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34. 逆転の第一歩


「――というわけなの」

「わかりましたわ! お姉さま!」

「お嬢様、頑張りましょう!」


 夕方の時間。メグミとアメリに解決策を打ち明けた。二人ともやる気十分だった。


「では、どなたから飲んでいただきますか? やはりフェルナン様からですか?」

「えっとね。フェル様もシャルル会長も、今は隣国の視察でご不在なの。だから、アレクシス様から飲んでいただこうと思っているわ」


 アランからのアドバイスによれば、チャンスはおよそ五回。そしてアレクシス様なら、明日もいつも通りヴェルナーサ学院に登校にするはずだ。


「私、やります!」


 アメリが勢いよく挙手した。可愛い妹からの元気な申し出が頼もしい。


「明日の早朝に決行しましょう!」

「朝イチね。わかったわ。でも、早朝だと……アレクシス様は普段、どちらにいるのかしら?」

「アレクシス様は毎日朝早く、学院近くの空き地で鍛錬に励まれているんです。雨の日も風の日も、一日たりともお休みにならないのよ」

「へ、へえ~。外の空き地、ね……」


 アレクシス様が努力家で鍛錬を欠かさない人だとは知っていたけど、そこまで詳しい情報を私は知らなかった。


「アメリったら、よく知ってるのね」

「良いと思いますわ。学院の外の方が、安全にお話をできそうですものね」


 いたく感心する私とメグミ。しかし、アメリは急に小さな声になった。


「えっと……。そこでアレクシス様とお話をしたことは、実は無いのです……」

「えっ? でもあなた、アレクシス様をそこでよく見かけているのでしょう?」

「毎日見てはいるのですけど。空き地の周りの草むらから、ただ見ているだけなので……」

「ええっ!? ただ見てるだけ!?」


 驚愕した。


 たしかに、以前からアメリは朝早く登校するようになっていた。「学院で自習してまいりますわ」とか言って。


 殊勝な妹だと感心していたのだけど、彼女が毎日自習していたものは、学院の授業内容ではなく、アレクシス様の筋トレ状況だったと知る。


 ちょ、ちょっと、アメリ……。


 草むらからじっと見てるだけって、少し……いや、かなり怖くない?


 ん? 草むら?


 そういえば、アメリが最近、緑色の傘を入手して肌身放さず持ち歩いていることを思い出す。まさかと思いたずねた。


「――傘? ああ、そうでしたわね。ええっと、ちょうど草の色と似ていたものですから、隠密活動に便利かなって……」

「お、隠密!?」

「だって、お姉さまも、いつも口酸っぱくおっしゃっているではありませんか。『武器や防具は持っているだけじゃ、意味がありませんわ。ちゃんと装備するのよ』と。お姉さまの格言のお陰で、まだ一度も、アレクシス様に私の活動は発覚しておりませんの」

「はあっ!? ちょっと待って! あなたってばそんなことしてるの!?」


 私は昔から、「陽キャ」の妹のことを羨ましく思っていた。しかし、彼女の斜め上の進化(?)を前にして、激しく動揺してしまう。思わず彼女の肩に両手を乗せて叫んだ。


「アメリ! いいこと! 影属性の私と違って、あなたは光属性なのよ! なに勝手に闇落ちしてるのよ!」


 動揺する私とは対照的に、アメリは落ち着き払って答えた。


「お姉さま、よろしいですか」

「な、なに?」

「――光ある限り、闇もまたあります」

「へ?」

「光と闇が両方そなわり最強に至り……私のアレクシス様への想いが、いずれ通じるやもしれません」

「……」


 これはいけない。


 このままでは、妹が光属性の「貴族令嬢」から暗黒属性の「ニンジャ」にクラスチェンジして、最後は裏世界でひっそり幕を閉じることになっちゃうかもしれない。


 ど、どうしよう……!?


 ちなみに、「闇落ち」とか「ニンジャ」などのこの国に存在しない単語は、メグミから教えてもらったものである。


 するとメグミが呑気に言った。


「まぁまぁ、エミリーお嬢様。年頃の女の子なら、ついやってしまうことの範囲内かと」


 ちょ、ちょっと! メグミ!


 どこの年頃の女の子が、草むらに毎朝潜伏してるっていうのよ!


 ガチで危機感持った方がいい。


 私、そう思います。


 ……とはいえ、今はアメリに託したほうがスムーズにいくことは確かだ。なんやかんやで結局、アレクシス様には妹が飲ませるということに決まった。


 メグミは、ネックレスを飲めるものにしてくれるという。ありがたい。


「お嬢様。私にお任せくださいませ。食材でないものを、食べられるようアレンジするのは私の得意技です」


 ドヤ顔でメグミはそう言った。


 あなた、もしかして。私が普段勧めるハーブとかを、実は食材だと思ってないでしょ……。




「よいしょっと……」


 翌日の早朝。草むらに潜伏した私は、緑色の傘をさしていた。


 傘の目的は日焼け対策ではない。アメリいわく、傘をさしている方が擬態しやすくてオススメ、とのことだからだ。


 擬態って……。


 やっぱり妹の将来が心配になった。

 

 おっと、任務任務。


 空き地に目をやると――大きな山が躍動していた。


 山ことアレクシス様は、今日も鍛錬に余念がないのか、その巨体と赤い髪を上下に激しく動かし、黙々とスクワット中だった。ここから距離はあるけど、私の耳にまで「フッ! フッ! フッ!」と、彼の吐き出す息が今にも聞こえそうだ。


 そこに、一人の女子生徒が姿を現す――アレクシス様の元へしれっと向かっていくアメリは、一見するとお淑やかな貴族令嬢に見えた。


 本当はニンジャのくせに。恐ろしい子……。


 アレクシス様はアメリに気付いたようで、その激しいスクワットを止めた。二人は挨拶を交わしているようだ。両手で思わず傘を握りしめ、息を呑んだ。


 すると、アメリはハンカチと水筒をアレクシス様に差し出す。


 ――あの水筒には、細かく砕いた例のものに、ニキビ対策の成分が含まれたハーブなどをブレンドしてジュースにしたものが入っている。メグミ特製だ。お腹を壊したりしないかは、少量ではあるが私自らが飲んで実験済だ。ちなみに、スカッとさわやか!な喉越しだった。さすがメグミだなって思った。


 アレクシス様がアメリから水筒を受け取る。そして。


 飲んだ!


 緊張しながら見守る。ぐびっと一気に水筒を飲み終わった彼は、急に頭を振り出した。そんな彼のことを心配そうに見ているアメリ――。


 突然、アメリが令嬢らしからぬガッツポーズをし、こちらを振り向いて叫んだ。


「お姉さまー!」

「!」


 擬態アイテム、じゃなくて傘を閉じるやいなや、私も令嬢らしからぬダッシュで猛然と駆け寄った。


「アレクシス様―っ!」


 草むらから突如飛び出してきた不審者、もとい私のことを、アレクシス様は驚愕の表情を浮かべながら見た。


「お、お、お師匠!」

「ア、ア、アレクシス様……」


 息をゼーゼー吐きながらアレクシス様を見ると、彼は目に涙を浮かべていた。


「こ、この私が、大恩あるお師匠のことを、すっかり忘れてしまっていたなんて……!」

「ハア、ハア、ハア……。お、思い出していただければ、よろしくってよ。本当によかった……」

「な、なぜこんなことに……?」

「経緯などもお話したいのですけど……。まずは、洗脳されているみんなを元に戻さなければなりませんわ」

「せ、せ、洗脳!?」


 それから私は、アレクシス様に状況を伝えた。説明を重ねるにつれ、彼の整った顔立ちはさらに青ざめていった。


「……お師匠、よろしいか?」

「はい」

「話は理解した。だが一つ、訂正が必要だ」

「訂正?」

「実は……私が思い出したのは、お師匠のことだけではないのだ」

「えっ?」

「私は、ローラのことも忘れておった。そして恐らく、シャルルたちも彼女のことを……」

「な、なんですって!?」


 忘れ去られた人間は私だけじゃなかった。それも、よりによってローラが……!


 ローラには物凄い魔力の素質があるらしい。そして彼女は、実は王族の血を引き、秘められた過去を持つ特別な存在――。


 本当のターゲットは、もしかするとローラなんじゃないの!?


 強烈な焦りの気持ちが頭の中に渦巻いていく。


「お師匠。他に水筒はあるか? さっそく試したい」


 残された回数はあと四回。その内の一回分は、手元にある、予備で持ってきたもう一本の水筒に入っている。アレクシス様と話し合った結果、これから一回分を使い、残りの三回分はローラ、シャルル会長、フェル様に回そうという話になった。


「では、この水筒の分は、私がジャンかナタリーに飲ませてみる」

「わかりましたわ」


 私は水筒をアレクシス様に渡した。




「ただいま戻りました。あ、お姉さま……」

「おかえり、アメリ」


 アレクシス様の記憶を取り戻したその日、午後に早退して帰って来たアメリは、深い憂いの表情を浮かべていた。


「どうしたの……?」


 走り寄った私に、妹は語った――。


 その後アレクシス様は、ジャンに迫り、彼に水筒を無理やり飲ませたらしい。


「む、無理やり!?」


 ガチムチのアレクシス様が、線の細いジャンを力ずくで拘束して何かを強引に飲ませている、ちょっと危ういイメージが浮かんだ。


 ちょ、ちょっと、アレクシス様、なにやってるのよ……。


「でも、ジャン様には効果がなかったって……」

「そんな……!」


 ――効く人と効かない人がいることがわかった。


 でも、その法則が皆目検討がつかない。


「お姉さま、どうしましょう……」


 困惑するアメリ。私も正直落胆しかけた。でも――。


 まだ二人しか試していないんだ。


 気を落としている場合じゃないわ。




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