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19. お見舞い


(この部屋かしら?)


 私は王都の病院を訪れていた。フェル様にアランの様子をたずねたところ、だいぶ回復しているとのことだったので、お見舞いに来たのだ。


「失礼します」

「お、エミリーじゃないか!」

「アラン!」

「もしかして、お見舞いにきてくれたの?」

「うん。いま大丈夫?」

「もちろんだよ、どうぞどうぞ」


 アランに手招きされ、恐る恐る足を踏み入れた。清潔で広い一人部屋だった。彼は実はエリート騎士なので、良い部屋で休めているようだ。


「先日は、本当にどうもありがとうございました」


 深く頭を下げた。


「……君の大事な妹さんが危ない目に遭ったんだ。当然のことさ」

「でも、骨折なんて……。それと、熱はどう?」

「うん、痛みはもうほとんどないし、熱も下がった。大丈夫だよ。ほらさ、僕、実は社会人じゃない?」

「うん」

「溜まっていた休みも使える良い機会さ」


 そう言ってアランは顔をほころばせた。もちろん、私に気を遣ってくれているのだろう。相変わらず優しい人だ。


「じゃあ、しばらく休めそう?」

「うん。シャルル王太子殿下からも、いい加減休めと言われてしまっているしね」

「ははは……。あ、そうだ」


 自分が持っている荷物に気づき、袋から取り出して渡した。お見舞い品だ。


「つまらない物ですが……」

「ん?」

「どうぞお召し上がりください」

「おお、悪いね。さっそく開けさせてもらうよ……。うわぁ! なんだか凄いね! この果物は?」

「プルッコラです」


 それは、淡いピンク色の果皮が美味しそうに輝く大きな高級果物。この国ではほとんど流通していないのだけど、今日のために急いで取り寄せたのだ。


「おお、これがプルッコラか! 実物を見るのは初めてだなぁ。高かったんじゃない? どこの物なんだっけ?」

「プルコラ国産よ」

「へー」

「甘くて濃厚な風味で、とっても有名なのよ。そのプルコラ国では、“プリンス・オブ・フルーツ”と言われていて……。子供が七歳になったお祝いのときには、必ず食卓に並ぶのよ。しかも聞いて! 健康効果もすっごく高いの! だから今日は特別に、一つ一つ丁寧に栽培された有名なブランドものを取り寄せましたの! この美味と栄養が、いま、あなただけの元に! ささ、早くお召し上がりください!」


 アランに喜んでもらおうと、自然な商品アピールをした。


「お、おう」

「こちらをどうぞ」


 事前に切り分けておいたものをアランに渡す。彼はさっそく口にする、が……。彼の咀嚼は次第とゆっくりとなり、微妙な表情へとなっていく。


「……」


 二人だけの部屋が沈黙に包まれた。


「こ、個性的な味だね!」


 アランは今日一番元気な声を出した。


 あぁ~、やっちまった~!


 私は好きなのよ、私は。ただちょっとクセがあるといえば、あるのよね~。メグミに今日の支度をお願いしたとき、「お嬢様の味覚は……いえ、なんでもありません」と、その先を言ってくれなかった彼女のことが頭をよぎった。


 一方アランは、「ま、まあ、慣れだよね」などと言いながら、果物を黙々と口に運び続けていた。本当に良い人だ。


「ねえ、エミリー」

「うん」

「先日の事件についてだけど……」


 フォークを置いたアランは、静かに言った。


「犯人――あのとき刃物を振り回していた女子生徒の記憶が、また曖昧らしい」

「えっ、またなの?」


 背筋に冷たいものが走った。去年のローラの事件のときと同じだったから。


「休暇から戻ったら、もう一度調べようと思う。だから、エミリーも気をつけるんだよ」

「う、うん……」


 私がうなずくと、アランは優しげに微笑んだ。


「ところでさ、フェルナンとの仲はどう? 彼、最近どこかふっきれたような感じがするんだ。何かあったのかなって」

「あ、えっと……。将来のことについて……」

「うんうん」

「いろいろと詳しく、話せた、かな……」

「……ふーん。詳しく、ねぇ」


 さすがにフェル様に告白されました、とは恥ずかしくて言えなかった。


「エミリーもなんだか、前より元気になったしね」

「そ、そうかしら」

「あんな生き生きとしたフェルナンを見られるなんてね、僕はすごく嬉しいんだ。彼が僕の甥ってだけじゃない。子どもの頃からずっと見てきた可愛い弟子でもあるから」


 彼は優しい眼差しのまま続けた。


「彼のこと――これからもよろしくね」

「わ、わかりました……」

「ところでさ、メグミさんはお元気かな?」

「えっ? メグミ?」

「いやさ、メグミさんって、大人な女性って感じで正直、とても素敵だなって思ってさ。でも、もう結婚を決めている方とかいるのかな?」


 アランはなんだか照れくさそうだ。そういえばメグミも、「あのアランさんって生徒の方、すごく感じのいい人ですね」と、そこはかとなく楽しそうに語っていたことを思い出した。


「メグミにはそういう話はないわ」

「えっ、そうなの?」

「男っ気は皆無で、実は家族全員が昔から心配しているの」

「もしかしたら……メグミさんは今の仕事が楽しいのかな? じゃあさ、どんなタイプの男性が好きかとかって知ってる?」

「ええとね、たしか……優しくて知的で大人な男性が好みって、言ってたかな。あとはね――」


 アランに乗せられて、ついポロポロと話してしまった。でも彼は優しいし、シャルル会長の護衛を任せられるくらいの騎士団のエリートだ。そして彼からは、もちろん大人らしさも感じる。すっごい童顔だけど。


 まことに勝手ながら――アランって、メグミの好みにぴったりなのでは?


「メグミさんの趣味とか知ってる?」

「趣味というか……旅行に関しては、山よりも海派ね。ときどき家族で海に行くことがあるけど、いつも凄く喜ぶわ」

「えっ、そうなの!?」


 なんでも、アランも海が好きらしい。その後もメグミトークで彼とつい盛り上がってしまった。


 しばらくして、帰る支度を始めた。


「――お邪魔しました。次はメグミも連れて来るわね」

「ありがとう。メグミさんもきっと忙しいだろうから、無理はさせないであげて」

「うん」

「それに実は、退院したらすぐ旅に出ようと思っててね。結構長めにさ」


 おお。バカンスね。


「素敵じゃない! ゆっくりできたらいいわね!」

「お土産楽しみにしてて。ああ、ローラの分も買ってくるから」

「ふふっ! ローラにも伝えておくわ。お大事にね!」


 軽く手を振って微笑むアランに、別れを告げた。




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