぐらりと震える。
その、阿鼻叫喚の中心で、芽衣子の目だけが、凍てつく湖面のように、異様なほど冷たい光を宿していた。
「――システムの脆弱性を再確認。これより、最終パッチを適用する」
緑の炎が槍の根元から奔流のように走り、不可視のプログラムコードが、現実空間に幻影として展開される。それは、世界のOSを強制的に書き換える、禁断のスクリプトだった。
codePython
# note.sanity_check()
def stay_awake(heart):
while True:
heart.beat("苦い")
if heart.energy <= 0:
raise Exception("希望 not found")
文字列は、それ自体がカミソリのような刃と化し、プログラムの呪詛が、アヤネの信じる“現実”を削り取っていく。
読書の毒が、ヒトミの絶望が、ついに武器そのものへと最終アップデートを完了したのだ。
「ふざけんなァァッ!」
アヤネは、本能的な恐怖を、怒りの絶叫で塗りつぶした。
バットを振り下ろす。その一撃は、もはや野球のスイングではない。
地面を、世界を叩き割るためだけの、純粋な破壊行為。校庭の土が大きくえぐられ、コンクリートの破片が銃弾のように飛び散った。
だが、芽衣子は怯まない。ジザニオンを水平に構え、その身に宿る緑の炎を、臨界点まで増幅させる。
「……ゴリラ女。終わりだ」
ズバアアアアアアアアアッッ!!
閃光。
ジザニオンの穂先から放たれた緑の斬撃は、まるで炎の龍の顎。アヤネの渾身の一撃を、真正面から噛み砕いていく。
金属バットが、断末魔の悲鳴をあげるように軋み、緑の炎の毒に呑まれて、瞬時に黒煙を吹き上げた。
アヤネの両腕に走る痛みは、もはや火傷ではない。骨の芯まで焼かれる、絶対的な消滅の感覚。彼女は思わず後退した。
「……クソッ……まだ……!」
必死に構え直そうとするアヤネ。だが、その血走った瞳に映ったのは、夕闇を背に、静かにジザニオンを天に掲げる、処刑人のような芽衣子の姿だった。
緑の炎が、風に激しく煽られる。
炎の中を、ヒトミのノートの断片が、まるで聖なる灰のように舞っていた。
その一枚一枚に刻まれた言葉――絶望、虚無、失格――が、ジザニオンの力を、さらに、際限なく肥大化させていく。
「『人間失格』であること、その痛みと孤独を受け入れること――それが、私のパッチだ」
異形の槍、ジザニオンが、振り下ろされる。
緑の炎の奔流は、一直線に走り、夕闇の校庭を二つに裂いた。
アヤネの信じた現実(物理)と、芽衣子の示す異端。
赤と緑の光が交差し、瞬間、世界が真っ白に塗りつぶされる。
――一閃。
『今、失格者であることを自ら受け入れた。弱いまま、惨めなまま、それでもここに立つと決めた。これが私の“PLEASURE ANTHEM(歓喜の聖歌)”だ。この事実は、お前の物理的な重量では、決して測れない…!』
……沈黙。
砂煙が、まるで一つの時代が終わったかのように、ゆっくりと晴れていく。
地面には、巨大な爪痕のような、底の見えない裂け目が刻まれていた。
アヤネは、その裂け目の縁で膝をつき、力なくうなだれていた。その手から滑り落ちたバットは、半ば溶け、ただの醜い鉄屑のように転がっている。
芽衣子は、荒い息をつきながら、ジザニオンを地面に突き立てて、その身を支えていた。
そして、勝者として、静かに呟いた。
「そして、これは……義理狩り」
彼女は、倒れるアヤネに最後の言葉を告げる。
「――NO MERCY」
その言葉を最後に、ジザニオンを包んでいた緑の炎が、すっと消えた。
すると、あれほど強固な鋼のようだった槍も、まるで幻だったかのように、元の、燃えかけた紙の束へと戻り、ハラハラと地面に散っていく。
ただ、緑色の燐光のような余熱だけが、地面を焦がし、まるで永遠に消えない傷跡のように、そこに残り続けていた。
(to be continued…)




