42. 断罪の夜会
「カトリーヌ・グラヴィエ侯爵令嬢!」
アレクシス様が雨に濡れながらも堂々たる姿を現して叫ぶ。
「雷雨に紛れ、義弟殿に悪しき薬を撒かせるつもりだったのだろう!? しかし、窓は割れておらん! 用意しておいたガラスを私が派手に割っただけだ!」
「は……?」
「――これは君のものだな?」
氷のような輝きを宿す瞳でカトリーヌ様のことを見つめながら、フェル様は小さな瓶を彼女の目の前にぶらさげた。
「そ、そ、それは……! キャッ!」
カトリーヌ様は狼狽しながら瓶を取ろうと手を伸ばす。しかし、フェル様がひょいと引っ込めたため派手に転んだ。
「これはもう騎士団に渡している」
フェル様は冷たく言い放った。
「お前はもう――終わりだ」
「な、なんで!? セ、セルジュ! 私を裏切ったのね!」
「別に最初から俺はあんたの味方じゃないけど」
「な……! で、でも、なぜ!?」
髪を振り乱しながらカトリーヌ様は周囲を見渡す。私たち以外はいまだ全員がホールの床に伏せており、辺りは前回の夜会のときと同じ不思議な香りに包まれていた。
「皆に今かけられているものは、ただの魔術だ」
「ま、魔術!? 全員に!? じゃ、じゃあなんで私だけ……?」
「……」
フェル様は静かに腕を掲げた。そこには――カトリーヌ様が身につけているものと同じブレスレット。
カトリーヌ様は唖然としながら、自分の腕とフェル様の腕とを見比べるように何度も首を振る。実は私たちも同じものを身につけていて、アクセサリーに見せかけた魔術無効の効力を持つ魔道具だ。
――カチャリ。
小部屋の扉が開く。
「まったく、無茶なことを……」
苦々しげな表情を浮かべながら姿を現したのは学院長だった。するとシャルル会長は、彼の元へ悠然と歩み寄る。
「学院長。此度の件、私の一存で強引に進めてしまいすまなかった。責任はすべて私が取る。あなたは安心したまえ」
「ぐっ……」
堂々と謝罪するシャルル会長に何も言い返せない様子の学院長を見ながら、先日のことを思い出す――。
セルジュからカトリーヌ様の企みの全貌を明かされたシャルル会長は怒り狂った。それから彼は、今回の作戦を皆と共に練り上げた。
物的証拠は揃っていた。にもかかわらず彼が強く拘ったのは、学院の人々がいるこの場で、カトリーヌ様の罪を白日の下に晒すこと――それは彼女が、この名門校で多くの信奉者を抱え、その評判は王宮にすら届く存在だったからだろう。
作戦で最も難航したのは、カトリーヌ様を油断させるため、前回撒かれたパウダーの不思議な香りを再現することだった。
そこで私は挙手した。巻き戻り後もギリギリ完成していたあのネックレスをローラから受け取って身につけ、セルジュが入手したパウダーの匂いを徹夜で分析した。
それは――かつてわが家で輸入を検討したことのある、異国産の香辛料に似ていた。お菓子の材料に使われるらしい。けれど当時、酩酊作用があることがわかり取り扱いを断念していたものだった。
私は直ちにその香辛料を入手し、メグミの力を借りながらパウダーの香りを完全に再現することに成功した。さらにフェル様が得意の風魔法を駆使することで、その香りを増幅する準備も整った。
一方、作戦を打ち明けられた学院長たちは、当然のことながら大反対した。しかしシャルル会長は毅然と跳ね除け、今日の決行へと至ったのだ――。
「そろそろかな。フェル?」
「ああ。間もなく」
「皆! 聞いてくれ!」
シャルル会長は大声で叫んだ。
「皆にかけさせてもらった魔法は、一時的に動けなくなり、声が出せなくなるだけでまったくの無害だ! 安心して欲しい!」
すると――。
倒れ込んでいた人たちから、うめき声が少しずつ聞こえ始めた。彼らは一斉にゆら~り、ゆら~りと、まるで死霊のように立ち上がっていく。
それは悪夢に出てきそうな、異様な光景だった。
(……メグミが言ってた「ぞんびげーむ」って、こんな感じなのかな?)
「――カトリーヌ・グラヴィエ! これより罪状を述べる!」
フェル様の凛とした声が轟き、ざわつき始めていたホールは一瞬にして静寂を取り戻す。
「一つ! 怪しげな術を用い、人びとを洗脳しようとしたこと! 二つ! 特定の生徒に対し、さらなる危害を加えることを企図し、記憶の改ざんを行おうとしたこと!」
フェル様は一度言葉を切り、皆へと視線をゆっくりと巡らせてから、再び口を開く。
「これらは国家転覆罪にあたる。重罪だ。そして、狙いには王族までもが含まれていた。未遂であろうと、極刑は免れないであろう。そして何より、君は既遂の犯罪者でもある――実の両親を洗脳し、グラヴィエ侯爵家を乗っ取ろうとしたことだ!」
ホールは一斉にざわめきに包まれた。
「ま、まさか! カトリーヌ様が!」
「信じられない!」
「そんな、カトリーヌ様……! 嘘だとおっしゃって……!」
「な、なんだよ! いつもあんな偉そうなことを言っていたのに、う、裏でそんなことをしてたのかよ!」
カトリーヌ・グラヴィエ侯爵令嬢。
学院の聖純姫。
……私だって、彼女が淑女の鑑だと思っていた。けれど、そう思う理由を自ら問いかけてみると、それは別に彼女と直接関わったからではない。噂が噂を呼び、評判を耳にしている内に――いつの間にか、そう信じ込まされていただけだった。
そして、彼女自身がずっと作り上げてきた偶像は今や倒壊寸前となっていた。
「どうして!? どうして!? どうして……!? どこの分岐の選択を間違ったの……!? それともバグってるの!? おかしい……! おかしい……! おかしい……!」
髪を掻き毟りながら呻き続けるカトリーヌ様は、もはや学院のカーストトップに君臨した面影などない哀れな姿だった。そんな彼女にシャルル会長は冷酷な視線を向けた。
「どこで間違ったのか、だって? 君は最初から、人間として間違っていたんじゃないかな? 君は狡猾だった。大した手腕だったと思うよ。このまま君の目論見は、上手くいくはずだったかもしれない。でもね――」
シャルル会長は周囲の人びとを見渡す。
「今日この時のために、みなが力を合わせ、その邪な企みを防いでくれた! ローラ、フェルナン、アレクシス。そして――」
シャルル会長は私を見てニッコリと笑うと、叫んだ。
「エミリー・ランベーヌ男爵令嬢! 君こそが! この危機の中で最も勇気を示した! 心から感謝する!!」
「……またか! またお前か! このクソ野郎がぁ! いつもいつも邪魔しやがって! もう少しでぜんぶ私のものになったってのに!」
「……」
(私のものに、か……)
歯ぎしりしながら睨んでくるカトリーヌ様を見ながら、拳を固く握りしめる。彼女の目をまっすぐに見返しながら静かに前に立つと、彼女は怯んだ。
「カトリーヌ様。あなたのしたことは、許されません」
「な、なに、生意気なこ――」
バチン!
カトリーヌ様の顔を、思い切り張り倒していた。鼻血を垂らしながら呆然とする彼女を見つめながら思う。
(……この人が何を望んでいたのかなんて知らないし、知りたいとも思わない。けれど――)
彼女のその身勝手な何かのせいで、この国の未来であるシャルル王太子殿下と真の聖乙女のローラ。ううん。それだけじゃない。この国の行く末を担う生徒たちの未来ごと、この世界は一度壊された。
(この世界は……! あなたのオモチャなんかじゃない……!)
再び拳に力を込める。胸の奥を焼き尽くすような怒りが炎となって燃え盛っていた。
「罪を認め、償いなさい」
「な、何ですって! モ、モブのくせに! 最初にしか出番のない雑魚モブの分際で!!」
「えっ?」
彼女にもう一撃繰り出そうとしたものの、意表を突かれてしまう。え、えっと、「もぶ」って、なんだろう?
「いい加減にして!」
聞き慣れた声が響き、周囲の人たちをかき分けて一人の女子が猛然と姿を現す。
「私のお嬢様が、何ですって!!」
(あ、あれ?)
よく見ると、なんとメグミだった。彼女は学院の制服をバッチリ着こなしている。すると遅れて、アランが彼女の側に寄り添う。もしかすると、彼女はアランにこの場への参加を密かに頼んだのかもしれない。
「あなた……転生者なんでしょう?」
「なっ!?」
「随分とやりたい放題やってくれたみたいね。けれど、ここはあなたが砂遊びする場じゃないのよ。なに勘違いしてるの?」
「は!? 私はこのゲームのプレイヤーよ! プレイヤーが好き勝手にゲームをプレイして何がおかしいってのよ! 私は『悪役令嬢』としてプレイしているの! ゲームで何したっていいじゃない!」
「ゲーム、ゲーム、ゲームって……! うるさーい!!」
メグミは絶叫した。
「いい!? この世界は現実なの! 好き勝手していい場所じゃない! 『私は悪役令嬢』ですって? 私のお嬢様がモブですって!? そんなこと言ったら、私なんてね! モブ・オブ・モブ! モブの中のモブよ!!」
メグミは振り向くと、私を見つめた。
「⋯⋯私はこの世界に来て、つらかった。苦しかった。家に帰りたくてたまらかった。けど、それでも……。かけがえのない人ができた。その人のおかげで、新しい人生をなんとか歩めるようになった……」
その瞳は涙でいっぱいに揺れ、今にもこぼれ落ちそうだった――。
メグミは一度うつむくと、再びカトリーヌ様の方を向く。
「……だから。この世界をあなたが滅茶苦茶にしたいっていうなら。同じ世界で生まれた人間として……私はあなたを! 絶対に許さない!!」
「ま、まさか……! もしかして……! あ、あんたのせいで、シナリオがバ、グぅ!」
カトリーヌ様は何かを口にしかけた。しかし、最後まで言えなかった。
「――仰せの通り、騎士団で拘束させていただきます」
「ありがとう。すぐに取調べを始めてくれたまえ」
シャルル会長の指示の下、騎士団は暴れるカトリーヌ様を抑え込みながら引っ立てていった。
「メグミ……来てくれてたのね」
「黙っていて、申し訳ありませんでした」
「いいのよ……」
「お嬢様……」
目をそっと拭い、照れるように微笑んだメグミが私の腕にそっと手を置く。
「ありがとう。メグミ」
(終わった……)
思わずへたり込みそうになると、私の肩を支えるように手が触れる。振り向くとフェル様とローラが微笑んでいた。
「大丈夫かい? エミリー?」
「お疲れさま、エミリー……。メグミさんも、ありがとうございました」
「とんでもありませんわ」
「みんな……ありがとう」
三人の笑顔が、虚脱した心をじんわりと温めていく。
目的は、ついに果たされた。私にとって二度目の夜会は、前回とは全く異なる結末で幕を閉じた――。




