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22. カトリーヌ・グラヴィエ2


「あの……!」


 思わず拳を強く握りしめた。


「クソモブがぁ! ふざけんじゃねえっ!!」


 私――カトリーヌ・グラヴィエは、ライバルキャラであるアメリ・ランベーヌの始末に失敗したことに、激しい苛立ちを覚えていた。貴族もどきの弱小男爵家の、たかが小娘一匹。


 まさか失敗するとは思っていなかった。


 そして、邪魔をしたのは間違いなく、アメリの姉の――!


「クソ! クソ! クソ! 馬鹿にしやがって!」


 ソファに腰を下ろして気持ちを落ち着かせた。


 ……別に焦る必要なんてないはず。


 ここは、乙女ゲーム『Memory ~ヴェルナーサ学院に咲く乙女の花~』の世界。ヒロインのローラが「王国の聖乙女」に覚醒するのはしばらく先――それは、三年生の三学期に起こる。そして今はまだ一学期。


 ……とはいえ、計画は早めに進めておくに越したことはなかった。だから、最後のライバルキャラであるアメリ・ランベーヌをさっさと今回片付け、これからローラをじっくりと料理するつもりだったのに……!


「カトリーヌ」


 また苛ついてきた私の前に、一人の男がゆらりと立った。


「……なに?」


 グラヴィエ家の当主にして戸籍上は父になる男は、うやうやしく書類の束を差し出してきた。


「今週届いた私宛の手紙だ……」

「……」


 無言で手紙をつかみ取り、ソファに寝そべりながらさっと目を通していく。この男は高位貴族なので、重要な情報が時おり入ってくる。この国で起きていることは、このNPC経由で押さえておきたいところ。


「ふーん。別に目新しい話はなさそうね。……おい」

「何だい、カトリーヌ……?」

「国王から『王国の聖乙女』の話は、まだ出ていないわよね?」

「出ていないよ……」


 そうよね。


 イベントはまだ先だと安心する。


「あ、そうそう。孤児院の子どもの数を、もっと増やしておけ」


 実験体は、多ければ多いほどいいからね。


「わかったよ……カトリーヌ」

「なる早でやれ」


 お金でも実験材料でも何でも引き出せる、前世でいうところのATMなこいつは、本当に便利なお助けキャラだ。あのいらない、エミリーとかいうチュートリアルしか出番のないお邪魔キャラとは大違いだ。


 ――カトリーヌの身体は、強力な魔力だけでなく、最高のプレイ環境まで与えてくれた。


 う~ん。やっぱり。


 私ってば、この世界に祝福されているに違いないわ……!


 ようやく機嫌が直ってきた。


「あ、そうだ。セルジュの件だけど、言う通りにした?」

「はい……。全て御心のままに……」


 よしよし。


 グラヴィエ侯爵家は思い通りにできている。実験も予定通りに進んでいる。


 順調だわ。


 そう! 私の悪役令嬢人生はバラ色なのよ!


 ……そろそろギアを上げてもいいのかも。


「セルジュを呼んでこい」

「はい……」


 義弟の到着を待つ間、次に起こるゲームイベントを思い出しながらプランを練った。今回始末し損ねたアメリのことは、後でどうにでもなるだろう。やはり、優先すべきはヒロインのローラ、そして……。


 歯を再びギリギリと食いしばった。


「あのチュートリアルのゴミキャラ……!」


 エミリーとかいう、私の邪魔をし続けてきたあの忌々しいモブ。


 いつでも握り潰せるカス女だけど、あいつだけは――。


 徹底的に苦しめてから始末してやらないと、私の気が済まない……!


 部屋がノックされた。


「――何だよ?」

「あら。ちょうどいいところに来てくれたわ、セルジュ」

「あんたに呼ばれたんだけどね」


 セルジュは向かいのソファにどかっと座ると長い足を組み、皮肉な笑みを浮かべた。


「で、用件は何? そっちの方は最近上手くいってなさそうだけど」

「そうでもないわ。良い報せもあるのよ、セルジュ。あなたがこのグラヴィエ家の正式な跡継ぎになることが決まったわ」

「ふーん」


 セルジュはまったく嬉しくなさそうだった。


「もっと喜びなさい。天下のグラヴィエ侯爵家があと少ししたら、あなたの物になるのよ」

「……バカバカしい。自分の親を怪しげな術で操った挙げ句、今度は俺までオモチャにして遊ぶつもりか?」

「そんなわけないでしょ。これも、あなたとの約束を守るためなんだから。もっとお姉様に感謝しなさいな」

「……俺がほしいのは、こんな家じゃない」


 セルジュは横を向くと、吐き捨てるように言った。


 あなたのほしいもの、ねえ。


 くくっ。


「侯爵家の当主になれば、何だって手に入るようになるわ。例えば……生き別れた誰かさん、とか」

「……」


 セルジュは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。


 うふふ。


 ローラに執着する彼の本心を知っている私なら、彼を洗脳するまでもなく自由に手駒として使える。


「ところで今度、学院で夜会が開催されるでしょう?」


 その夜会は、年に一度の、そしてゲームでも大きなイベントだ。


「そうだっけ? 俺はまったく興味ないし、出席する予定も無いけど」

「まあまあそう言わないで。あなたと私の仲じゃない。当日にね、ちょっとだけ、手伝って欲しいことがあるの」

「手伝う?」


 怪訝な顔をしたセルジュの前に、小瓶を取り出した。


「……何だ、それは?」

「まだ最終的な改良の途中だけど、長年の実験の結晶といったところかしらね。近い内、学院の皆様にこの成果を分かち合いたくって」

「……どういうことだ?」

「うふっ! 聞きたい?」


 考えた攻略プランを前に、ワクワクが止まらない私――。


 もう、これだからゲームってやめられないのよね。


 ――さあ皆様。


 悪役令嬢カトリーヌが、この世界のヒロインとなる瞬間を、いざご覧にいれましょう。




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