44. あと、もう少しで…… / 攻略対象フェルナン・ヴァレット9
「――今配ったものが、今後の生徒会の新たなルール案だ。忌憚なく意見をもらいたい」
生徒会室で、シャルル会長が私たちに意見を求めた。
「ねえ、エミリー、こ、これ……」
「うん……」
資料に目を走らせながら、驚きを隠せない様子のローラ。私も同じだ。案の最大の要は、再来年より貴族と平民それぞれに生徒会員の定員を設けることだった。
ジャンたちがさっそく質問を浴びせ、シャルル会長が答えていく――。
「平民だからといって、ふさわしい人間がなるとは限らないのでは?」
「教師を含めた第三者委員会を設ける。あくまで公平に監査し、任期中の罷免も可とする」
「そもそも両者で折り合いがつかぬだろう? 生徒会自体の運営が成り立たんのではないか?」
「現状のように影で火種が燻り続けるよりかは、よほど健全だと考える」
「将来的に投票で決めるなんて……。この学院でまともに運用できるとは思えないわ」
「来年に試験運用する。状況については、私も直接見ていくつもりだよ」
シャルル会長は、卒業後も監督者の立ち位置で学院への関与を続けるおつもりらしかった。来期の生徒会員は、まだ全員が貴族の生徒となる。次期王の監督下ともなれば、この改革案を必死にやろうとするだろう。
だって、シャルル会長が怒ったら怖いことは、在校生全員が例の事件でよく知っているから……。
一通り質疑が終わると、シャルル会長は語った。
「――世界は少しずつ変わっていく。でも、人の考えはそう簡単には変わらない。この国の価値観が変わるのは、とてつもない時間が必要だろう。……私が生きている間にやりきれるとは、正直思っていないよ」
自嘲するように彼はそう言った。たしかに、世の中全体を変えるのはとても大変なことだろう。それでも彼は、できることを少しずつ、まずはこの国の未来を担う学院の気風から変えようとしているのかもしれない。そう思った。
「シャルル。賛成する。僕も手伝う」
フェル様はニコリと笑った。
「武の世界でも同じ問題がある。変えねばならん」
アレクシス様も続いた。
「……これからも頼むぞ」
二人を見ながら、はにかむシャルル会長。
「お、俺だって!」
ジャンが突然立ち上がった。
「俺だって王宮に勤めて、フェルナンを支えるんだ!」
「あれ? あなた、故郷に帰って女の子と遊びながら、のんびり暮らしたいって言ってなかったっけ?」
「そ、それは、老後の話だよ!」
ナタリーがジャンをからかった。フェル様は嬉しそうに微笑んでいた。
私もローラもおかしくて笑ってしまった。
(でも……)
そう。
こんな楽しい時間も、あと、もう少しで……。
♦♢♦♢♦♢
「――フェルナン」
「はい」
「卒業の準備はどうだ?」
夕食の席で、父がそっけなくたずねた。
「少々立て込んでおりましたが、問題ありません。じき王宮にも出仕できましょう」
「……フン。王宮の中はお前が想像するより、はるかに複雑怪奇だからな。嫉妬や裏切り、騙し合いなぞ、日常茶飯事だ。……舐められんよう、ビシバシ鍛えていくからな」
「よろしくお願いします」
「あとな……」
父はグラスの水を置いた。
「いつ、あのお嬢さんを家に連れてくるんだ?」
「は?」
「私をいつまで待たせる気だ、と言っておる」
「まあ! セディったら!」
「この前、いやこの後……? いや、違うな……」
父は腕を組むと、首を捻った。
「事件が解決して違う時の流れになったのだから、あの夜のことはもう存在しない、ということなのか……。まぎらわしい。まあよい。とにかく、ランベーヌのお嬢さんがこの家に来たことがあったな?」
父がブツブツと口にしているのは、ローラの力で時が巻き戻る直前――エミリーを含め、皆がわが家に集まったあの夜のことに違いない。
「まったく。あのときも当主の私が、なぜ家の中でコソコソしなければならなかったんだ……」
まだブツブツ言いながら、父はステーキのつけあわせの野菜を頬張った。
「……」
最近になってようやく健康にも気を使い始め、野菜も多めに食べるようになった父を見つめた。
僕がエミリーの記憶を失っていた間――いや、記憶が戻った後も、僕が彼女を連れてくることを、父は待っていた。先日、エミリーが国王陛下に謁見したときも、仮病で休む徹底ぶりだった。まあ家でバリバリ仕事をこなしていたらしいが。
……この人は何も言わず、ただ僕の意思を尊重してくれたのだ。
「お前にはもったいない素敵なお嬢さんだ。早く連れてきなさい」
「……」
「それに、名乗らないせいでボロを出しそうになるのは、もう懲り懲りだからな」
「その件は、セディの失言のせいよね?」
「おかわり!」
「……僕の分ももらえるかな?」
母にツッコまれた父は肉をおかわりし、僕も同じものを頼んだ。二人で黙々と食事を平らげていった。
「フェルナン」
「はい」
「――覚悟はあるな?」
鬼宰相の眼光が鋭く光った。
「当然です。僕の全てを賭けて」
「違うわい! この若造めが! お前一人の事柄と捉えるなぁ!」
「は……?」
「……人の人生は行動で決まる。その行動とは、一人でやり切ることだけを指すのでない。時には、誰かの助けを得ることも含まれるのだ。筆頭貴族たる我らヴァレット公爵家が総力を挙げて――あのお嬢さんをこれから守るということだ」
「……!」
「決して、お前一人で抱え込むな。よいな? フェル」
「……」
――思わず目を閉じる。
深く頭を下げる。
「……お父様、ありがとうございます」
胸がいっぱいで、それしか言えなかった。
次回で完結です!
引き続きよろしくお願いします!