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15. 乙女に必要なもの。それは


「――どうしてエミリーさんは、ハーブに詳しいのかしら?」


 お茶を一口飲んだジュディ様が、私にたずねた。


「私の家が海外の食品や雑貨の輸入をしておりまして、知るようになりました」

「まあ、そうなの」

「自分で試して良いと思ったものは、父に取り扱いを相談することもありますわ」


 まあ、私推奨の商品は、たいてい売れ行きが芳しくないけど……。


「そうなのね。どちらのお店に行けば、エミリーさんおすすめの品を見られるのかしら?」

「ええと――」


 王都に店舗を構える取引店の名を幾つか上げた。


「――などのお店で、『ランベーヌの商品を』と聞いてくだされば、きっとお店の方もわかるかと存じます」

「え? ランベーヌ……?」


 ジュディ様は一瞬、何かを思い出すような仕草をした。


「もしかしてエミリーさんって、ランベーヌ男爵家のお嬢様なのかしら?」

「えっ? わが家をご存知なのですか?」

「もちろんよ。アントニー様のお家でしたわよね?」

「はい! アントニーは私の祖父です!」

「そうなのね! かつてアントニー様のご活躍で、疎遠だった他国との交流が盛んになったこと、私もよく存じています。大変素晴らしいことですわ」

「……!」


 驚きのあまり目を見開く――。


 ジュディ様は、間違いなく貴族だと思う。


 けれど、学院の生徒たちのように私のことを“貴族もどき”と嘲ることなく、自然と公平に、祖父がしたことを認めてくれたから。


 こんな人も世の中にはいるんだ……。


 嬉しさで胸がいっぱいになる。


「じゃあ今度、エミリーさんが教えてくれたお店に行ってみるわね」

「はい!」

「楽しみだわ」


 ジュディ様は美しい所作で再びお茶を飲むと、私の髪を見た。


「その髪飾り、とても素敵ね。あまり見たことのないデザインだけど、どちらでお買いになられたの?」

「実は『レークリー・アグリー』のものです。先ほどの店員さんがデザインされたんです」

「あら。だから彼女とお知り合いだったのね。可愛らしいわ。とても似合っているわよ」

「いやぁ……」


 ジュディ様に褒められて浮かれてしまう。


「エミリーさんは学生さんかしら?」

「はい、ヴェルナーサ学院に通っております」

「あら。私も卒業生だけど、私の子も通っているのよ」

「そうなんですか!?」


 何年生の生徒だろう? プラチナブロンドの髪をした美人の生徒を頭の中で思い浮かべようとする。しかし、ジュディ様ほどの美人は思いつかなかった。


「いつも無愛想で、口数の少ない子なのよ……。あなたみたいな可愛らしい女の子ならよかったのに」


 あ、男子生徒なのね。


 するとジュディ様がニヤリと笑った。


「エミリーさん。恋、してる?」

「え!?」

「例えば、その髪飾り。もしかしたら、想い人から貰ったものだったりして?」

「……」


 フェル様につけてもらった学院祭のときのことを思い出し、赤面してしまう。


「キャー! 赤くなっちゃって。可愛い!」


 うぐぐ……。


 からかわれてますます赤くなる私。でも――。


 フェル様がもうすぐ学院からいなくなってしまうことを思い出して、気持ちが少し沈んでしまった。


「……エミリーさん?」

「あ、ええと……。私の好きな人は、もうすぐ卒業しちゃうんです」

「卒業? 卒業まで、まだ時間はあるでしょう?」

「実は、彼は今学期で卒業しようとしていて……」

「――ん? ん? ちょ、ちょっと待って。エミリーさんは、今、三年生?」

「はい」

「想い人の男の子も同じ学年?」

「はい。あ、私は一般クラスですけど、彼は特別クラスです」

「……もしかして、彼は生徒会に入っていたりするのかしら?」

「え? おっしゃる通りです」

「……」


 ジュディ様は目を見開き、なぜか得心したような顔をした――。


「……彼はあなたとの未来を考えているのかしら?」

「はい……。そう、思い、ます。彼もとても真剣に考えてくれています。でも、家格の差があるものでして……。なので、とても難しいのですけど……」


 つい自嘲して、うつむいてしまった。


「――エミリーさん」


 顔を上げると、ジュディ様がまっすぐに私を見つめていた。透き通った碧眼は美しく、強い意思を宿した光に満ちていた。


「貴女が一番好きなことは何かしら?」

「え、ええっと……」


 唐突な質問にまごつく。私が一番、好きなこと……。


 学院祭のときの、キラキラと夕日を浴びたフェル様の素敵な笑顔――。


 あのときの、まるで自分が生まれ変わったかのような気持ちになったことを思い出しながら答えた。


「……誰かの、笑顔を見ること、です」

「なら、あなたの想い人は、あなたといるときは、笑ってくれるのかしら?」

「……はい」

「そう……。あのね、参考になったらと思って話すけど――私たち夫婦は、再婚なの。夫が再婚なの。彼には前妻がいた。彼は若い頃、身分差の結婚をした」


 ジュディ様は切なげな表情を浮かべながら語った――。


 旦那様は若い頃、王宮で働く下位貴族の魔術師と恋に落ちたらしい。周囲の反対を押し切って結婚し、結婚後もその方のことをとても大切にしたのだけれど、病気で失ってしまったとか……。


 元々の持病のせいらしく、やむを得なかったことのようだ。にもかかわらず、旦那様は、自分が心労をかけてしまったせいだと、強く自分を責め続けたという。


「もしかしたら夫は、今でも自分のことを、許せないのかもしれないわ」

「そんな……」


 鼻がつんとした。あまりに悲しい話に泣きそうになってしまう。


「あのね、エミリーさん。この国の今の価値観はそうかもしれないけど……。そもそもね、人は血だけで決まるわけじゃないのよ」

「え……?」

「夫のことを好きになったのは、彼が独り身になった後のことだったわ。好きになってしまって、彼を振り向かせようとして、実家の力だって使ったわ。……でもね。それだけじゃ、彼の気持ちは変えられないことに、あるとき気づいたの」

「そ、それで、どうなさったのでしょう?」


 ジュディ様は不敵な表情を浮かべた。


「……気合よ」

「ええっ?」

「気合一択。最後は個人の気合が勝負を決めるわ!」

「き、気合ですか?」

「いいこと、エミリーさん! 乙女たるもの! 最後は折れない強い気持ちを持って、全力でぶつかるしかないのよぉ!」

「え、ええ……」


 ジュディ様の迫力満点の勢いについドン引きしてしまう。


「――あら、もうこんな時間。夫のとこに行かなかきゃ」


 彼女は時計を見ると身支度を始め、店員に去るサインをした。


「ジュディ様は、旦那様と仲がよろしゅうございますのね」

「ええ、そうよ。だって……大好きだから」

「……!」


 ジュディ様の魅力的な笑顔にまた見惚れてしまう。それは、フェル様の素敵なそれと、どこか似ている気がした――。




 店を出てお別れの挨拶をした。


「今日はありがとうございました」

「エミリーさん。若いからいろいろ悩むこともあるかもしれないけど、そんな時は、抱え込まないで誰かに話すのが一番よ。私でよければ、またお話を聞くわ。ここにはよく来ているから」


 またお会いましょう、と言って去っていくジュディ様を見送った。


 ……ジュディ様といい、旦那様といい、オーラのある凄い人たちだったなぁ。


 もう会うことは多分ないと思うけど……。


(でも、また会えたら嬉しいな)


 ジュディ様の後ろ姿を見ながら、そんな風に思った私なのだった。




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