07. 驚きの提案
「――で、あるからして、このようになる。生徒諸君。ここはしっかりと憶えておくように」
私はローラの隣の席で授業を受けていた。
授業の座席は基本的に自由。ローラは視力があまりよくないため、最前列に座ることを好む。一方私は、後列の端が一番落ち着くタイプだ。けれど、前列に座ることにも最近は慣れてきたような気がする。
「今日のランチは食堂よね?」
お昼休みの時間に入ると、ローラがたずねた。
「うん……ああぁ~!」
机の上に勢いよく突っ伏した。
「……さっきの授業、ついてくのがやっとだったわ」
頭がプスプスと煙を上げているような気がした。しかも来週は小テストまであるらしい。やっぱり勉強時間を増やさないと。憂鬱だ。
「エミリーはどこがわかりにくかった?」
「えっとね、ここよ、ここ。頭がこんがらがっちゃう」
「あ~、そこね。それは――」
ローラが身を乗り出して解説を始めた。いつも思うけど、彼女の理解力は凄い。そもそもの頭の出来が違うような気がしてならない。
それでも私に優しく教えようとしてくれるローラのことが大好きだ。彼女なら、特別クラスでも問題なくやっていけるだろうなって思う。
もし別のクラスになっちゃったら、さみしいな……。
ローラ先生のミニ補習が終わり立ち上がろうとした、そのとき。
「キャー!」
突然黄色い声が上がりビクッとなる。昨日もこんなことがあったような……?
「あれ、フェルナン様じゃない?」
えっ!?
振り返って教室の入口の方を見ると、たしかにフェルナン様が立っていた。誰かを捜しているような素振りだ。彼が一般クラスに現れることなど、今までなかった。彼は特別クラスで、校舎もカリキュラムも全く別だから、当たり前なのだけど。
「……」
離れたところからでも一目でわかる、フェルナン様のスマートな体つきに、思わず目を奪われてしまう。すると彼と目が合った。無表情だった彼は私を見て微笑むと、なんとこっちの方に向かって来るではないか。
「よかった、見つかった」
教室はさらにざわつき、私の心臓はざわつくどころか心拍数が急上昇していた。
ど、動悸、息切れが……。
「ごきげんよう。昨日は大変お世話になりました」
「どういたしまして、サヴィーア嬢。二人とも大変だったね。ランベーヌ嬢、足の具合はどう?」
「は、はい、すっかり良くなりました」
「よかった。でも、無理はしないでね」
「え、ええ……」
フェルナン様の前なので、前足キックアピールなど絶対にできるわけがない。キラキラした彼を直視できずうつむいたら、ローラがたずねた。
「何かご用件でしょうか?」
「今日の放課後に、少し話したいことがあるのだけど、どうかな?」
「えっ? 私は構いませんけど……」
ローラはなぜか私の方をちらちら見てくる。私はというと、昨日の件でローラにまた話があるのかな? なんて思いつつ、ぽけっとした顔を彼女に晒している。
「……えっと、エミリー。あなたも予定は大丈夫?」
「え! 私も!?」
「うん、二人に話がある」
「は、はい! 大丈夫です!」
でも、事件については昨日漏れなくフェルナン様に話すことができたと思うし、一体私に何用だろう?
「それでは後ほど!」
フェルナン様は去っていった。
放課後、ローラと一緒に生徒会室に向かった。自分に最も縁がない場所だと思っていた生徒会室に、連日来ることになるなんて……。
「どうぞ」
ノックすると、すぐにフェルナン様の声が聞こえた。恐る恐る入室した。
「……失礼します」
「やあ」
そこにはフェルナン様だけでなく、生徒会長でもあるシャルル王太子殿下、そして、同じく生徒会メンバーのアレクシス様がいた。学院の象徴である三人が揃って座りこちらに視線を向ける様子は、美術館に飾られた有名な絵画のようだった。
「……」
室内に後光が差しているような幻覚に襲われそうになる。
「急に呼び出してしまってすまないね」
シャルル王太子殿下は、その輝かしいご尊顔を優しげな表情に変えた。
「ランベーヌ嬢、昨日はサヴィーア嬢を助けてくれて、あらためてどうもありがとう。怪我の具合はいかがかな?」
「は、はい、大丈夫です……」
「サヴィーア嬢も、今日は特に変わったことはないかい?」
「え、ええ……。昨日は大変お世話になりました」
ローラを見ると、なぜか顔を少し赤くしていた。
するとアレクスシス様が話を切り出す。
「今日は君たちに、その後わかったことを伝えたいのと、一つ提案があって来てもらった」
提案?
誰よりもがっしりとした体つきに、燃えるような赤い髪をしたアレクシス様。いかにも強そうで強面な顔つきだけれど、その話し方は穏やかで、優しげな印象だ。人は見た目によらないんだなって思った。
「まず、昨日の件だが――」
アレクシス様からの話によると、昨日ローラを囲んだ三人の貴族令嬢の内、魔法を使った生徒は校則違反により、一週間の停学処分となったとのこと。この学院には、魔法を使うと感知される仕組みがある。言い逃れは難しかったようだ。ちなみに、残り二名は厳重注意にとどまったらしい。
「それで――」
アレクシス様は懸念するような表情を浮かべていた。
「あの令嬢たちは全員、事件の記憶が曖昧だった」
えっ?
「私から見ても演技に見えぬ。魔法を私用すれば罰せられることなど、誰もが知っている。それにも関わらず彼女らが行った非常識な行動に、私たちも教師らも首を傾げておる」
「……」
いったい、どういうことなのだろう……?
あの時の、まるで悪霊に取り憑かれたかのような彼女らの鬼気迫る表情を再び思い出し、寒気が背筋を走った。
「今後も同じような事件が起こってしまうとも限らない。そこで――」
アレクシス様がシャルル王太子殿下の方に視線を向けた。殿下はうなずくと言った。
「二人とも、生徒会に入らないか?」




