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09. アレクシスルート


「失礼いたします」


 生徒会室で仕事中、入口に一人の女の子が立っていることに気づいた。


 あれ?


「アメリ!?」


 突然訪問してきた妹に駆け寄った。


「あ! お姉さま!」

「どうしたの?」

「実は――」


 するとナタリーが現れた。


「エミリー、そろそろ先生方への報告に行きましょう……あら?」

「ごきげんよう。ナタリーお姉さま」

「まあ! アメリさんじゃないの? 今日はどうなさったの?」


 ナタリーは嬉しそうな表情を浮かべた。彼女にはアメリのことを紹介済みで、みんなで一緒にランチを食べたこともあるのだ。


「実は、同級生が使っている収納箱が壊れてしまいまして」

「それは大変ね。すぐ修理の手配をするわね」

「あ、いえ、それは私が直したのですけど」

「え? アメリさんが自分で? 凄いじゃない!」


 ……そういえば昨晩、家でアメリがメグミに工具の場所を聞いていたのを思い出す。この子ったら、まさか自分で修理するなんて……。アメリは私と違っていろいろと器用だし、工作の類も得意だ。


「ただ、私が拝見しましたところ、他にも壊れかけのものがあるようでして……。生徒会で一度ご確認を頂いたほうがよいかと思い、参りましたの」

「わかったわ。じゃあ、もう少しお話を聞かないといけないわね。ねえ! アレクシス! いいかしら?」


 備品関連の話となると、庶務のアレクシス様とナタリーの担当だ。


「いかがした?」

「こちらアメリさん。エミリーの妹さんなのよ」

「……」


 山のような巨体と燃えるような赤髪を揺らして参上したアレクシス様のことを、妹は圧倒されたように見上げていた。


 ……アメリったら、大丈夫かしら?


 一瞬不安がよぎった。アレクシス様はいつも女子たちから黄色い声を上げられているけど、本当は繊細で、女性があまり得意な人じゃないからだ。


「お忙しいところ恐れ入ります。一般クラス一年生、アメリ・ランベーヌと申します」


 アメリはアレクシス様に丁寧にお礼をした。


「おお。お師匠の妹君か。はじめまして。話を伺おう」

「お手数おかけします」


 私の不安をよそに、アメリは落ち着いた様子でアレクシス様と話し始めた。


 これなら大丈夫そうかな。そう思いながらナタリーと一緒に生徒会室を後にした。




「アメリさんはまだ一年生なのに、本当にしっかりした方ね。もしかしたら、お姉さんの教育がよかったのかしら?」

「あ、私は特に何も……」


 ナタリーに褒められたものの、私のおかげではない。わが家は一応男爵家。しかし、亡き祖父の功績のおかげでたまたまそうなっただけだ。「日頃から慎み深くあるべし」というのが家訓である。


 私もアメリも子どもの頃から、誰に対しても常に礼儀正しくありなさいと、両親から口酸っぱく言われながら育てられた。また、昔から仕えるメグミからも、「自分のことだけでなく、周りの人たちのこともよく考えて行動しなさい」と、厳しく教えられてきたものだ――。


 先生方への用事を終えて戻る途中、ふと私は口にした。


「そういえばナタリーの成績、この前かなり良かったわね?」

「うふふ、前より頑張るようになったの。生徒会が終わったら私、ガリ勉になっちゃうかも!」

「ええー!」


 明るくて美人で活動的なナタリーが、机に毎日かじりついているイメージがあまり湧かない。


「でもナタリー、どうして?」

「私ね、学院を卒業したら、王宮の事務官になろうと思っているの」

「そうなの?」


 たしかにナタリーの能力なら、王宮でも問題なく働けるだろう。ただ、彼女には婚約者がいる。卒業後はすぐに結婚して相手の家に入ると思っていたので驚いた。


「彼とも話してね。しばらく私も働いてみようかなって。彼のご家族からもご了承をいただいているわ」

「へぇ~、そうなんだ」

「王宮で経験を積みつつコネクションを作っておけば、後々役立つかもしれないし」

「な、なるほど……」


 ナタリーは先のことまでよく考えていて凄いなぁ。


「あら?」


 私たちが生徒会室に戻ると、アメリとアレクシス様はまだ会話を続けていた。距離感は保ちつつ、二人はさっきよりも打ち解けているような感じがした。


「アレクシスがあんなに女の子と話してるのなんて、初めて見たわ」


 ナタリーは驚いていた。私も意外に思った。




「――これ、フェルナンに。よろしくね」

「ありがとう、ジャン」


 その後生徒会室で作業をしていたら、会計担当のジャンが現れた。彼は何か話したそうな顔をしていた。


「ジャン……どうしたの?」

「ねえ、エミリー」

「うん」


 ジャンは周りを見た。今、ここにいるのは彼と私だけだ。


「フェルナンのこと、聞いたよね?」

「……」


 無言でうなずいた。


「俺、すごくショックで……。あいつと今みたいに学院で会えなくなるって考えるとさ……。エミリーだってそうだろ?」

「そうね……」


 ジャンはとてもさみそうだった。彼からはいつも、フェル様への友情だけでなく尊敬の念のようのものも感じている。


 フェル様は学院の憧れの的だけど、それは女性からだけじゃない。外面に負けない彼の素敵な内面を知れば、男子だって惹きつけられてしまうのだろう。


「エミリーはさ、どうするつもり?」

「どうするって?」

「あいつのことだよ」

「私がとやかく言えることじゃないわ……」

「なあエミリー。俺、勝手なことを言うよ。君がこれからもあいつと一緒にいないと、あいつは幸せになれないような気がするんだ」

「これからも一緒って……」

「あいつって、滅茶苦茶モテるだろ。あの外見だし。さらに天下のヴァレット公爵家、そして父親は宰相様だ。とんでもない優良物件じゃないか」


 いや、物件って。不動産さんじゃないんだから……。


 ただ、ジャンの言いたいことはわかる。どんな女性だって、彼がほしいって思ってもおかしくないのだ。


「でもさ、あいつにとってそのことは、大変なことの方が多かったと思うんだよ。あのさ、エミリー。あいつが水筒を持っている理由、知っている?」

「すいとう?」


 首を振った。たしかにフェル様が水筒をいつも携帯していることは、知っているけど。


「あれはちゃんとした理由があるんだ」


 ジャンは、私が知らないフェル様の過去を語った――。


 フェル様はあの美貌がゆえに、幼い頃から数多くの女性に狙われてきたらしい。危険な媚薬を飲まされそうになったこともあったとか。それも一度や二度じゃなく……。


「そんな……。子どものころから……」

「かわいそうだろ? だから、あいつは今まで学院にいる間、ヴァレット公爵家から来ている使用人が用意したお茶の他は、水筒しか絶対に口にしなかった」


 知らなかった……。


「あいつは女性に対して、いつもスマートに対応しているように見えるけど、一種の防衛本能だと思う。フェルナンは、本当は女性が大の苦手なんだ。でもさ、エミリー」


 ジャンは真剣な目で続けた。


「君が淹れたお茶が、拒まれたこと――ある?」

「……」


 一度もない。


 それどころか、フェル様はいつも「ありがとう」って言って喜んで飲んでくれるし、おかわりまでする……。


「あ……なんだか熱くなってごめん」

「う、うん」

「ま、とにかくさ、ちょっと考えてみてよ。――また明日ね」


 ジャンは恥ずかしそうに言うと、去っていった。




「……」


 家に帰った私は、今までローラやジャンと話したことを思い出していた。


 私はこれからどうしたらいいのだろう……?


 するとノックの音が聞こえた。


「……お姉さま、今いいかしら?」


 扉を開けると妹が立っていた。


「どうしたの? アメリ」

「……」


 らしくなくしょんぼりしている妹の姿を見て、急に心配になる。


「だ、大丈夫? もしかして、身体の具合でも悪いの?」

「あの、私……」

「うん」

「恋してしまったかもしれません……」


 ……コイ?


 私は目を丸くした。




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