08. 日陰者、悩む
「えっ!?」
私たちが驚いたのも無理はなかった。
この学院では、平等が理念として掲げられている――
しかし実際には、平民より貴族が優遇されており、さらに貴族同士であっても、格式ある家柄の生徒の方が上とされるのが不文律だ。
生徒会だって、王族や高位貴族が中核を担い、その周りを中位の貴族が固めることが、伝統的な暗黙の了解となっていると思う。
私は空気な「貴族もどき」だし、私はまったく気にしていないけど、ローラは元平民だ。シャルル王太子殿下のご提案は、学院の実態に合わないのでは……?
「君が生徒会に入れば、嫌がらせに対する抑止になると私は考える」
「そんな……。私は転校して日もまだ浅く、学院のことを詳しく存じ上げません。それに私の家は男爵家ですので……」
ローラが難色を示しながら続けた。
「嫌がらせといっても、普段はたいしたことはございません。お言葉はありがたく存じますが、そこまでしていただくのは、恐れ多いですわ」
「それは、君が現状を我慢し続ける、という前提なのではないかな?」
シャルル王太子殿下がローラをまっすぐに見つめていた。
「それに、今回の件の様に、怪我人が出るようなことがまた起こらないとは、限らないよ」
ローラを優しく諭すようにシャルル王太子殿下は続けた。
「君は成績も抜群にいい。生徒会の純粋な戦力としても期待したい。あ、先に正直に言うけど、今より少し忙しくなるだろうことは認める。しかし、状況を見ながら仕事量を調整することを約束しよう。どうかな?」
「……」
ローラは困った顔をして私を見た。
う、う~ん。
仮にもし、ローラが生徒会に入ったとして……。
一部の生徒たちが、ローラにもっと嫉妬しちゃう可能性は当然あるよね。転校してきた元平民の令嬢が生徒会に入るなんて、まずないことだから。
しかし、ローラに行う嫌がらせは今後、学院の象徴である生徒会、ひいてはシャルル王太子殿下のご意向に逆らうことにつながる。
普通の感性を持つ生徒ならそう思うはずだわ。なら、ローラが生徒会に入るのは、確かにアリかもしれない。
でも。私は別にいらなくない?
学院の有名人たちが集まるキラキラした生徒会に、地味な自分が所属しているイメージが、私にはまったく湧いてこなかった。
平和が一番。
というか、居場所が無いので波風立てず、ひっそりと学院生活を送ってきた私に、全生徒の模範となる生徒会の立場が務まるともとても思えない。
成績が超優秀なローラとは違って、私なんか一般クラスの、中の中止まりだし。
そもそも人見知りだし。
小心者だし……。
「……」
私は悩むというより、どんどん気分が沈んでいくようだった。すると、いつの間にか長身の男性が目の前に立っていた。
「君にも生徒会にも入って欲しい」
フェルナン様だった。
「嫌がらせがこれで絶対に無くなるとは限らない。もし、一般クラスに在籍するサヴィーア嬢に再び何かが起きてしまったとき、特別クラスの我々だけでは後手に回ってしまうかもしれない」
「ローラに……」
「同じクラスの君がいてくれれば、日頃から我々との連携が取りやすくなる。先の件だって、君が止めてくれたじゃないか」
至近距離で私のことをまっすぐに見つめるフェルナン様。彼の青い瞳には、とても真剣な色が浮かんでいた。
「無理強いはしない。でも、君が必要だということは、わかって欲しい」
「フェルナン様……」
……私は自分のことばかりを気にしてしまっていた。でも今はローラが困っている。彼女のために何が一番良い方法なのかを、まず考えるべきなんだ。
「エミリー、ごめんなさい。迷惑をかけてしまって……」
ローラは悲しげな顔をして落ち込んでいた。
――私の気持ちはそれで決まった。
「わかりました。ローラが入るのならば、わ、私もお手伝いさせていただきます」
「ありがとう。サヴィーア嬢、どうかな?」
「はい……」
ローラはゆっくりとうなずくと言った。
「生徒会に入ります。ですが……皆様にただ守っていただくだけというのも、申し訳なく思います。私にできることがあれば、何でもやらせてください」
「決まりだね。二人とも、ありがとう。君たちの加入を、生徒会長として喜ばしく思う」
シャルル王太子殿下も、隣のアレクシス様も、朗らかな笑顔を浮かべていた。
……勢いで決めてしまったけど、大変なことになってしまった。やっぱり自分に務まるのだろうかという不安が、また頭をもたげてくる。
「実はね。昨日、彼女には特別クラスへの転籍を勧めたのだけど、君と一緒にいたいからと、断られてしまったんだよ」
そう言ってシャルル王太子殿下は微笑んだ。
「えっ? ローラが?」
「ああ、もう! 本当ごめんなさい! エミリー、怒らないで!」
ローラが両手で顔を覆っていた。
「ローラ……」
怒るわけなんてないわ。ローラが私と同じ気持ちでいてくれたなんて……。ものすごく嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「君たちは本当に仲良しだね。これからよろしく」
「……」
嬉しそうなフェルナン様の、爽やかで柔らかな笑顔に、私はまた目を奪われてしまったのだった。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
下の「☆☆☆☆☆」での評価や「ブックマークに追加」を通じてご声援をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。