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38. コマンド


「お、お姉さま。まるで別世界にいるみたいですわ……」

「そうね……」


 隣で呆然と座り込むアメリに小声で答えた。時刻はすでに夜。私たちはフェルナン様の家、すなわちヴァレット公爵邸を訪れていた。


 豪壮な門を緊張しながらくぐった私たちは、広大な敷地を丁重に案内され、今は応接室で小さくなっていた。部屋の中は、これって国宝クラス?と目を疑うほどの絢爛なシャンデリアに照らされ、夜の闇など存在しないかのように煌々と輝いていた。


 ……さすがこのパルシアラ王国の筆頭貴族のお宅だと言わざるを得ない。


 フェル様からは御両親にいつか会ってもらいたいと言われているけど、まさかこんな形で来ることになるなんて……。


 今この場にいるのは、私たち姉妹の他にはアラン、そして――。


「お、お嬢様。なんだかお腹が痛くなってきました……」

「だ、大丈夫!? メグミ!?」


 緊張を隠しきれない様子のメグミがいた。


 でも、無理ないよね……。


 私は生徒会でいつも一緒にいたからまだましだけど、普通は目にすることすらできない、この国の王太子殿下とこれからお会いするのだから。


「大丈夫ですよ、メグミさん。王太子殿下はお優しい御方です。どうか気を楽になさってください」

「は、はい……」


 向かいに座るアランから優しげに声をかけられ、メグミは顔を赤くした。


 その後、フェル様だけでなく、シャルル会長も記憶を取り戻した。


 つまり、ひとまずの目的は達成されたのだ。


 しかし――学院の人びとが洗脳されているという根本的な問題は、いまだ解決していなかった。そこでシャルル会長は、この事件を知る者すべてを集め、一度話し合いの場を設けたいと強く望まれた。


 私がメグミとアメリのことを彼に伝えると、ぜひ参加してもらいたいとのことで、今日の会合が実現したのだ。


 あとはシャルル会長たちを待つばかり――。


「……」

「……」


 外から男性らしき声が聞こえた。壮年の男性の声のようだった。すぐ後に、女性の声も聞こえた。フェル様のお父様がちょうど帰ってこられて、奥様とお話しされているのかもしれない。


 今はそれどころじゃないけど、いずれお会いするのよね……。


 別の理由で私までお腹が痛くなってきた。すると。


「みんな、お待たせ」


 シャルル会長だった。さらにフェル様、アレクシス様も続いて現れた。


 学院の三人衆が全員揃った光景に、圧倒的な安堵感を覚える。本当によかった……!


「これで全員だね?」


 シャルル会長がアランにたずねた。


「はい。左様です。それにしても、なんだかバラエティ豊かな人選となりましたね。私はこのまま野外に繰り出して、バーベキューでも始めたい気分です」

「ハハハ! まったくその通りだ! アレクシスの焚き火の腕は見ものだぞ。……貴公は、休暇をまた取り損ねてしまったな。いつもすまない」

「ありがたきお言葉、大変恐縮でございます。……では本題に。調査のご報告をさせていただきます」


 アランは話し始めた――。


 彼とフェル様は、騎士団が用意した対呪装備で全身を固め、あの夜会が開催されたホールの中を詳しく調べたらしい。屋内には、強力な催眠効果のある魔力が微かに残っていたとのことだ。


 続いて、アレクシス様が報告した。


「嵐の際に割れた窓ガラスを確認した。たとえ落雷でも、あれだけの数が同時に割れることはまずありえん。しかも、ガラスは左右対になって割られていた。風を通すための、人為的なものと考えるべきであろう」


 あの夜会のとき、魔法以外の「何か」が風に乗せられ撒かれた可能性が高い、そうアレクシス様は語った。


 フェル様がシャルル会長に問いかけた。


「カトリーヌはどうだった?」

「さりげなく鎌をかけてみたが……尻尾は掴めなかったな」


 カトリーヌ様が犯人である可能性は、みんなもう知っている。だけど、はっきりとした証拠はない。


 ローラが口を開いた。


「アクセサリーをもう一度作ってみました。同じ花も使いました。でも……」

「……防呪の効果は、再現できなかったんだね」

「ええ……」


 うつむくローラに、アランがそっと言葉を添える。しかし仮に、彼女が私にくれたネックレスと同じものをまた作れたとしても、呪いが解けない人がいることもわかっている。


 ――そしてその法則は、いまだ不明のままだ。


 憂いの表情を浮かべながら、シャルル会長が両手をゆっくりと組んだ。


「原状回復すら困難、ということか……」

「あ、あの!」


 隣にいるメグミが急に声を上げた。彼女は緊張した面持ちで続けた。


「大変恐れ入ります。発言させていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論だ。遠慮無く話してくれたまえ」


 メグミはローラの方を向いた。


「ローラ様」

「はい」

「……ロード、なんて、できないですよね?」

「え? ろ、ろぉど?」


 きょとんとするローラ。私も初耳だ。


「ええと、それは、いかなるものなのでしょう?」

「ロードとは、自分が望む時と場所に、巻き戻ることです」

「え!? か、過去に遡るってこと、ですか? そんな凄い魔法……い、いや、魔法ですらないですよね? そんな途方もないことなんて、私には到底……」


 ローラだけでなく、みんなも困惑の表情を浮かべ、沈黙が続いた。


「……おそらく、メグミさんがおっしゃろうとしているのは――」


 アランが続けた。


「ある国の神話で……愛する存在を不慮の事故で失った神が、同じ時を繰り返し、ついに救った――そんな逸話を聞いたことがあります。メグミさんの話すイメージは、それに重なるのかもしれません」


 アランはメグミの方を向きながら、穏やかにそう言った。メグミはアランにうなずきながら、にっこりと笑った。


「確かに、事件の前に戻るなんてことができれば、いまの問題は無かったことにできますけど……。でも、どうして私なのですか?」

「ええと、うまく説明できないのですけれど……。そんな気が、するんです……」


 メグミは自信なさそうに小さな声で答えた。


「私も――」


 沈黙を守っていたシャルル会長が口を開く。


「私も、ローラならそんな途方のないことでも、できてしまうんじゃないかと思っている」

「会長……」

「僕はね。君がかの『王国の聖乙女』じゃないかって、思っているんだ」

「えっ!? 聖乙女!? そんな、恐れ多い……。私は、ネックレスの再現すらできませんでした」

「将来王座に座る人間が推測でものを言ってはいけないと、重々承知しているよ。でもね……。私たちにいま起きていること。それは君と出会ったことも含めて……。私は運命だと思っているんだ」

「運命……」


 シャルル会長とローラはじっと見つめ合った。


 えっと、たしか「王国の聖乙女」って、私がつけている髪飾りのモチーフになった……。


 デザイナーのロアナ様が話していたことを思い出しながら、思わず自分の銀の髪飾りに触れると、フェル様と目が合った。彼は深くうなずいた。


 ……もしかしたらフェル様も何か知っていて、シャルル会長に同意しているのかもしれない。


「あの!」


 隣のアメリが声を上げた。


「もし万が一、時を戻せたとしても、また同じことが繰り返されるだけなのではないでしょうか?」


 確かに。至極まっとうな疑問だ。


 メグミが答えた。


「ロードをしても、行った本人だけは記憶が残るはずなのです。きっと。恐らく。多分……」

「……」


 再び微妙な空気に包まれる部屋――。


 私からフォローしようと思ったら、ローラが先に口を開く。


「メグミさんの言葉を信じます。今回の事態を打開してくれたのは、エミリーです。そのエミリーが、心から信頼しているメグミさんが言っているのですから」

「ローラ……」


 彼女の言葉は嬉しいけれど、私には口にせずにはいられない気がかりが一つあった。


「ねえ、ローラ……」

「うん」

「もし仮に時が戻ったとしても、あなたはまた……つらい思いを繰り返すことになってしまうんじゃないかしら?」


 根本的な解決策が見つからないまま、彼女ただ一人だけが、この事情を全部抱えてやり直す――。


 それはとてつもなく大変なことだと思ったのだ。


「ありがとう……エミリー」


 彼女の碧眼が潤んでいた。


「でもね。もし仮に、私にしかそれをできないのなら。やってみるしかないよね……!」

「ローラ……」


 かけがえのない親友と見つめ合った。




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