28. カトリーヌ・グラヴィエ3
「――まさか、あんたの言う通り、本当に雷が落ちるなんてね」
侯爵家の屋敷でお茶を飲んでいた私に向かって、“弟”のセルジュが言った。
「予言者の力があるとか言ってたけど、さすがに信じざるを得ないね。いや、あんたが目指しているのは、『王国の聖乙女』だったっけ?」
「ふふっ!」
「ところで。俺に撒かせた“あれ”は、結局何だったんだ?」
「え? 前にも言ったじゃない。ちょっとした精神安定剤みたいなものよ」
私が完成させ、セルジュによって夜会のときに振りまかれたもの――。
あれは、プレイヤーがこの乙女ゲームを攻略する際に用いる、好感度アップアイテムが元になっている。攻略用アイテムの一つに、お菓子があった。プレイヤーは、素材を集めて攻略対象の好みに合わせたお菓子アイテムをクラフトして渡す、という仕様が存在した。
「名付けるなら、『好感度パウダー』とでもいったところかしら」
「は? 好感度? パウダー?」
転生してすぐにゲーム知識を活かして行動を始めた私――。
どう攻略してやろうかと検討する過程で、お菓子の素材の一つに、摂取した者の精神に強力に作用する、この世界独自の香辛料があることを偶然知った。
――そして私はひらめいた。
その香辛料を、このカトリーヌの身体が持つ強力な魔力で改造し、自分の思い通りになる人間を作りだせないかと。
それ以来、動物、人を問わず実験を繰り返してきた。私の前世は院卒で研究職だった。今回のアイテムは、前世の私と転生した私との合せ技による、入魂の一作といったところだ。
「うふふっ!」
「何だか楽しそうだな。……気味の悪いやつめ」
この屋敷で見かけた動物やメイドから始め、メイドたちの家族、カトリーヌの父母、学院の生徒たち――。効果を着実に確認しながら実験範囲を少しずつ広げていき、入念に検証を積み重ねてきた。
まあ、メイドや両親といっても、ゲームでは出番すらないただのNPC。何の問題もない。さらに「聖乙女」の座に向け、評判稼ぎのために孤児院や養老院を運営した結果――老若男女、実験材料の種類は完璧に揃っていた。
「くくっ!」
ぶっちゃけ、生徒たちから教師への暴行も、私がやらせたんだよね~。
私が彼らにちょっと「お願い」しただけで、彼らはゲームの「デバッグモード」で操作されているみたいに、私の話を素直に聞いて実行してくれた。
学校モノの青春ドラマみたいな、学生同士のリアルなケンカ。みんなが私に向ける絶対的な崇拝の目線――。
マンガとかでよく見る、「みんな止めて!」みたいに振る舞うヒロインの役を一度やってみたかったのよね~。もう、臨場感がたまらなかったわ! TVドラマとかVRゲームなんて、はっきりいって目じゃないわ!
うっとりしていたら、セルジュが言った。
「あんたが何をしたいのかは、別にどうでもいい。だが、これだけはもう一度確認させてもらう。……あいつらから、ローラ姉さんの記憶は無くなったんだな?」
「ええ、約束どおりよ」
例の好感度パウダーには記憶操作、すなわち特定のキャラクターに関する記憶をすべて奪う特殊効果も付与した。素材にローラたちの髪の毛が必要だったが、取り巻きたちのおかげで、さくっと用意できた。
「ならそろそろ、ローラ姉さんを、俺に渡してもらおうか」
「まあお待ちなさいな。ローラはこれから退学させるから。その後は好きになさい」
「……これ以上、余計なことはするな」
「いやだわ。約束は守るから安心してちょうだい」
「もし約束を違えたら、俺はお前を……」
殺気に満ちた目線で私をしばらく睨みつけると、セルジュは立ち去った。
「……相変わらずのヤンデレねぇ。困ったものだわ」
前世でこのゲームをやっていた時、選択肢をちょっと間違えただけで、よくあのヤンデレに殺されてゲームオーバーになっていたっけ。
私は逆ハーレムを狙ってるけど、シャルル、フェルナン、アレクシスのメイン攻略対象を侍らせられれば、最初のゴールとしてはひとまずOK。あのヤンデレはさすがに対象外だわ。
それにしても……。
「ふふっ」
思わず吹き出してしまう。
「あはははは!」
ヒロインのローラと、あのエミリーとかいう忌々しいモブ。自分のことが周りから突然忘れられて、さぞかし吃驚仰天していることだろう。
男子たちに教師を暴行させたとき――あのクソモブまで居合わせたのにはちょっと驚いたけど、あいつの惨めなツラは、まるで極上の美酒のようだった。
でも、安心して。
もっともっと苦しめてあげるから。
楽しみにしててね。
仮にあいつらが騒いだところで、ローラもクソモブもしょせんは男爵家。家格で露骨な格差をつける体質のヴェルナーサ学院なら、何もしないだろう。
あ~いい気味!
最っ高にスカッとしたわ!
「乙女ゲームって最高! 悪役令嬢って最高! 異世界転生って最高!!」
次の重要なイベントである「聖乙女の兆し」が現れるのは三年の三学期。まだあと半年はある。今は焦らず、学院中に貴族と平民の諍いをもっともっと起こさせて、この私が、みんなをたくさん救ってあげなきゃ。
そして「兆し」が出たら――王太子シャルルから王へ、この私を聖乙女として推挙してもらわないとね。
私はあのゲームの大ファンだったの。
だから、原作イベントは最大限リスペクトするのよ。
ねえ? 私ってファンの鑑だと思わない? あははっ!




