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41. カトリーヌ・グラヴィエ5


「――らしくてね。だから、視察に行くのが今から楽しみなんだ! カトリーヌ、本当は君のことも連れていきたいくらいだよ!」

「おほほ! シャルル様ったら!」


 今日は創立記念日の夜会の日――。


 夜会が始まるやいなやシャルルにつかまった私は、彼の華やかな王太子生活の話を聞かされながら、会話の花を咲かせていた。


「シャルル君。もうすぐ挨拶の時間だ。そろそろこちらに来てもらえないか?」

「はい、もう少ししたら行きます。ところでさ、カトリーヌ――」


 通りすがりの年配の教員がシャルルに催促の声をかけたが、彼はまるで気に留めることもなく、私との会話を続けた。


「シャルル様、よろしいのですか?」

「ああ、まだいいさ。まったく、会長の仕事も楽じゃない。……本音を言うとね。こうして君ともっと話をしていたい」

「まあ! 嬉しいですわ!」


 最近、シャルルの距離感が近い気がする。今日も私とばかり話そうとしている。


「ただね……」

「どうされました?」

「視察に行ったら、君とはしばらく会えなくなってしまうね……。さみしいよ」

「光栄ですわ」

「あのね――」


 急に小声になった彼はさりげなく周りを見ると、私の耳元に口を寄せた。


「挨拶しないといけないから今から外すけど……。ええと、見えるかな? あっちの……。そう。あの階段を登ったところに、実は部屋を用意してある。後で来てもらえないだろうか? あそこなら、誰にも邪魔されずにゆっくり喋れるから」


 シャルルは私の腕にそっと触れ、ウインクして去っていった。


 すぐに取り巻きたちが私におべっかを始めた。


「カトリーヌ様! シャルル様とあれほど親しくお話しされるなんて!」

「学院のシンボルのお二人が仲睦まじくされておられるところ、絵画のようにお美しゅうございました!」

「別にそんなことないわ」


 当然よ。


 ずっと鈍かったシャルルも、ようやく私の魅力に気づいちゃったのかしら。


 まあ、この後の「イベント」が起これば、どうせ彼も私のものになるんだけど。


 でも折角だし、ゲームを楽しまなきゃね!




「――失礼します」

「カトリーヌ! よく来てくれた!」


 指定された部屋に一人で足を運ぶと、開会の辞を終えたばかりのシャルルが満面の笑みを浮かべながら私を出迎えた。


「実は、これを君に渡したかったんだ! ……受け取ってもらえないだろうか?」


 シャルルは嬉々としながら宝石箱を差し出してきた。開けると、不思議な模様が施された細いブレスレットが入っていた。


「……!」


 思わず目を見開いた。そこには国宝級の宝石が燦然と輝いていたから。


「本当は、夜会の前に君に渡したかった。いま、つけて欲しい」


 ……ん?


 あれ……?


 こんなイベントあったかしら?


 いや、ない。


 シャルルったら、もしかして……。


 独占欲!?


 私の魅力にやられて、他の男に取られないか焦ってる!? そういえば前世でも、男たちは私の気を引こうと貢いできたものだ。


 でもね、シャルル。この後はもっと私のことを好きになっちゃうんだから!


 心の中でほくそ笑みながら、ブレスレットは素直につけてあげた。


「とても似合うよ。今日は外さずにつけておいてね。だって実は――僕とおそろいなんだ」


 彼は笑顔ですっと腕を上げた。宝石こそなかったが、同じブレスレットだった。


 やっぱり私を独占したいのね!


 お揃いでご機嫌なんて、まったくもう、チョロい子!


「――次はダンスの時間です。希望者は中央にお集まりください」


 部屋の外からアナウンスが聞こえた。


 おっと、楽しむのはこれくらいにして。そろそろね――。


 ゴゴゴゴゴ……! ドォーン!


 とてつもない轟音が外から鳴り響いた。


 パリン! パリン! パリン! ……パリン! パリン! パリン!


「ど、どうしたんだ!? 一体、何が起きた!?」

「シャルル様! すぐに向かいましょう!」


 慌てふためいたシャルルと一緒にホールへ戻りながら、思わずニヤけてしまう。やっぱりこの世界は、私の知る通りに物事が起きるわ。セルジュも上手くやってくれたようね。


 さあ! 私がこの世界の主役になるのよ!


 ホールに戻ると、目論見通り風が吹き荒れていた。そして私の鼻をつくこの香り。勿論あの好感度パウダーだ。


 ――勝った。


 そう思った。


 ……しかし、同時に違和感を覚えた。


 教師や生徒たちが次々と、まるで眠気に耐えられないかのように、ゆっくりとうずくまっていったからだ。昏睡の効果をパウダーに含めたつもりはなかった。


 ……もしかしたら、パウダーの効果がちょっと強すぎちゃったかしら?


「う、ううっ!」


 隣にいたシャルルがよろめきながら、私に手を伸ばした。


「カ、カトリーヌ……」


 シャルルの手を取ると、彼は熱い視線で見つめてきた。


「君は、何て美しいんだ……! 学院の清純姫……いや、まるで女神のようだ……! 言葉では言い尽くせない……!」

「あら」

「実は……。君のことを、前から私はずっと想っていた。でも、言えなかった。私情では将来の相手を、選べない……から……」

「え?」


 こ、これって!


 シャルルの溺愛ルート!?


 いや、もしかしたら……。


 私、悪役令嬢ルートをついに見つけちゃったのかしら!?


 どうしよう! 前世の自分に教えてあげたいくらい!


 もしそうなら、ローラたちの記憶をわざわざ消すまでもなかったかしら?


 でも、あのクソ忌々しいチュートリアルのいらないモブといい、ウザかったから別にいっか。


「麗しの君……。ああ、君こそ、兆しが示す『聖乙女』かもしれない……!」

「えっ? もう瑞兆が現れたんですの!?」

「あれ……? 君はもしかして、兆しのことを知っているのか?」

「はい」

「……」

「『王国の聖乙女』が現れる際の星の兆し、のことでございましょう?」

「しかし私は……聖乙女は別の子ではないかと思っていた……ような、気が、するんだ……」

「……」


 ローラのことね。


 苦しそうに頭を振るシャルルを見て、苛立ちが込み上げてきた。どこまでも人間様の邪魔ばかりするキャラどもに、はらわたが煮えくり返る思いがした。


「シャルル様。……それはどなた?」

「たしか、男爵、令嬢の……ロー……ラ。うっ! 頭が!」

「お気を確かに。もしや、ローラ・サヴィーアのことですか? 彼女のわけがありませんわ。絶対に! 断言いたします。なぜなら彼女は男爵家、しかも平民上がり。彼女が聖乙女など、絶対ありえませんわ!」


 おっと。ちょっと感情的になっちゃったかしら。


 とはいえ、パウダーがまき散らされたホールに誰一人立っている者はいなかった。


「ご安心ください。恐れ多くも、グラヴィエ侯爵家の私がおります。私が『王国の聖乙女』となり、この国を導いて差し上げましょう!」


 悪役令嬢ルートの真骨頂、ご覧あれ!


「なんて心強いんだ……! さすがカトリーヌだ……!」

「とんでもございませんわ」

「⋯⋯ところで」

「はい」

「一つ聞いていいかな? なぜ君が、瑞兆のことを知っている?」

「え? ええ、父から聞きましたの」

「それは確かかい?」

「はい」


 洗脳済の父は、国王ともよく会うことのある王宮の高官だ。後でいくらでも辻褄は合わせられる。


「……おかしいな。瑞兆のことは極秘だ」

「えっ?」

「極一部の許された者しか、このことは絶対に知らない。……君の父君も含めてだ。私が保証する」

「は、はい?」

「君は――嘘を言っている」


 彼から蕩けるような笑顔がいつの間にか消え、瞳には冷酷な光が宿っていた。


「カトリーヌ。君はいつも皆の前で立派な発言をしていたよね。去年ローラが脅迫されたときだって、彼女をかばうようなことを言っていた。差別はいけない、公平であれ、正しくあろうって。……あれも本心じゃなかったんだな?」

「……!」


 そんなバカな!? 


 パウダーが効かなかったの!?


「答えられないか。僕だって、心にもないことをさっき君に言ったけどね……」


 シャルルの瞳には、ゲームですら一度も見たことのない、はっきりとした怒りと憎しみが浮かんでいた。


「二枚舌の嘘つきは、『王国の聖乙女』どころか、学院の聖純姫すらまったくふさわしくない」

「は?」

「君はさしずめ――悪逆令嬢だ!」

「……!?」

「あ、もういいよ」


 シャルルは急に外に向かって声をかけた。


 すると、ホールに吹いていた風が突然止んだ。


 驚愕のあまり、さらに目を見開かずにはいられなかった――。


 なぜなら攻略対象の一人、フェルナン・ヴァレット公爵令息が静かに姿を現したからだ。


 私のことを睨む彼の瞳には、冷たく燃える青い炎のような怒りが浮かんでいた。


 しかも、その後ろには、よりによってローラ。


 さらに、あのチュートリアルのクソモブ女までいるではないか。


 そして最後に――。


「ど、ど、どうして!?」

「最後のお別れだから言ってあげるね」


 セルジュはにこやかに言った。


「――さようなら。ねえさん」




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