23. 嵐の夜会
学院の新ホールには多くの人々が集まり、熱気に包まれていた。
今日は夜会――創立記念日に毎年開催される、学院祭に次ぐ大きなイベントの日。学院関係者に加え、三年生は全員参加必須だ。
家を出るときに、妹のアメリからは羨ましがられた。二年生なら希望すれば参加できるのだけど、一年生は入学して日が浅いという理由で参加できないのだ。
「――それにしても、開催されて本当によかったわ!」
「うん!」
「そうね!」
目の前に立つのは、ドレスアップしたナタリーとローラ。もとより美人な二人が、今日はひときわ眩しく輝いて見えた。
「でも、帰る頃には嵐になっているかもしれないわね……」
ローラが心配そうに窓の方を見上げた。外からは、強い風の音が断続的に聞こえていた。
ゴウゥゥゥ……。
ゴウゥゥゥ……。
風はさらに強まっているような気がした。この国は一年を通して穏やかな気候なのだけど、今日に限って激しい雷雨が近づいているらしかった。悪天候のため、夜会が中止となる可能性すらあった。
「エミリーったら、そのドレス素敵じゃない」
「ほんと?」
「髪型も素敵よ。いつもそうしたっていいくらいだわ」
「い、いや~」
支度をするとき、前髪を上げることにようやく同意した私のことを、メグミは張り切ってセットしてくれた。
(それにしても、素敵だわ……)
周囲を見渡しながら、思わずため息をついた。昨年落成したばかりの新ホールは、ライトアップされて華やかなムードを醸し出していた。生徒たちもみな高揚した表情を浮かべ、教師たちも今日は華やかなドレスやスーツで着飾っていた。
「あ、ビュッフェがあるわ!」
「もう、エミリーったら。今は我慢よ」
「見るだけだから!」
呆れるローラたち連れてビュッフェコーナーをのぞきに行く。さすが学食のレベルも高いヴェルナーサ学院だ。豪華な料理がずらりと並んでいた。
「あ、エミリー先輩!」
「あら、ケリーさん。ごきげんよう」
声をかけてきたのは二年生のケリーさん。彼女は制服を着ていた。みんな着飾っているけど、ちらほらと制服の子も混じっている。彼らはボランティアで、会場の運営を手伝ってくれているのだ。
「素敵な夜会ですね! 来年がもう楽しみです!」
後輩のケリーさんが、頬を上気させながら言った。
「でも、他の皆様はどちらにいらっしゃるのですか? 折角ですもの、シャルル会長たちの晴れのお姿も見たいのですが……」
「そうね、まだ忙しいんじゃないかしら?」
彼らは関係者への挨拶などがあるのだろう。私たちもまだ姿を見ていない。
「皆様、本当に素敵! 例えばほら、あちらのカトリーヌ様! さすが“学院の聖純姫”ですわ!」
ケリーさんが指さした方向には、たくさんの生徒たちに囲まれながら談笑しているカトリーヌ様がいた。一際華やかなドレスで着飾った彼女こそ、この夜会の主役の一人だろう。
そんな風に思いながら見ていたら――。
ふとカトリーヌ様と目が合った。
そっと会釈した私のことを、彼女はどこか無機質な瞳でじっと見た。そして私から視線を逸らすと、周りの生徒たちと談笑を再開した。
「……」
なんとなく落ち着かない気持ちになっていたら、アナウンスが聞こえた。
「えー、皆様。これより生徒会長よりご挨拶があります」
シャルル会長が登壇し、歓声と拍手が一斉に沸き起こる。彼は挨拶を述べていく。
「――以上だ。話はこれくらいにしよう。さあみんな! 今日の夜会を楽しんでくれたまえ!」
盛り上げるように挨拶を締めたシャルル会長に対し、さらなる大きな拍手が送られた。
「次はダンスの時間です。希望者は中央にお集まりください」
周囲の男女がペアを組みながら、楽しげに移動し始める。
ダンス……。
胸がドキドキしてくる。
でも……。もしみんなの前でお誘いを受けたら、それは自分が彼のパートナーだと示すのと同じこと。そんな度胸、私には……。
「――エミリー」
「!」
振り返ると――。
美麗な礼服に身を包んで立つフェル様は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
「……ドレス、似合っている。すごく可愛いよ」
「あ、ありがとうございます」
「それに髪型も、素敵だ」
「……」
恥ずかしすぎて、やっぱり前髪を下ろしてくればよかったと思うけどもう遅い。緊張してしまって喉もカラカラだ。
「……ダンスが始まるね」
彼の声も、緊張しているような気がした。
「――エミリー」
彼は跪き、手を差し伸べた。
周りの生徒たちからざわめきが聞こえたような気がした。
「僕の愛しい人。君の人生を今、ほんの少しだけ、僕に恵んでもらえないだろうか?」
真剣な、熱の込もった青い瞳が私を見つめていた。いつも真っ直ぐな気持ちを向けてくれる彼。胸がいっぱいになりながらうなずこうとした、そのとき――・
ゴゴゴゴゴ……! ドォーン!
外からとてつもない轟音が轟き渡った。
「キャー!」
(ら、落雷!?)
パリン! パリン! パリン! ……パリン! パリン! パリン!
すぐ後に、何かが割れるような音が鳴り響く。途端に強風と雨がホールの中へ一気に吹き込んでくる。落雷で窓が割れてしまったのだろうか?
「エミリー!」
フェル様が私を庇う。強い風に思わず目を閉じる。さっきまでのホールの熱気を吹き飛ばすような冷たい空気が流れてくる。
え……?
何だろう……?
香辛料のような、不思議な香りをその風の中から拾った。
しばらく目をつむっていたら、雷と風がようやく止んだ。
身を起こしながらフェル様の方を向く。
「もう、大丈夫ですわ……ありが」
え……?
彼は私のことを冷たい目で見下ろしていた。
「あ、あの……?」
「凄い雷でしたね」
「……」
「では失礼」
彼は立ち去ってしまった。
「――静粛に! 静粛に! 静粛に! 夜会は中止です! 係の人の誘導に沿って速やかに下校してください!」
怒鳴るような声がホールに響く中、唖然と立ちすくんだ――。




