21. 忘れな草
「ねえローラ! この服、素敵じゃない!?」
「可愛い! 試着してみたら?」
サプライズ誕生日会があった二日後の休日――私はローラと外出していた。王都の服屋さんなどを一緒に散策しているところだ。
しばらく遊び歩いて夕方に近づいた頃、ローラへ提案した。
「そろそろ帰る?」
「うん!」
帰るといっても、今日はローラもお持ち帰りだ。なぜなら彼女は、わが家にお泊まりするからだ! 私たちを乗せた馬車がわが家に着くと、メグミが現れる。
「いらっしゃいませ。今日はごゆっくりなさってください」
「ローラお姉さま!」
妹のアメリが飛び出してくる。お母様も後に続く。
「ようこそおいでくださいました。ごゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます。本日はお邪魔させていただきます」
さらに帰ってきたばかりのお父様も混ざって、ディナータイムが始まる。お父様もローラに久しぶりに会えて上機嫌だった。
「美味しい!」
「ふふっ! よかったわ!」
料理を口にして目を輝かせた友だちに、思わず会心の笑みを浮かべた。今日はローラが大好きな燻製肉の他にも、彼女の好物を多数用意している。
「本当に美味しいわ! ピリ辛の味付けって私、大好きなの!」
ローラの反応に、メニュー担当のメグミの方をちらりと見ると、彼女もニヤリと笑みを浮かべていた。私が物好きな……もとい、一風変わった食材に目をつけ、メグミが食べやすい味に改良する――それは、わが家の隠れた役割分担である。
ディナーの後は、私の部屋でアメリと三人でのんびり過ごした。
「失礼します」
フルーツの盛り合わせを運んできたメグミが言った。
「ローラ様、一芸をお見せしましょう」
「え? 芸?」
「ふふふ」
不敵に笑ったメグミは、取り出した玩具のカードをシャッフルし始めると、何度かカードを見せたりしまったりした。
「……では、ローラ様。よろしいですか?」
「え、ええ」
「ほぉい!」
メグミは絶対に出てこなさそうな位置のポケットから、さっき見せたカードをローラにぴらりと見せた。
「うわー! 凄いわ! メグミさん! 凄い! 凄い!」
「おほほ」
ローラの素直なリアクションにメグミはドヤ顔だ。以前メグミからタネを聞かされている私でも、やっぱり凄いなって思ってしまう。本当に不思議な芸。メグミったら、どこで覚えたのかしら?
せっかくなので彼女にも残ってもらい、みんなでフルーツをいただいた。
あ。フルーツと言えば――。
「ねぇ、メグミ」
「はい」
「この前アランのお見舞い行ったじゃない、私。お土産に果物のプルッコラを持って」
「ええ。ちなみにプルッコラは好評でしたか?」
「……あえて言うなら賛否両論、かな」
「やっぱり……」
「それはまあいいとして、アランがね、あなたにまた会いたいって言ってたわ!」
「えっ!? ア、アラン様が!?」
メグミはめずらしく動揺しながら顔を赤くした。
……ほう。
ほほーう。
「えっ!? メグミさんって、アランと仲がよろしいんですか!?」
「キャー! メグミったら大人なのに、いたいけな男子生徒を虜にするなんて! それっていいの!? 犯罪よ! 犯罪! これは事案だわ! おまわりさーん! こっちでーす!」
「いや、あの、その……」
ローラとアメリに早速食いつかれ、メグミはあわあわとしている。
(犯罪か……いや、でも……)
メグミはたしか25歳。そしてアランは、実はフェル様の叔父様で28歳なのだ。つまり二人の歳は実は近い。歳の差もいい感じなのでは。
するとローラがたずねた。
「ねえエミリー、アランは大丈夫だった?」
「うん。もうだいぶ良くなってたわ! 退院したら、絶対にバカンスに行くんだって張り切ってたくらいよ。なんなら、もう行ってるかも」
「よかったわ! じゃあ、アランとはしばらく会えないのね?」
「うん。あ、でも、ローラにもお土産買ってきてくれるって!」
みんなとおしゃべりをしている内に、すっかり遅い時間になっていた。アメリたちは自分の部屋に戻り、私はローラと自室でくつろぐ。部屋にはローラの分のベッドも用意してもらったので、あとは寝るだけだ。
「それにしてもエミリーの部屋って、なんか可愛らしいわね」
「えっ?」
「例えばこのベッドも、私の家のよりカラフルで、なんだかお嬢様って感じ」
「そうかなぁ。昔からこんな感じだけど」
あれ? もしかして、私の趣味って子供っぽいの……?
でもいいもん。まだ学生なんだから。
ローラに指摘された天蓋付きの愛用のベッドに、とりゃっ、とダイブした。
ぼふん。
ふかふかのベッドに身を委ねると、今日一日遊び回った疲れの余韻でとっても気持ちがいい。その後も他愛のない会話をしていたら、今日最後の大事なイベントを思い出してガバリと立ち上がる。
「そうだ! ローラ、プレゼント交換しようよ!」
「うふふ。そうね!」
机に仕舞っていた小さな包を取り出した。
「ローラ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
「開けてみて」
「うん……わあ、素敵! あら、名前入りなのね。嬉しいわ!」
ペンケースとペンを手にとって喜ぶローラ。最初はアクセサリーを買おうかと思っていたのだけど、それなりのものは値が張った。ローラは慎ましい人なので、高見えしつつ、アクセサリーより値段が抑えられる文房具を選んだのだ。
ちなみに、シャルル会長のセレクトは手帳だった。割といい塩梅だったのでは。
「じゃあ私から。エミリー、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
「開けてみて」
ドキドキしながらプレゼントを開ける――。
「えっ? これ……ネックレスじゃない!?」
それは、透明な樹脂のようなものに薄い青色の花が埋めこまれた、可愛らしいネックレスだった。
「すっごく素敵! でも……高かったんじゃない?」
「うふふ。それは自作です!」
「えっ!? 信じられない!」
ローラの趣味が手芸だとは聞いたことはあったけど……見事な出来のネックレスに、うっとりと見とれてしまった。
「あのね……エミリー」
「うん」
「私ね……」
ローラは切なげな表情を浮かべながら続けた。
「転校したばかりの頃……学院に行くのが、実はとても怖かったの。慣れてからも、色々あったし……」
「うん……」
「でもね……。あなたに出会えたおかげで、朝を迎えることが怖くなくなったの。エミリーは、いつも私のそばにいてくれて、教えてくれて、笑わせてくれて、励ましてくれた」
「ローラ……」
彼女は涙ぐみながら続けた。
「嫌がらせを受けていたとき……本当に学院を辞めようと思っていたわ。でも、あなたが私に勇気をくれたの。……ありがとう。エミリー」
「私だって……。ローラがいなかったら……」
彼女がいなかったら、私はずっと空気で、一人ぼっちで、つらいままだった……。
胸がいっぱいなままうつむくと、もらったばかりのネックレスの輝きが目に映る――。
「……これ、ずっと大切にするね」
「ふふっ。実は今週、夜なべして頑張って仕上げたのよ。入魂の一作なんだから。今までで一番うまく作れたかも!」
ローラによると、ネックレスに埋め込まれた花の名は「忘れな草」というらしかった。
お互い鼻をすすって、またしばらくおしゃべりして。夜は更けていった。
お互い寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。
「――あ、そう言えば、フェルナン様からのプレゼントってなんだったの?」
「ポーチだったわ」
「まあ! フェルナン様ったら可愛らしいのね!」
実用的なデザインだったけど、とても素敵なポーチだった。
「それにしても……あのときフェル様が演出でやった風魔法、先生方から怒られないかしら……?」
「たぶん大丈夫よ。あの後、ジャンが打ち合わせのためだって、ゴリ押ししてたから」
「打ち合わせって……」
二人でくすくすと笑った。
「そういえば、もうすぐ夜会があるわね」
「あ、そうね!」
「楽しみね!」
「うん!」
夜会とは、学院の創立記念日に開催されるイベントだ。今年は新ホールで開催される。生徒会でも当日の準備を進めているけど、とっても楽しみだ。
「……ねえ、ローラ」
「なあに……?」
暗闇の中、徐々にお互いの言葉は少なくなっていく。
「ずっとこんな日が、続けばいいね……」
「うん。でも、学院を卒業したって……。私たちずっと……」
――親友だよね。
――そんなの、当たり前よ。
そうローラが言ったような、それに返せたような。
私たちの意識にも、夜の帳がすっかり下りていた。
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